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目覚めない夢(2)

「外に出られる?でもどうやって?」

そこは岩の割れ目のようだった。

けれどそこへあがる手段はなさそうだ。道は1本しかない。

リコは道を進み始めた。

鍾乳洞といったけれど、地面はコンクリートで整備されていた。観光地のような親切さだ。いや、実際にこんな観光地があるのかもしれない。


広間のような空間に出た。

天井からはつららのように鍾乳石が伸びていた。地面にも無数の石筍が伸びている。

その真ん中をコンクリートの狭い通路が続く。ふっと生暖かい空気に触れた気がした。

「出口だ」

階段状の通路の先に出口が見えていた。リコは滑らないように濡れた階段を上がっていく。手を繋いでいると上りにくかったけれど、手を離すのは怖かった。空気がどんどん暖かくなる。出口は上方に向かって空いていた。


階段を上りきると外が見えた。そこはどこかの建物の中だった。

「意味不明だね、この繋がり方は」

リコが苦笑するように言った。


外の光が入ってきていた。随分と明るい。昼間のようだ。ガラスの窓が続いている。部屋の中には何も無かった。がらんとしている。随分と埃が積もっているようで空気が淀んでいた。ガラス窓の反対側は曇りガラスでドアが前後に一組づつあった。ここも学校のように思えた。教室の後ろには扉の無いロッカーのようなものが作りつけられていて汚れた黒板があった。

気がつくと前方にも黒板がある。

外側の窓に視線を戻した。窓の外は木がたくさん見えた。ガラスは磨かれていないようだ。白っぽく濁っている。リコは窓に近付くと窓の下を見下ろした。

「廃墟ってやつだね。元は校庭なんだと思うけど。木が伸びすぎて林みたいになってる」

3階の窓のようだった。地下から出てきたのに3階とか、意味不明すぎだ。

「出口は無さそうだね」

そう言いながらドアを開ける。

廃墟の学校の廊下。

こっちのガラスは曇り方が少なかったけれど、その向こうは岩壁だった。崖の横に立っているらしい。ところどころガラスが割れていて床にガラスが散らばっている。石ころも転がっている。岩壁側から落ちてきた石がガラスを割ったのだと思った。

隣の教室のドアの前に立った。

「なんか開けるとやばい気がする」

リコはドアにかけた手を止めると振り返った。

「うん、わたしもそんな気がする」

それでもリコはドアを開いた。ドアの向こうは・・・墓場だった。御影石が立ち並んでいる。草が生えていて手入れがされていないことがわかる。卒塔婆が傾いていた。


そして目の前の墓石の前にボロキレのようなものが横たわっていた。

もうそれ以上近寄ることは出来なかった。小さな子供の死体だったからだ。

声にならない悲鳴を上げてわたしは後ずさった。

リコは急に後ろへ引っ張られてよろけた。

「戻ろう。戻ろうよ」

リコを引っ張るようにして廊下へ戻る。

リコはドアを閉めた。無言でリコは歩きだすと、次の教室のドアに手をかけた。

そっとそれを開く。

そこはどこかの民家の廊下に続いていた。

「玄関ドアに繋がっているんだね」

リコは唸るような声でつぶやいた。その民家も廃墟のようだった。埃が積もっている。

最初のドアに手をかけた。


開けるとがらんとした和室だった。


わたしは何か違和感を感じた。

何も無い。

空き家だ。

窓の外には庭が見える。

畳みは湿っぽい匂いがしている。


リコは無言で部屋を出ると廊下へ戻った。

次のドアに手をかけた。

そこも何も無い部屋だ。

開ける瞬間にわたしにはわかっていた。


これは・・・


これは、わたしの夢、だ。


カレンダーが壁に掛かっている。がらんとした部屋。

わたしは寒気で気分が悪くなってきた。

「リコ、ま、待って」

部屋を出ようとするリコをわたしは引っ張った。

「どうしたの、沙織」

不思議そうにリコが見返した。

「こ、この部屋、知ってる」

「知っている、ってどういうことなの?」

「夢、あの夢」

わたしはうまくしゃべれなかった。言葉が、出てこない。

「夢なのはわかってるよ」

「そうじゃない、夢なの、わたしが知っている夢。わたししか知らないはずの」

「落ち着いて、沙織。なに言ってるのかわからないよ」

わたしは大きく息を吸った。

リコに説明しなくちゃ。

頼れるのはリコしかいないんだから。

「わたし、わたしはね」

「うん」

「小さい頃から見てる夢があるんだ」

「うん」

「何度も、同じ夢を見た。田舎の家。畑の中を歩いていくと、一軒の空き家がある」

リコはわたしをじっと見ている。

「中に入るといくつか部屋がある」

「それが、この家だってこと?」

わたしは頷いた。

「もう何度も繰り返し見てきた夢なんだよ。どうして、これがここにあるの」

リコはわからない、と首を振った。

「沙織が見ている夢、だからかな。それとも・・・」

リコは部屋を見回した。

「沙織、あのカレンダー見たことある?」

リコの視線の先を追う。

「知ってる。見たことある」

「日めくりのやつだよね?古いドラマとかでしかみないやつ。日付、何年のやつか確認したことある?」

「ない」

「確認しよう」

そういうと手を引いてカレンダーに近付いた。

「24日」

リコは声を出して日付を読む。

「11月24日、だね」

背筋を寒気が突き抜けた。その日は・・・

「わ、いや、あ」

声にならない。

「17年前の、11月24日」

リコが振り向いた。

「やっぱりそうなんだね?」

「あ、なに?なんで?」

わたしはリコの手を離しそうだった。

パニックを起こしそう。

「沙織、これ、あなたの誕生日でしょう?」

涙が出そうだった。

なんで、その日。年まで一緒。なんで?

「今まで、確かめたことなかったの?その、沙織の夢の中で」

首を振る。

そうするのが精一杯。

「そっか。何かあるね。この夢の原因」

「そんな、わたしは心当たりない・・・」

「うん。小さい頃から見続けているのなら、物心付く前に原因があった可能性もあるよ。覚えていなくてもしかたない」

でも、とリコは続けた。

「このカレンダーの日付が、沙織の生まれた日だってことは、間違いなく、この夢が待っているのは沙織なんだと思う」

「夢が待っている?」

リコは答えなった。

どういう意味?夢が?待っている?

わたしはリコの顔をじっと見つめるしかなかった。

「それよりも、沙織。いつもはこの夢から覚めるのはきっかけがあるの?」

「え?」

「何度も見てるんでしょ?なら覚醒直前に見ているわけじゃん?夢の内容を覚えているってことはさ。だとすると、夢から覚めるタイミングみたいなのがあるんじゃないかって思ったわけ」

わたしは、自然に隣の部屋の方へ視線をずらしていた。

「隣?」

リコが尋ねた。

「奥の部屋に何があるの?」

わたしは首を振る。

言いたくない、それは言いたくない。

「つまり、隣の部屋を開けると夢が覚めるわけね?」

「でも、でも開けたくない。あの部屋は開けたくない」

「何があるの?」

リコはもう一度聞く。さっきよりも強い口調で。


わたしは答えない。

リコは歩き出した。わたしは引っ張られてよろける。

カレンダーの部屋を出て、奥へ向かおうとする。

わたしはリコの手を引っ張った。

「行きたくない」

「今さら何言っているのよ?そのドアを開けたら目が覚めるんでしょ?なら開けないと」

「でも、でも、中は・・・」

「何か怖いものでもあるの?ていうか、それ言わないと判断できないじゃん?」

「でも、中は」

わたしは夢のイメージが頭の中に沸き起こることを必死で抑えていた。あの部屋の景色を思い出したくない。それは何度も見たはずの。

今となっては、この夢の中では、ありふれた怖い景色の一つくらいのものかもしれない。

だけれども、あれはわたしの夢だ。わたしの何か思い出せない恐怖の・・・

「怖い」

それだけ言うと、わたしはリコの手をぱっと離した。

「沙織!」

リコが叫ぶ。わたしは家の入り口へ駆け出した。リコがすぐに追い掛けてきた。

玄関はすぐそこにあって、ドアは閉まっていた。締めた覚えはない。

ドアノブを掴むと勢いよく開け放つ。

「な、なにここ?」

さっき、どっかの廃校だったはず・・・

「駅?」

すぐ後ろでリコが怒ったような不機嫌そうな声で言った。

「プラットフォーム、だよね?ていうか、これさっきの駅だよね?」

学校から近い駅、詩乃のマンション近くの駅。あの地下道がある駅。

リコはわたしの左手を掴んだ。

そして名残惜しそうに空き家の奥の部屋を振り向く。

「離して。あの部屋に行くなら、離して」


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