何も知らない
狙う
何も知らない
もうこれ以上
あの銀髪の男の言葉が頭から離れない。あの男は、確かに何か知っていた。けど、それを僕に教えようという気は全くなかった。何か言えない理由があるのか。
考えても考えても、答えは僕には分からない。僕は、男が言ったように、まだ陸のことを何も知らないんだ。弟なのに。最も近くにいると思ってたのに。
もっと男に話を聞いておくべきだった。あれが、最初で最後のチャンスだったかもしれなかった。今更ながらに後悔する。
あれから僕は、誰にも聞き込みをしていない。部屋からは出たものの、日陰になっている路地裏に座り込んで、昨日のことを考えているだけ。このままではダメだということは分かっていた。けど、誰にも聞けなかった。
怖い。
そんな感情が生まれていた。陸は、何かに関わっている。そのことを知るのが怖い。そんなことあってはならないはずなのに。陸を見つけ出さなきゃいけないのに。けど、体は動こうとしない。
「あの、大丈夫ですか?」
優しい声が聞こえた。顔を上げると、そこには一人の女の人がしゃがみこんでいた。日本人らしい顔立ちで、スラリと長い髪をしていた。
「どこか痛むところがあるんですか?」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
彼女はにっこりと笑う。
「それなら良かったです。……あの、日本の方ですよね?」
「はい、そうです」
「こんなところで同じ国の人と会えるなんて嬉しいです!」
どうやら、彼女も日本人のようだ。久しぶりに日本語を聞いた気がする。
「何をしていたんですか?」
「ちょっと考え事を」
と、僕は、自分の中の恐怖が少し消えていることに気づく。彼女の力だろうか。今なら聞けるかもしれない。そう思い立ち上がる。
「すみません、お尋ねしたいことがあるんですけど」
「何ですか?」
「この男の子を見たことありませんか?」
写真を彼女に見せる。すると彼女の顔が引き締まった。まさか彼女も何か知っているのだろうか。
「弟なんです。僕の。四年前に行方不明になってしまって、それで、探してるんです」
まさかないとは思うが、また殴られるのは嫌だったから、先に事情を説明することにした。
「弟…ですか」
「何か知ってるんですね」
彼女は黙り込む。写真をジッと見ている。そして何秒か経ったのち、ようやく口を開いた。
「ごめんなさい。何も言えません」
この瞬間、僕の中で、陸は何かに関わっているということが、絶対的な確信になった。そして僕は、そのことを知らなければならない。怖いなんて思ってはいけない。覚悟を決める。
「教えてください。お願いします」
「……」
彼女は口を開こうとしない。彼女は俯き、目を合わせようともしない。ただ時間だけが過ぎていく。
突然彼女は顔を上げた。
「ごめんなさい。やっぱり何も話せません」
彼女の意思は固い。
「もう弟さんのことを聞くのはやめて、日本に帰ってください。それが、あなたのためになります」
「あなたも、そんなことを言うんですね…」
「わたしも?」
「はい。昨日もある男の人に言われました」
「……」
彼女は、また考え込む。
「それって…、どんな人でしたか?」
「銀髪で、眼鏡をかけた人です」
彼女の表情が強張る。すると、誰かの話し声が聞こえてきた。声のするほうを見てみると、そこには三人の男がいた。
「ん?おい、レイさんが言ってたのってあいつじゃねぇか?」
「ん〜、確かに。あいつっぽいな」
「おい、あの、男の隣にいる女、“ガーディアン”の人間じゃねぇか?」
「なっ、あいつら、もう手を回してやがったか」
突然腕を掴まれる。
「走ってください!逃げます!」
彼女が走り出す。僕は訳も分からず、ただ連れて行かれる。
「ちょっ、待って。あの人たちはっ」
彼女は答えない。ひたすら走る。後ろから足音が聞こえる。彼らが追ってきているのだろう。僕は、この状況をなんとか理解しようとする。あの人たちは?悪い人?多分、彼女が逃げるということはそうなんだろう。だとしたら捕まるのはまずい。とにかく全力で逃げる。
「待てゴラァー‼︎」
彼らも意外と足が速い。全く差をつけることができない。
「ッ…」
少し広い場所に出た。けど、そこは行き止まりだった。
「やっと追いついたぜ」
三人が道を塞ぐ。逃げ道がなくなった。どうする?大人しく捕まるか?それとも…
「やらなきゃいけないみたいですね」
彼女が前に進み出る。どうやら戦うつもりらしい。いくらなんでも無理だ。あっちは男三人だ。戦力差がありすぎる。でも彼女は、臆することなく堂々と立っている。
「はああああ‼︎」
彼女が飛び込んでいく。
「待って!無茶だ!」
けど声は届かない。距離が縮まっていく。もうダメだ。間に合わない。
「ぐほぅぉ」
男の体が宙を舞う。目を疑った。彼女が蹴りを一発入れたのだ。そして、残りの二人もあっけなく倒れる。
「ふぅー」
彼女がこちらを向いて少し微笑みながら言う。
「さあ、行きましょう」
ハッ、とようやく我に帰る。今のうちに行かなくては。
「待てや、おい」
一人の男が言う。と同時に、ずっと前のほうに光る何かが飛んでいるのが見えた気がした。
「そのまま無事に返すもんか……あの人がな」
ドスッ。そんな音が聞こえた。
「そん、な…」
彼女が倒れる。背中には白い矢のようなものが刺さっていた。血が地面に流れる。あまりの光景に僕は言葉を失う。
「ははっ、さすがセンリさんだ。やっぱあの人はすげー」
三人組が一斉に笑い出す。ここで僕は、ようやく自分のやるべきことに気づく。彼女のもとに駆け寄る。
「大丈夫ですか⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」
体をゆすってみても反応はない。意識が飛んでいるらしい。すると、三人組が、痛みが引いたのか立ち上がり始めた。
「さっきはよくもやってくれたな。さてこれからどうしてくれようか」
「このまま殺しちまうのももったいねえ。存分に遊んでやろうぜ。へへっ」
「それがいい。よし、じゃあまず、あの邪魔な男からやっちまうか」
三人組が近寄ってくる。と、彼女がようやく目を覚ます。
「に……て……」
「喋らないで。今病院にーー」
「逃げて……ください……」
僕は立ち上がり、近寄ってくる彼らに体を向ける。
「アアァァァ‼︎」
そして何かに操られるように、彼らのもとに飛び込んでいった。