契約
昔、お父さんから護身術を教わったことがあった。僕は飲み込みが早く、お父さんからとても褒められた記憶がある。そのときの動きが体に染み付いていた。三人相手でも圧倒されることなく戦っていく。
このときの僕は、ある一つの感情にとらわれていた。憎しみ。とてつもない憎しみが僕を包んでいた。もちろん、彼女がやられてしまったからというのも一つの要因だ。けど、他にも別の要因がある気がする。
僕は殴る。殴られる。蹴る。蹴られる。けど決して倒れない。彼らを倒すまでは。そして二人が地面に倒れこむ。残り一人。
「はあああ!」
拳が顔に当たる。感触が伝わる。それは決して気持ちのいいものではなかった。けど僕はやめない。もう一発、腹にくらわせる。
「グハァ」
ようやく最後の一人が倒れる。
「ハァ、…ハァ」
そうだ。彼女を早く病院に連れて行かなきゃ。
その瞬間、目の前の景色が赤く染まる。
「あ、…ああああああ‼︎」
熱い。右目が焼けるように熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。
「ぐぅ……ハァ」
あまりの痛さに膝をつく。そこで僕は、右目に何かが刺さっているのに気づく。さっきの白い矢だ。
視界がかすむ。意識が飛びそうになる。もうダメかもしれない。
「しっかりしてください。死んじゃダメです」
彼女の声が聞こえた。よかった。目を覚ましたんだ。声のするほうに顔を向けても、彼女は見えない。何も見えない。視界がゼロになった。もう、無理だ。
「弟さんを、探さなきゃダメなんでしょう?だったら、こんなところで死んじゃダメです!」
そうだ。僕は陸を探さなきゃいけない。諦めちゃダメだ。少しでも諦めていた自分が許せない。僕は死んじゃいけない。陸を見つけるまでは。
「く、…うぅ…」
なんとか意識を保とうとする。全身に力を入れる。まだ諦めない。まだ……
プツン……
僕は意識を失った。
「ここは…」
目を開けると、あたり一面真っ白だった。何もない。誰もいない。ここは一体どこなんだろう。
「生きたいか?」
誰もいないはずなのに声が聞こえた。また辺りを見渡してみても、やはり誰もいない。気のせいなのだろうか。
「死にたいか?」
いや、確かに聞こえる。誰かいる。でもどこにもいない。どうなってるんだ。すると突然、目の前が光りだした。あまりの眩しさに目を背ける。光が引いて、前を見てみると、そこには見たことのない生物が浮いていた。
大きさは人の顔くらいで、人間をそのまま小さくしたようなかんじだ。例えるなら妖精。そんな、現実には存在しないような生物が目の前にいる。
「君は、何なんだ?」
「俺は、今お前を助けてやれる存在だ」
「助ける?」
「そうだ。お前は今死にかけている。だから俺はここにいる。もう一度問おう。生きたいか?」
「ちょっと待って。どういうことか説明してくれないかな」
「……。俺はお前との契約を望む。俺がお前にすることは、今死にかけているお前を助けることと、俺の持つ能力を使えるようにすることだ」
「契約?能力?」
「ああ。言っていることが理解できないのも無理はないが、これは本当のことだ。お前も現に見ただろう。能力を」
見た?能力を?いつだろう。と、すぐに思いつく。あの白い矢だ。あれが能力だというのだろうか。確かにあの矢には、人間の知識では到底理解できない部分があった。もしかして、本当に能力はあるのか?
そしてこの生物は「契約」とも言った。契約ということは、僕のほうも何かをしないとダメなのか?
「あの、契約ってことは、僕は何かをしなきゃいけないのか?」
「いずれはこっちの望むことをしてもらうつもりだ。なにせ、命を助けて、その上能力まで使えるようにしてやるんだからな」
「何をしなきゃいけないんだ?」
「それは今は話せない」
「なっ、それじゃ僕は、何をするのかも分からないのに契約しなきゃいけないのか?」
「命を助けてやるんだ。そのくらいは我慢してくれ」
「本当に僕を助けてくれるのか?」
「もちろんだ。さあ、そろそろいいだろう。お前は生きたいか?それとも、このまま死にたいか?」
こいつの言っていることは、大半理解できていない。けど、この話が嘘じゃないとしたら、僕が助かる道はこれしかない。契約するしかない。陸を見つけるためにも、契約するしかないんだ。この先、どんな困難が待っていようと、僕は立ち止まっちゃいけないんだ。
「生きたい」
「よし、契約成立だ」
目の前がまた光り出す。今度は目を背けない。
「俺の名前はイータルだ」
「僕は司」
「司か。これからよろしく頼むぞ。そうだ。俺の能力を言っとかないとな。お前がこれから使えるようになる能力はーーー」
光がさらに強くなる。そして辺りが色づき始める。
見える。空の色。町の色。全て。現実に戻ってきた。痛みが消えている。恐る恐る手で確認してみると、右目はちゃんとあった。治ってる。イータルの言う通りになった。
「こいつ、目が治ってやがる…」
目の前にはあの三人組がいた。僕のことを見て、とても驚いている。
「まさかお前……」
辺りを見渡す。すると、すぐにそこに彼女が倒れているのが見えた。
「大丈夫ですか?待っててください。すぐに病院に連れて行きます」
「もしかして、あなたも契約を……」
「!」
今彼女は契約と言ったのか?いや、今は他のことを考えている余裕はない。すぐに、また彼らを倒さないと。
「ちっ、まあいい。すぐにまた血だらけにしてやるよ!……センリさんがな」
ドスッドスッドスッ。またあの白い矢が体にささった。
「うぐぅ、ああっ」
またあの痛みが戻ってくる。しかも今回は三本も飛んできた。痛みはさっきの三倍。激痛が僕を襲う。
「はははっ、死にやがれーーーあ?」
痛い。とてつもなく痛い。どうかなりそうだ。けど、陸を見つけるためにも、僕は死んじゃいけないんだ。
「な、んだと」
だんだん痛みが引いていく。傷が塞がっていく。
「僕はーーー」
さっき、イータルの言っていた言葉が頭に流れる。
「お前がこれから使えるようになる能力はーーー」
「不死身だ」