1-4
木々の間から朝の陽ざしが差し込む。
4月とは言え、朝はまだ寒い。冷たい風が僕の肌を刺激する。
そんな中で、僕はそれを見下ろしていた。
湯島さんが抱えてきた大きな鞄から取り出され、地面の上に敷かれたブルーシートの上に並べられた、それを。
「・・・何ですかこれは」率直な疑問が口から出ていた。
その脇に立っている湯島さんが、自信満々の表情を浮かべている。
「これは私たちの偉大なる力であり、大学にとっての大いなる希望さ!」
湯島さんはその中で一際目立つものを拾い上げて、僕に見せた。
「見よ、この金色に輝く冠、これはインテリジェンスクラウンといって、戦士の証であり力の源だ。大学内に溢れるエネルギーを吸収して輝くんだ。そしてさらにこのブルーゴーグル、大学内を端から端まで見渡せる視力を与えてくれる!さらに・・・」「あのっ」湯島さんの熱弁は止まりそうにないので、制止にかかった。
「おっしゃってる意味が全然分からないです。僕は」
とたんに湯島さんの表情が一気に暗くなった。
「・・・これはトーダインのスーツ、キミも昨日見たし、言わないでも分かるだろう」明らかに苛立ちの混じった口調だった。
怯まずに僕は返す。「はい、それは分かるんですが・・・で、これをどうしろと」
「キミが着るんだよ!」
弾丸のようにズバリと飛んできた湯島さんの言葉。ダメだ、脳の理解が追いつかない。僕が返答を考えている間に、彼女はシートの端の方に置かれた大袋の中を探っていた。
湯島さんの右手に、黒い固まりが握られていた。それはよく見ると黒い布が乱雑に折り畳まれたもののようだった。それを投げるように渡される。
受け取った僕は、ゆっくりとそれを広げていった。広げていくつれ、その形が露わになる。するすると伸びていく袖や裾、薄くて広い黒布は、人の体を包み込む形が明らかになっていった。しかしそれは普通の服とは違う。
「これって、いわゆる全身タイツ……」
「タイツではない!トーダインの全身を守る特殊皮膚『Tスキン』だ!これを身に着けることで、強靭なヒーローの体を持つことが出来るのさ!」
「いや、そういうのはいいですから・・・」
「とにかく、これを着るんだ!」
次々に繰り出される湯島さんの要求、僕もそろそろ流されるのも限界に達してきた。
「あの、なんで僕がそんなことをしなきゃならないんですか?」毅然とした態度をとったつもりだったが、湯島さんには全く通用していないようで
「私が君をヒーローとして見込んだからさ!キミにはヒーローの素質がある!キミが変身したヒーローの姿を、これから大学の仲間になる新入生に見せつけてやろうではないか。」
何をするのかは分かった。要は昨日やっていた、ヒーローの姿を新入生にアピールするという活動を、今日も行おうと言うのだろう。
でも、何故僕なのか?湯島さんが僕を見込んだから?全然理由になってない。
僕は反論しようとして湯島さんの方を睨んだが、その満面の笑顔を見て思わず気後れしてしまう。僕は決してコミュニケーション能力が高いわけではない。
言葉では僕の意志を伝えられそうにない。このままペースに乗せられてはダメだ。何とかして否定の意を示さなければ。
僕はそっとそのタイツを折り畳みはじめた。行動で意志を表明しようとしたのだ。
しかし、その意を汲んでか汲まないでか、湯島さんは
「ん、どうした?ははぁ、もしかして恥ずかしいのか」
いや、そうではなくて。僕がそう言おうとする前に
「まあ、最初はそう感じるのは当たり前さ。しかし!」
そう意って湯島さんは、自分の身体に手をかけると、着ていた服を一気に脱ぎだした!
コートを脱ぐまではまだ良かった。しかし、その下にスカートに手をかけはじめると、僕の脈拍数は一気に上昇した。
「ななななな、なにを・・・」慌てて顔を明後日の方向に向ける。しかし聞こえ続ける衣擦れの音に、僕の本能は刺激されずにはいられなかった。
「心配するな!見ろ」湯島さんの言葉に、僕はおそるおそる顔を上げた。
視界に入ったのは、黒。
彼女の身体は、黒いタイツに包み込まれていたのだ。
「し、下に着ていたんですか・・・」
「ヒーロー作りに携わるものとして、当然の心構えさ!さぁ、今度はキミの番だぞ」
彼女は僕が置いたタイツを拾い上げ、再び僕の方に差し出した。
拒否しなければ。そう思ってはいたが、どもるばかりで言葉が出ない。
原因は、彼女の今の姿にあった。
全身タイツは彼女の身体に合わせて形を変えている。すなわち、黒一色とはいえ彼女の全身のラインが浮き出ているということ。
すらりと伸びた全身。胸の辺りは豊かに膨らみ、腹部から腰にかけては見事に引き締まった曲線を描き、丸みを帯びたお尻へと収束する。その下には細すぎず太すぎず形の整った脚が地面に向かって伸びている。
見てはいけない、でも本能が見ろ見ろと囁く、そんな目の毒なものが眼前にあって、会話どころではなかった。
黙りっぱなしの僕に、湯島さんは業を煮やしたのか
「ええい、じれったい!」
僕の距離をぐいと縮めてきた。ラインが剥き出しの身体が見えなくなった代わりに、洋画に描かれた美女のように端正で整った湯島さんの顔が、黒く艶のある髪が、目と鼻の先に迫っていた。シャンプーの甘い香りが僕の心をくすぐり、さらに鼓動を増幅させた。
そして湯島さんは、僕の服に手をかけた。コートのボタンを外し、僕の身体から強引に外す。
「っ・・・」もう、声すら出ない。
「フッフッフ、心配することはない。最初は私が着せてやる。その代わり、次からはちゃんと自分で着られるよう、着用方法を覚えておくのだぞ!」
いつのまにか黒い手袋に包まれていた彼女の手によって、僕の服は次々に奪い取られていった。