戻れ戻れ
「さてと…。」
大きなクッションに体をめり込ませ、いざ向こう側へと思いを馳せる。
皆、どんな風にしているんだろう?俺が居なくなって何か変わったかな?
…そう考えると少しだけ怖くもある。
一人暮らしを始めてからというもの両親とは余り会話らしい会話をしていなかったし、たまに実家に帰った時にも「うん。」とか「ああ。」位しか口を利いていなかった。妹にしても顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた気がする。
仕事だって仲間には迷惑かけているに違いない。
うわぁーどうしよう?やっぱ止めようかな。
皆に会いたい気持ちは変わらないのだが、肝心な所で尻込みをしてしまう。いつもの悪い癖だ。
よく「馬鹿は死ななきゃ治らない」と言うが、あれは嘘らしい。俺は死んでも何一つ変わっていない様だ。
「それでも…ちょっとだけ、見に行ってみようか?」
もはや怖いもの見たさと同じである。
しかし、ここである問題が発覚した。
「でもさ…念じるって、どうやるの?」
さっき太田さんは一瞬でこちらと向こうを切り替えていたが、果たして俺にもあんな真似が出来るのだろうか?いや、やってみるしか無いよな。
腕を組んで念じてみる…何も変化は感じられない。
そこから更に正座してみる…変化無し。
手を合わせて祈ってみた…これでも何一つ変わらない。
照明を消して、瞑想の真似事をしてみる。
静かだ…けれどやはりというか変化は無し。いや、そもそも瞑想のやり方を知らなかった。
いっそ踊ってみようか?そんな事を考えていると、ちょっと馬鹿馬鹿しくなってきた。
うーむ、こりゃダメだ。気分転換にPCで嫁(二次元)の顔でも見るか。
立ち上がったその時、窓の外からバイクの走る音が聞こえてきた。
「新聞屋の配達が始まったならもう朝か…。」
徹夜しても不思議と眠気を感じ無いのは、死んでいるからかうたた寝したせいなのか?
気がつけばカーテンの隙間から柔らかな光も差し込んでいる。
「あれ?光?そういやバイクの音って…?」
改めて思うと、この部屋はついさっきまで本当に静かだった。
太田さんの部屋で見た光景からすれば部屋に戻った時は夜。それも深夜だ。だったら静かで当然なのかも知れないが、それにしては余りにも静か過ぎた気がする。
このアパートには何人か判らないが俺以外にも暮らしている人が居る訳だし、少しは物音がしても良さそうなものなのに。
しかし今、まるで止まっていた時が動き出したかの様な感覚がある。
もし例えるとしたらそれは外界からの“刺激”だ。
チチチ…チュンチュン
朝を告げるスズメの鳴き声からは、確かな生命感が溢れている。
「俺…帰ってきたんだな。」