心霊スポットに行ってみよう その三
中腰で両手を大きく前方に構え、拳にグッと力を込める。何かの格闘スタイルだったと思う…えっと何だっけ?猫のポーズ?それは便秘解消のやつだっけか。
とにかくここは、襲いかかって来たら一撃食らわせて、逃げる。それしかない!
向かって来る男に対して俺は戦闘態勢に入った。
奴は尚も何か叫びながら小走りにやって来ている。
「ぉ…ぃ、…い、おーい大丈夫ですかー?」
「は?」
予想外な男の言葉に一瞬気が抜けてしまったが、もしかしたらこれは俺を油断させる為の巧妙な罠なのかも知れない。
でも、何か違う様な…?
そうこうしている内に、男が目の前までやって来てしまった。
「あなたの事だと思いますが、道端に倒れていたそうですね。今は良さそうですが、どうされましたか?」
「えっ…は、はい大丈夫です。ありがとうございます。」
思わず姿勢を崩してしまった。こりゃ一体どういう事だ?
「先程うちの者から聞いたのです、道に誰かうずくまっていたと。やや気持ち悪がって居られましたが、もし何かあったのなら助けて差し上げろと言われて見に来た次第です。」
「あ…はぁ。気持ち悪いってのはちょっと酷いですけど、大丈夫ですよ。」
宮内と名乗るその男性は中肉中背で黒縁メガネ、両腕に袖カバーを着けたスーツ姿。これはまさしく事務員、そんな格好をしている。
「えっと、では立ち話も何ですのでお社まで行きましょうか。」
「はい…。」
すっかり拍子抜けしてしまった俺は、言われるまま後をついて行った。
カエルの合唱が大きくなるにつれて辺りが明るくなってくる。そして石碑がある筈の場所に立派な白木造りの建物があった。これは神社?いやむしろ神殿だ。そんな神聖で厳かな雰囲気を醸し出している。
「あの宮内さん、この建物は何なんですか?」
「うん?知らないんですか?」
宮内さんは一瞬驚いた顔をして少し考えてから答えた。
「そうですか今時の人には馴染みが無いのですね。ここは元々神様を祀る場所なんですよ。」
「かかかっ神…神様?本当に居るんですか?」
「少し説明が難しいのですけどもそうですよ。ただ、あなたの仰っておられるその神様とはまるで違うんですけどね。」
“まるで違う”とはどういう意味なんだろう?ともあれ神様は存在する様だ。
俺はここで一つの質問をしてみた。長年疑問に思ってきた事だ。
「宗教毎に色々な天国があるみたいなんですが、それぞれ別な場所があるんですか?」
「えっと天国ですか…ああっそれでしたら宗教団体の方々の歓迎会の事でしょう。皆さんとても熱心に催されていますから。」
「歓…迎…会…ですか?」
「ええ。それ以外にもやはり迎えに上がった方々の魂の輝きが花畑に見えたりとか、様々な人の意識が集まって川の様に流れている場所とかもありますね。」
「賽の河原!」
「そうです、よくご存知ですね。ではどうぞお入りください。」
俺は神殿の手前にある小屋の中に招き入れられた。ここは受付を兼ねた休憩室だろうか?小奇麗な畳敷きの部屋だ。
そしてそこには最初に見た男性が座っていた。
「おお、大事無き様で良かつた。我は樹。斯様な言葉使い故、やや語り掛けるのを躊躇うてな。」
「えっと、ありがとうございます。お陰様でなんとか。」
とりあえず怖い人達では無さそうで一安心だ。でも二人は俺を見ながらボソボソ何か言っている。
なに…「濃い」だって?俺そんな顔してないぞ?…して、無いと思う…。
いやもう、さっさと目的を果たして帰るか。
「あの、実はたまたま知り合った人の自宅が肝試しに来る奴等に荒らされていて困っているんです。それで何か対策を考えているんですが…。」
「それは大変ですねぇ。それでここに来たんですか?何故?」
「あっ、はい。失礼かも知れませんが、ここが有名な心霊スポットだと聞きまして。」
怪訝そうな顔をする二人。そりゃそうか。
次に口を開いたのは宮内さんだった。
「確かに肝試しに来る人もおられましたが心霊スポットですか…。先程もお伝えしましたが、ここは神様を祀っている神聖な場所なんですよ。」
「そうみたいですが、落ち武者を騙して始末したり嘘の宴を開いた場所だと言われているんです。」
「わはははははは。その落ち武者の事はよく知っておるが、騙したのは追手の方でな?第一この地で殺生などせぬよ。それに神事ならともかく、宴であれば此処よりも余所の土地で行うであろ?」
うっ…そう言われてみればそうかも知れない。
「かの時代、文化としては今より遅れていたやも知れぬ。故に下に下に見てしまうのも解る。だがこの地に生きて来た人々も言うなればそなたの先祖であろう?ならばもっと敬っても良いのではないかな?」
「ごもっともです。」
さて当初の目論見が外れてしまったのだが、どうしたものか。