三つの約束
唖然としている俺に、二人はこの場所について教えてくれた。
ここは所謂、あの世とこの世の境い目。ただし便宜上そう呼んでいるだけで厳密にはあの世もこの世も無く重なりあった一つのものなのだそうだ。
「こちらから見れば向こう(現世)の方があの世なんだけどね〜」と管理人さん。無視してやった。
悪い人では無いのだろうが何処か子供扱いされている気がしてイラッとする。
太田さんは部屋の中へ聞き耳をたてていたが、物音も止み若者達が帰ったと見ると途端に満面の笑みを浮かべていた。分かり易い人だ。
にわかには信じられないのだが、やっぱり俺は死んだのか?しかしどうしてここに来たのかすらも分からない。
ー俺はどうして死んだんだ?
ー家族は今どうしている?仕事は?仲間は?
ーそれに何かやり残していた事があったかも?
全身がムズムズする様な感覚、胸騒ぎ。
一体何が起こって今どうなったのか、覚えていない事だって多過ぎる。
説明によればここがアパートの体を成しているのは、人間が現世での生活に引っ張られている事の表れだそうだ。
今の俺にはそれが痛い程良く解る。そういえばさっきまで居た俺の部屋も普段のままだったが、あれも今現在のそれと違うものなのだろうか?
今、俺の部屋はどうなっている?皆にも会いたいよ。でも、どうしたら…。
説明はまだ続いているが、まるで耳に入らない。自分でも上の空になっている事が良く判る。
「それでね…あっ!」
何かを思い出したらしい太田さん。その声で驚いた俺も我に返った。
「さっき見て貰った様に、僕の部屋は以前暮らしていた家に繋がっているんだよ!かなり拘って建てたからね。それに物質として残っていれば行き来もし易いし。」
「えっ今、なんて?」
「ああ、あの家はさ、あちこち拘っていてねぇ…」
そこじゃねぇ。
「もしかして向こうの様子を見に行きたいのかい?君も部屋か何かあればそこから行けるんじゃないかな。」
「うおおおぉぉっまじっすか!」
気がつくと俺は太田さんの両肩を鷲掴みにして強く揺さぶっていた。箒を逆さまにした様な髪の毛が、まるで空中を掃く様にワサワサと動いている。
しまった、これはやり過ぎだ。肩から手を離すと太田さんは力が抜けたらしく、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
非礼を詫びて行き方の説明をして貰う。
用意するのは、こちら側と向こう側とで共通に存在している物。これは部屋でも小物でもとにかく共通して有れば何でも構わないのだそうだ。
そして強い想い。念じればその物が媒体となって橋渡しをしてくれる。
そして管理人さんから幾つかの注意事項が。
不用意な行動は避け、生きていた時と同じ様に振舞う事。
親しい人間に会っても過度の干渉は避ける事。
危険を感じたら光の集まる場所まで逃げる事。
特にこの三つは必ず守らなければならない、そう約束させられた。
「いいかい?くれぐれも道端にたむろしている様な奴等には関わっては駄目だよ?目を合わせてもダメ。危ないと感じたらすぐ逃げるんだよ?分かったね。」
管理人さん、これじゃあ不良に絡まれない為の対処法みたいだよ。
でも、これでまた皆に会えるんだ。そして俺の身に一体何が起きたのか判るかも知れない。
俺は急いで部屋に戻ると、さっそく行動に移した。