青木佳奈のこと2
「最初は、昼間、学校の授業中とかに眠くて寝ちゃったりしても、あの夢は見なかったんだけどさ」
そのうち、5分ぐらいの居眠りでも突然、暗闇を歩いているとか、廊下の途中でドアを開けると血だらけの床に遭遇するとかっていう夢を見始め、眠ること自体が恐怖になってしまい自殺まで考えるようになった。
そんなころ、病院の帰りに気晴らしでもした方がいいとショッピングモールに寄った時、エレベーターに乗った。そこで佳奈は、腕や足を切り取られた人間の死体を見てしまったという。
「もちろんね、あたしの妄想なんだ。実際にはないの。でもあるはずないっていくら思っても、あたしには見え続けたんだ」
そこで佳奈はパニックになり救急車で運ばれた。
鎮静剤なのか睡眠薬なのか佳奈にはわからなかったが、そのまま何日かを病院で過ごした。その間も何度も悪夢を見続け、その度にパニックになった。
「それでね、入院して何日目かのことなんだけどね。というかはっきり日数わからないくらい薬飲まされていたんだなって今となっては思うんだけどね。北島が来て、悪夢を見なくなる方法があるのだけど試してみるかい?っていうの」
佳奈の目には少し怒りが感じられた。
理由はわからない。けど当時はともかく、現在の佳奈は北島を信用していないのはわかった。
「試すも何も、もう悪夢を見なくて済むなら死んだっていいとさえ思っていたんだから。何でもします、って答えたんだよ」
詩乃、か、と思った。
詩乃に悪夢を持っていってもらうんだ。
「それであたしは車に乗せられてどこかのホテルか何かに行った。けっこう田舎でね。車で1時間かもっと走ったんじゃないかな」
詩乃のマンションじゃないのか。わざわざ遠くまで行ったのはなんでだろう。
「お昼過ぎ、たぶん午後2時くらい。あたしは一人にされて、ものすごく不安だった。電話はすぐに繋がるようにしてあるし、10分以内には駆けつけられる場所にいるから大丈夫だって言うんだけど意味がわからなかった。なんで同じ建物にいられないの?ってすごく。一応、母親が一緒だったんだけど、その母親も北島達と一緒に別の建物へ移動するって言って」
「それで、あたしは他に方法がないのならと思って言われた通りにしたの。夢を見始めて、いつもと同じようにトンネルの前まで来た時、そこに同じ年くらいの女の子がいた。あたしは、すっごく嬉しかった。
その夢の中で生きている人に出会ったのは、それが初めてだったから」
詩乃は、もう大丈夫だから、と言ったらしい。
「シノに出会えたら、もうこの夢は見ない」
そう言って詩乃は来た道を戻りかけたのだそうだ。佳奈はそれを呼び止めて、そっちじゃないよ、と言った。
「自分の意思で言った言葉じゃないと思う。そう言ってから夢の中のあたしは今までと同じようにトンネルに向かって歩き始めたんだ。絶対入りたくないと思っているトンネルに。詩乃はね、驚いてこっちを見ていた。でもすぐに追い掛けてきた。それで、どうして消えないの、とか言ってた」
消えない?夢が、だろうか。
それともトンネルが?
佳奈、が?
「トンネルの中に入って、詩乃が息を呑むのが聞こえた。あの子、暗闇でも何が落ちているのかわかったみたいだね。あたしは次々にドアを開けていった。しばらくして詩乃があたしの手を掴んで言ったの。この夢はおかしい、って」
そんなことはわかっている、とわたしは思った。
思ったけど、詩乃の言葉の意味は違っていたのかもしれないな。
「沙織、大丈夫?こんな怖くて気持ちの悪い夢の話、無理に聞かなくていいんだよ?」
「大丈夫だよ、佳奈。それにさ、詩乃がわたしにもその夢を見せるかもしれないんでしょ?それなら先に夢の内容を知っていた方が対応しやすいっていうかさ。それと、詩乃がどうやってあの悪夢から抜け出すのかも知っておきたいかな」
「そうだね。沙織が愛理香みたいに、あの夢を見るようになったら困るけど。でも可能性ないわけじゃないもんね」
「でしょ?だからさ、どうやって詩乃と佳奈が悪夢から抜け出したのか教えて」
「うん。詩乃に、この夢はおかしいって言われたとこからだよね?」
そう言うと、佳奈は続きを話し始めた。
詩乃に手を掴まれて「この夢はおかしい」と言われ佳奈は「おかしいに決まってるじゃない。こんなバラバラ死体ばっかりで意味のわからない夢なんておかしいに決まってる」と叫び返したらしい。
もっともな話だ、とわたしも思う。
でも詩乃は「そうじゃない」と言って、壁を指差した。
佳奈にはわからなかった。
そこには壁しかなかったからだ。
そう言うと詩乃は驚いた顔をして、ああ、それでなんだ、と独り言みたいにつぶやいたらしい。
「そこに出口があるのに、どうしてそっちには行かないのかなって、ずっと思っていたんだよ。だから、この夢はおかしいって言ったの」と、詩乃は言った。
それから佳奈の手を引っ張って壁の方へ歩いていく。
佳奈は半信半疑だったけれど、そのまま引かれて歩いていくと詩乃は壁の中へ抵抗もなく進んで行き、佳奈の手も壁に吸い込まれていった。
「あっと思ったら、目が覚めた」
「どういうこと?」
「詩乃には見えたらしいんだよね、夢の出口。どうやらあっちこっちに。壁の向こうに日常的な部屋とか学校とか広場とか駅とか?そういうのが見えたらしい。後で北島に聞いたんだけど。でも彷徨っているあたしには全然見えなかった」
気がつくと夕方になっていた。
「あたし、けっこう長く話してたね」
佳奈はスマホで時間を確認した。
「まだ全部話せてないんだけど、そろそろ帰らなくちゃ」
「えー、まだ5時前だよ。雨も降ってるし」
麦茶とかプリングルスとか出すし、と言うが佳奈は首を横に振った。
「うん、でも実はまだ暗くなると怖いんだ」
「まだ、何か見るの?」
「ううん、見ない。詩乃は本当に夢を終わらせてくれた。それは本当。仕組まれたことだったと思ってるけど、あれからあの夢は見ない。エレベーターの中で幻も見ない」
それでも、と佳奈は続けた。
「やっぱさ、怖いんだよね。暗くなった後の道って。曲がった先にあれが、あるんじゃないかってどっかで思っちゃうんだよね。だから、今日は帰る」
佳奈は立ち上がると上着を着た。
「そっか。続き、話してくれるよね?」
「うん、もちろん。またこうして沙織とも話せたしさ。やっぱさ、なんか距離感じてたんだ。学年違うしって」
「そんなこと気にする必要ないってば」
「明日、また学校で会えるかな?」
「いいよ。ライン、して」
「うん。明日、授業終わったらするよ」




