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8/12

温かな物熱い物

体の重さはすっかり取れて足取りこそ軽いが、気持ちはやや重いまま。

しかしあの黒い霧は何だったんだろう?それに見間違いで無ければだが影の中で蠢いていた何か、どちらも似た物の様な気がする。


うーん、解らない事だらけだ。


俺のやった事については自分自身で探すとして、霧と影の事はもしかしたら管理人さんが何か知ってないかな?帰ったら話してみるか。


この辺りは住宅地だが空き地が多い。

俺の生まれ育ったこの街は、決して都会では無いけれど気候も良いし生活するのにも良い場所だと思う。ただ一つ大きな問題点を除いてだが。


道の先に店舗が見えた。いや店舗と言っても使われていない車庫の中に調理部屋を設けただけの簡素なお店だ。なのだけど、ここは街の皆から愛されている洋食惣菜店。俺にとっては皆と一緒に苦労し働いた思い出の場所でもある。


店に入ると慌ただしく下拵えをしている音が聞こえてきた。チーズや野菜の匂い。そうか、もうお昼近いんだな。

皆の姿が妙に懐かしく感じる。勢いで先に家に行ってしまったが、こんな事ならこっちへ来れば良かったのかも知れない…。


店員の一人が俺の方を気にする様にチラチラ見ている。まさか俺の事が見えているのか?いや、もしそうだとしたら大騒ぎになっているか。

こいつは俺の親友でこの店のオーナーの息子の佐藤佑護、ユウだ。

小学校からの長い付き合いでお互いに知った仲で、何かする時にはいつも一緒だった。


この店はかつて、全国展開しているピザチェーン店の一つだった。

経営状態は割と良かったと思うが慢性的な人手不足で、大学生の時に俺がアルバイトに入ったのもユウから誘われたのが切っ掛けだ。


俺がバイトに入ってすぐ出来たのも、実は本部から送られて来た材料を注文通りに並べて焼き、お客の元へ届けるだけの仕事だったから。それをシフト制で交代しながらの繰り返し。こういう仕事は得てして単調な方が良いらしい。


ある日、大きな地震が起きた。

大学から帰って下宿でゴロゴロしていた俺は、突然の地鳴に似た音に飛び起きた。続いてガツンという異常な揺れ…直下型地震。


俺の生活圏内に目立った被害は無かったのだが、各地で建物が半壊したり停電や断水が起きていた。

それでも地震規模を考えれば数人が軽い怪我をしただけだったのは奇跡に近いのかも知れない。

しかし復旧は遅々として進まなかった。


俺達のピザ屋も本部に許可を取って、営業の傍ら炊き出しに加わっていたのだが、それでも間に合わないお宅には配達用のスクーターで飲食物を配って回った。

それまではただ作り届けるだけだったのに、こんな時だからなのか?知らない人とでも自然と会話が出来たのは我ながら驚きだ。

血の通った会話というのだろうか?ああ人間って、こんなに温かかったんだな。そう感じた。

勿論トラブルが無かった訳じゃないが、こんな状況では苛立つのも仕方無い。

それに「役立てて欲しい」と採れたての野菜をぎゅうぎゅうと袋に詰めて、持ち切れない程持たせて貰う事の方が余程多かった。


そしてやがて、この街にもまた日常が戻って来たそんなある日の事。

いつもの様にバイトに来ると店長が本店の人物と揉めていた。

どうやら店のスクーターで食品以外の物や泥のついた野菜を運んだ事が問題だったらしい。そう、あの皆が分けてくれた野菜の事だ。


ーフランチャイズの解消と閉店の勧告。


これはもしかしたら体の良い首切りだったのかも知れない。

その規則にしても、わざと曖昧な書き方をしてあったと店長が言っていたからだ。


街の人達がこぞって本部に抗議してくれても規則と言われてはどうしようも無く、もはやここまで…。

いやそれでも皆は諦めず、俺達が独自にやっていける様に場所や設備を提供してくれた。笑顔で「また食わせてくれよ。」と。


俺達はそれに答え、始めたのがこの店鋪だ。

もう本店からの調理済み食品は来ない。来ないが、この店独自で研究して以前と遜色無い味に仕上げられた…と、思う。

せめてもの感謝の印としてサイドメニューにお年寄りが食べ易い物を設定して、やがて今の洋食惣菜店という形態になったのだ。


ユウがまたこちらを見ているので同僚が不思議がっている。

「先輩さっきからどうしたんです?そこに何かあるんですか?」

「いや、何かさ…あいつが居る様な気がしてさ。何となくだけどな。」

「そういや、いつもその席に居ましたもんね。」


“あいつ”というのは俺に間違い無い。そうか…そういやいつも座る場所は同じだったな。立っているけどさ。


「あいつ、ここの事が心配で見に来てるんじゃないのかな。」

「いや妹さんの事を気にして、ここで待ってるんじゃないすかね?」


…ん?どういう事だ。


「そうかも?それにさっちゃんよく買いに来てくれるもんな、あいつの好物だった物とかさ。」


俺は思わず店を飛び出して家へと向かった。

その時ユウが笑顔で言った言葉。

「あいつ今きっと照れてるぜ?」

しっかり聞いたぞ?ふざけんな。


物凄い勢いで家の前に辿り着くと俺はそうっと玄関を開けた。靴が無いので両親はまだ帰宅して居ないらしい。

そろりそろりと廊下を歩きリビングへ入ると、テーブルに妹の携帯が置いてある。

この年頃としてはストラップの数は少なめなのだろうか?その中に猫のマスコットが二つ…片方は俺が鍵に付けていた物だ。

朝のあの聞き覚えのある鈴の音はこれだったのか?

そうだよな、この鈴はもう俺の物にしか付いていなかったんだから。


和室を見ると先祖代々の仏壇には俺がよく食べていたお菓子類がまとめて供えられている。


そうか…。


俺はただの悪口を真に受けていただけだったのか。そして、そもそも疎まれても無かったんだ。


俺、ダメな兄ちゃんでゴメンな。


霊になってもやっぱり目から熱い物が落ちるらしい。

俺はその場に立ち尽くしていた。

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