怪談をするのがブームになりつつある
放課後まで詩乃とは話をしなかった。
友達の桜木リコが声を掛けてきて、ねえねえ、新しい話聞いて、とかいう。
「なに?また怪談?」
何故かその頃、わたしの周りでは怖い話が流行っていて、その中でもリコはネットで怪談を見るのが趣味とまで言う変態だったので察しはついた。
「やだよーリコの話、めっちゃ怖いんだもん」
「えー、聞いてよー」
「また今度ね、今度」
リコは漫画みたいに口を尖らせてみせたが、リアルにやるとちょっと変だと思う。
「桜木、俺が聞いてやるよ。話してみろよ」
クラスの男子達が寄ってきてリコは振り向いた。
「ほんと?じゃあ話すね」
「あー、待て待て。辰野と小早川も呼ぶから」
そうやってわさわさと人が集まってくる。
なんなのこのブーム。うざいっていうか迷惑だわ。
「あのね、こないだ兄貴の先輩って言う人が話してたんだけどね」
「ああ、友人の友人というやつかよ。それはあやしい話だな」
あまりにブームになりすぎて、その頃には普通の怪談だと思うと、みんな疑ってかかるようになっていた。
わたしはどっちかというと怪談系は苦手で、避けられる時は避けていたから、なんであっても怖いものは怖かった。
ともかく、そんなわけだったから「友人の友人の話」というのに、本当の話は無いというのが定説にすらなっていたのだ。
だから、リコの仕入れたネットの怪談もあまり人気が無く、本当の体験談を必死になって聞いてくるという、やらなきゃいいのにという苦労話も聞いたことがある。
「友人の友人じゃなくて、兄貴の友人。てか、自分で聞いたし。本人から」
「あっそ。まあ、いいや。話してみ」
わたしとしては、せっかく怖い話を聞かないように話をはぐらかしたのに、声が大きすぎて全部聞こえてくるし、と思っていた。
「ネットで支笏湖の怪談っていうのを読んだんだけど・・」
「ネットの話かよ」
「じゃなくて、支笏湖の怪談の話を兄貴の友達に話してたのよ」
「どんな?」
「うん。支笏湖では、いないはずのやつがいるっていう怪談が何故か多いんだって」
「ふーん。なんでだろうな」
「さあ。その辺はわからないんだけど、そういう話をしてたのよ」
辰野っていう男子がリコにそれで?と先を促す。
「そしたら、兄貴の友達が支笏湖に行ったことあるよ、っていうから」
「なんか見たのか」
「見てはいないんだけど、サイクリング部みたいな感じで支笏湖を通ったらしいの。あ、大学生なんだけどね。女子2人と男子3人で。テントとか寝袋とか積んで走ってて、なんか予定より遅くなっちゃって夜になったらしくて」
「夜中に自転車で湖とか怖すぎだろ」
「それで、何故か女子の一人が言い出したんだって。あれ?もう一人は?って」
「ありがち過ぎだろ」
「そうしたら、もう一人の女子も、わたしも一人足りないような気がしてたんだけど、元々5人しかいないよねって」
「それで?」
リコは不思議そうな顔で男子達を見る。
「それだけだけど、怖くなかった?」
「いや、それほどは・・」
夕方になっても雨は降り続けた。
相変わらず雲は灰色でグラウンドには水溜りがたくさん出来ている。
グラウンドの向こうにはすごく背の高い木が並んで植えてあって住宅街からの視界を遮っている。
都会の学校ではなくって、かといって山の中の田舎の学校というほどでもない。
地方都市の外れにある。
地面の割合的には住宅と畑と田んぼが同じくらいの割合で存在していて、劇的なことは何も起こりそうにない退屈な高校。
おしゃれな店も、どこかにはあるのだろうけど、わたしは見たことはない。
遊びに行くのは電車に乗って20分の都市部の方。
逆に20分くらい電車に乗ると山の中へ行ってしまうけれど。
わたしは一人暮らしで高校に通っている。
だからって面白い学校生活をしているわけじゃなくて、こんな何もない街で狭いワンルームに住んでいても何も特別なことなんて起きないと思って過ごしてきた。
「沙織、チャリだったっけ?」
詩乃は自分の鞄から黒い革の手帳を出すと何かを確認しながら尋ねてきた。
「うん」
「そっか。じゃあ近くの方がいいかな。喫茶店とかでいい?」
天気のせいで薄暗い階段を下りながらわたしは折りたたみ傘のカバーを外す。
「なんの話なの?」
「さっき来てた1年の子の話に付き合って欲しいの」
なんでまた?と思った。
ていうか、そもそも詩乃と一緒に帰るのもそれが初めてだった。
「占いだっけ?悩み相談とかいうやつ?」
「そう。これからさっきの子に会うの」
いやいや、待てって。なんでわたしが知らない子の悩み相談に付き合う?
「それは駄目っぽくない?その1年だって迷惑だと思うに決まってるし」
「そうね。でもシノも一人では行きたくないの」
わたしは下駄箱の前で立ち止まる。
そういや詩乃は自分のこと名前で言うんだった、とどうでもいいことを思ったりする。
「じゃあ、行かなきゃいいじゃん」
「いつもは、学校の何処かの教室とかで話を聞くんだけど・・・」
詩乃はちょっと迷惑そうな顔で俯いた。
「学校では話したくないっていうんだもん」
「だからって、相談してるのは向こうじゃん。同じ学校にいるんだし、別にわざわざ行かなくても」
「そういう内容だから・・・」
どんな内容だっていうんだよ、と心の中で突っ込む。
「それに、たぶん、沙織も関係ある話って思うんだよね」
「え?」
なんかしたっけ?と一瞬考えてみる。
1年の子の顔を思い出そうとするが、見覚えなんか無かったと思うけどな。
彼氏を取った、とか?
待て待て、わたし彼氏とかいないし。
ていうか、残念ながらというか、誰かと付き合ったこともないわけだし。
「まあ、来ればわかるって。沙織、他に用事ないでしょ?」
詩乃ってこんなに強引な感じだったかな、と思っていた。
教室での詩乃は地味で目立たない印象が強かったのに。
詩乃は電話を取り出すと手帳のメモを見ながら番号を押した。
ガラケーだった。
「うん。じゃあ、駅前のコメダで」
それから振り向くと、行こ、とわたしの手を握った。
コメダコーヒーに着くと、その1年の子はすでに来ていて、ちょっと手を挙げて合図をした。
制服のスカートは相当短めだ。
1年のくせに。
まだ6月だよ?
こないだまで中学生だよ?
気合入れすぎちゃう?
けど、化粧はそれほどでもなく、まあ、そこはやっぱ新入生っぽいっていうか。
明るそうな子なんだけどな。
何か悩みをお持ちなのか。
詩乃に相談する悩みってなんだろう。
お互いに知り合いっていうわけでもなさそうだし。
「待った?」
詩乃が尋ねると、いいえ、と答えながらわたしの方を見てきた。
「こちらは沙織。西風沙織さん。時々手伝ってもらってるの」
いや、ちょっと待て。
何を手伝っているって?
なにもしたことないし。
というか、わたしの名字、西風じゃないのだけど。
言いかけたわたしを軽く手で制した。
そして何事も無かったかのように続けた。
「こちらの1年生の子は、水崎愛理香さん。さっき教室で会ったよね?」
会ったっていうか、見かけただけですが。
水崎っていう子も、同じだったらしい。
見た気もするけどわかんないな、と顔が言っていた。
「沙織、座りましょう」
先にわたしを座らせるとボックス席の通路側に詩乃が座った。
3人掛けっぽいシートの真ん中を開けるように座っている。
水崎愛理香は向かい側のシートの真ん中に座っていた。
妙な三角関係?
たまに意味も無いことを考えてしまうのだけど、本当に意味はない。
「先に言っておくけど、沙織は聞いているだけだから。今は口を挟まないわ。水崎さんの悪夢を終わらせるのはシノの役目。だから気にしないで話してくれていい」
いきなり無視しろ発言かよ、と心で突っ込んでみる。
でも声には出来なかった。
水崎が真剣な顔だったからだ。
それに電波っぽい発言でクラクラしそうだったし。
「まずは水崎さん。どこでシノのことを聞いたの?」
水崎は詩乃から目を逸らす。困ってるのか?
「ううん、怒ってるとかじゃないから。誰の紹介なのかなって」
水崎はほっとしたように顔を上げた。
「あの、それじゃあ言います。青木佳奈さんです」




