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東京大学特撮映像研究会が制作するオリジナルヒーロー・「大学戦士トーダイン」をモチーフにした小説です。


トーダインについての詳細はこちらから!

http://tokusatsuken.web.fc2.com/

ガタンという音を上げて、電車が駅に停車する。

ドアが開くと、中に押し詰められていた人の群が一気に吹き出した。

人の流れは、そのまますぐ近くにある上り階段へと向かっていく。なるほど、入り口に近いからここまでの人が集まっていたのかと、僕は納得した。

人の群、しかも僕と同じくらいの年齢の男女が作り上げる群は、それ自体が生き物であるかのように階段を進んでいく。僕もその流れに追い越さないように、追いつかれないように、階段を一段一段ゆっくりと上がっていく。そして階段の上にある改札を抜けた。

さらに人の流れは、改札を出て左側にある下り階段へと続いていった。下り階段で転げ落ちたりしたら大変だ。僕は上るときよりも慎重に階段を一段ずつ降りていく。

階段を抜けると、そこは空間が広がっていた。人の群は一気に拡散する。

多くの人はそのまま正面に向かって進んでいくが、ある人は広場の脇に逸れて、誰かを待っているのだろうか。またある者は歩みの速度を落とし、周囲の光景をきょろきょろと見回している。

僕、本郷三四郎も、その一人だった。

後ろから来る人の邪魔にならない位置に立って、目の前に聳える建物を見上げた。

赤と茶色の中間色の煉瓦によって築かれた塔が、そちらに向かっている人間たちを見下ろすかのように堂々と聳えている。

僕は内心負けるものかという思いとともに、そちらの方を見返してやった。

それは、一ヶ月前までの僕の目標。

そして、今は僕の目の前にある。

「ついに、来た……!僕の憧れ、僕の夢、東京大学!」

思わず口に出た言葉とともに、これまでの苦難の道が思い出された。


本郷三四郎。現在18歳。

身長や体重は、同年代の日本人男子の平均値を超えるか超えないかのところを上下している。

才能や趣味も特に際だったものはない。周囲で流行しているテレビ、本、映画などを適当に見て娯楽にしている。

運動は積極的にすることはないが、身体を動かすことは嫌いでも苦手でもない。

そんな普通を絵に描いたような存在の僕が、一つだけ打ち込んできたこと。

それは、勉強に対して努力を注ぐこと。

勉強は好きだった。力を注げば注ぐだけ、成果を出せた。

体を動かすことや物を作り出すことには、生まれついての才能や体質が必要になる。

でも勉強は違った。やればやっただけ、ひたすら知識を吸収し、問題を解いて活用する。そうすれば成績という形で結果は現れた。

この勉強という行為こそ、僕が打ち込める行為なんだと。

そして、そんな僕が最終目標として抱き続けてきた目標。それが、東京大学だった。

その存在を教えてくれたのは両親だった。東京大学。東京に聳える、勉強を究めた者だけが入ることを許されるという日本の最高学府。そこに入るのが今している勉強の目標だと。

それは与えられた目標だったが、僕はそこに向かって懸命に走り続けた。

もちろん、勉強においても才能の有る無しはあっただろう。実際僕の周りには、僕のように勉強に全力を注いでいなくても、僕より上の成績を残す同級生が少なからずいた。そんな人たちに嫉妬しなかったと言えば嘘になる。

勉強に対する努力こそが僕の才能、家族や先生からの褒め言葉は、とてもうれしかった。

だから僕は、前に進み続けることが出来た。

シャープペンシルを動かしすぎて、腕が痛くなることもしばしばだった。課題が終わらずに、睡眠時間を削ってしまうこともあった。

そんな辛い道でも、僕はひたすらに進み続けたのだ。


そして、運命の日。それは3月10日。寒さは和らぎ、冬の終わりと春の訪れを感じさせる時期。

東京大学の本郷キャンパス。赤門―多くの人に象徴としてとらえられている

門から入って少し奥にある大通りが、人で満たされていた。

目の前に貼られた巨大な板。その上にかけられていた板が、ゆっくりと下ろされる。

その上は数字で満たされていた。僕は自分の手の中にある受験票を握りしめた。その中に書かれた番号ー40109を、その数字の海の中から見つけだそうと必死に目をこらした。

40000、40002、40005・・・

数字順に並んでいる番号たち。自分の番号の辺りに近づくに連れて、僕の鼓動は勢いを増していった。

既に周りからは歓声が聞こえ始めていた。もう結果を見つけだした人もいるのか。僕は少し焦りながら、番号探しを続ける。

そして

40375

「・・・・・・いやったあああああああ!」

喉が勝手に最大限の叫びを生み出してた。身体が勝手に飛び上がっていた。

わき上がる気持ちは、一度のジャンプや叫びだけでは収まらなかった。僕はとにかく全身を激しく動かして、この感情を表現した。

すると周囲から何人かの学生が近づいてきた。がっちりと鍛え上げられた身体にユニフォーム、ラグビー部だろうか。彼らが一斉に僕の周りを取り囲むと、そのまま僕の身体は宙へと舞っていた。何度も、何度も。


そんな感動を思い出し、思わず身体がふるえていた。

僕はもう一度、目の前に聳える時計塔を見上げた。


東京大学には、主に二つのキャンパスがある。一つは僕が合格発表の際に訪れた本郷キャンパス。東京の中央に位置するこのキャンパスには、主に3年生以上が通うことになっている。

そしてもう一つは、僕が今いる駒場キャンパスだ。ここは2年生以下の学生が通う場所だ。

文系、つまり僕たちの入学試験もこの場所だった。

あのとき、この場所は僕にとって乗り越えるべき壁であり、たどり着くべき目標だった。

だが、僕はそれを乗り越えた。目標にたどり着いた。

今から二年間、僕はこの場所に通い続けるのだ。東京大学よ、今こそ僕を受け入れるのだ。

心の中で生まれる言葉をぶつけるために、僕は目の前の建物をにらみ続けた。


ふと我に返ると、僕の脇を再び多くの学生がぞろぞろと通り過ぎ始めた。

駅の方からは電車の駆動音が聞こえる。どうやら次の電車がきて、学生の大群を下ろしたようだ。少し思い出に浸りすぎた。

今見るべきはこれからの大学生活、夢にまで見た大学生活。

そこに向けた一歩を、僕はゆっくりと歩み出した。

そして、正門をくぐり抜けようとした。


まさにその時


「!?っっっっっっ」

歩みは一歩目で止まっていた。

視界に入ってしまったソレに、僕の注意が引きつけられてしまった。

それは、門の前に堂々と立っていた。

まず目を引くのは、額に掲げられた飾りだ。金色に近い黄色で、頂点の部分に切り欠きのあるその形状は、銀杏の葉の形だと分かった。

金色の銀杏の下に、放射状に穴のあいたバイザーの付いた赤いマスクが、頭部を覆っている。

さらに視線を下に移す。その全身を包んでいるのは黒くて薄い布、おそらく全身タイツだろう。そしてその上から、様々な装飾品が取り付けられている。

胴を覆うのは、黒い屋根に赤い柱の門、これはすぐに東大の赤門を模したものだと分かった。

前腕は両方とも白い手甲に包まれていて、膝は透き通った青い宝石のようなものが巻き付けられている。

腰には、丸いバックルの上に、銀色の鋭角的な図形が円上に飾られた。

そして首から、紐でつり下げられた一枚のカードをぶら下げている。

そこに書かれた文字「大学戦士トーダイン」それが彼の名前だというのは一目瞭然だった。

その姿を見て、僕はそれが何なのか分かった。

「ヒーロー・・・・・・」つぶやきが自然に口の中から出ていた。

全身の黒と赤、そして頭頂部の金色のコントラストが映えるそのヒーローは、胸を張って堂々と立ち、目の前を過ぎる学生たちにビシっと手を挙げ、挨拶らしき仕草をしている。

学生たちの反応は様々だった。ある学生は場の中で際だって目立つそのヒーローに目を奪われ、その姿をジロジロと見回す。ある女子学生の集団は、嬌声を上げて取り出したスマートフォンで写真を撮りだしていた。ヒーローの方もそれに応えるかのようにいろいろポーズを決めていた。

僕は、その光景をじっと見つめていた。

ヒーローチックな勇姿で、人々の前に敢然と立ち、その姿を見る者に対して、憧れ、勇気、希望といった感情を湧き出させる。

僕の脳裏に、蘇る記憶。

画面の中に映る、悪に向かって立ち向かう戦士。

その姿に目を奪われた。それは僕の

ヒーロー、それは僕の・・・・・・

「えっ・・・・・・?」

それに気づいて、僕は我に返った。

そのヒーローが、まっすぐ僕の方を見ていたのだ。薄い水色のバイザーを目の位置に着けたそのヒーローの顔が、僕の視界に入る。

立ち止まってそちらを見ていた僕のことを、気に留めてくれたのだろうか。ヒーローはビシっと右手を頭の上まで上げた。

挨拶のつもりなのだろうか。僕はおそるおそる右手を伸ばした。

ヒーローの周囲には、今は誰もいなかった。ヒーローはこちらの方を見ながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

どうすればいいのか。僕は戸惑いながらその場に立ち止まるしかなかった。

ヒーローと、僕の距離が近づいていく。

「本郷ちゃん、おいーっす!」

その声が、僕の意識を呼び戻した。

振り向くとそこには、マスクに包み込まれてなどいない、人間の顔。人間の笑顔があった。

「……おどかさないでよ、柏木君」

柏木真先、僕の数少ない高校のクラスメイトだ。クラス替えで分かれることもなく、三年間それなりに仲良く過ごしていた仲間だ。

僕は高校時代、ひたすら勉強に打ち込んでいた。当然部活動などする余裕もなく、高校の周りの先輩、同級生、後輩などと積極的に交流することもなかった。

別に人嫌いや人見知りという訳ではない。ただ力を注がなかっただけだ。だから、常に受け身の体勢でいて、話しかけてくれる人に対しては、交流をしたつもりだった。

柏木君も、その一人だった。

彼は高校ではそれなりに名の通った生徒だった。バスケ部でエースとして活躍し、生徒会副会長としての業務もこなしていた。試験の成績も学年でトップ5をキープしていた。

あくまでも僕の主観だが、彼は僕ほど勉強に熱を入れていなかっただろう。勉強だけでなく、他の事も一生懸命やって、好成績を収め、最高学府へと入学した。天才肌の人間なのだろう。

嫉妬しなかったといえば嘘になる。才能のある人間は、ない人間よりも遙かに少ない努力で目的を達してしまう。そんな世の中の不公平。しかしそれを言ったところでどうなるものでもない。勉強に打ち込んでいても僕に付き合ってくれる懐の広さ。

複雑な思いを抱きながら、三年間付き合ってきたのだ。

彼と会話するときは、そうした思いが表出しないような話し方を心がける。

「本郷ちゃんも、新入生向けの特別オリエンテーションきてたんだな」

「うん。いい大学生活のためには、スタートが大事だからね」

今日大学にやってきた目的がそれだった。

「組分け、オレは7組だけど、本郷ちゃんは?」

「25組」

「結構な数だな。」

「合格者の数は3000人だからね・・・一クラス30人でも」

「確か科類ごとの組分けだったよな」

「うん、僕は文一と文二の合同クラスみたい」

「何だよお得じゃん。俺なんか文三オンリーだぜ」

東京大学の新入生は六つの科類に分けられる。文系が文科一類から三類、理系が理科一類から三類。二年間そこで教養課程を学んだ後、それぞれの科類に適応した専門課程に進んでいく。例えば文科一類なら主に法学部、文科三類なら文学部・教育学部だ。

科類の選択は入試の際に決定する。受験の際に受ける問題は文系、理系の中ではそれぞれ同じ物だが、科類ごとに定員が分かれているので、合格難易度もそれぞれ異なる。僕の進んだ文科一類は文系に

そして今日は、同じ科類の先輩が入学に当たって必要なことを話してくれる、新入生向けのオリエンテーションが開かれるのだった。

入学手続きと同時に行われるので、参加は半強制のようなものだった。

「ま、どんな先輩がいるのか楽しみだよな!さて、行こうぜ……って、なんだありゃ?」

柏木君も、さっきまで僕の視線の先にあったものに気づいたようだ。

「なになに……だいがくせんしとーだいん?何とかレンジャーみたいなやつか?何だ、あんなのが東大にもいるのか」

「知らないけど、なんかかっこ・・・・・・」

いい、と言いかけたところで、

「バカなことする奴もいるもんだなぁ」

柏木君の言葉に、その先は遮られてしまった。

「なぁ?折角東大に入ったっていうのに、あんなバカな事して・・・もっとやるべき事は他にあるだろうに」

バカなこと、なのか。

全身に取り付けられた装飾は、今にも外れそうな箇所がある。目を凝らしてみれば、全身を彩る赤や白といった色が、ポロポロと剥がれ落ちている箇所がある。

遠くから見ても隠せない手作り感が、急に目に入るようになった。憧れていたヒーローの姿から、一気にかけ離れてしまったような感じがした。

確かに何の価値もない。

「ほら、アンなのに構ってないで、さっさと手続き行こうぜ。ほら見ろよ、すごい行列できてるぞ」

門の奥をのぞくと、列の最後尾らしい人の背中がちらりと見えた。その奥へと目をやると、長い長い行列が出来ているのが分かった。

急かす柏木君の言葉に、僕はこくりとうなずき、彼とともに列の最後尾を目指した。

僕は進みながらも、一瞬顔を後方に傾け、そこに映るものを確認していた。

大学戦士トーダインは、相も変わらず生徒の方へ手を振ったり、握手や撮影に応えたりしていた。

うん、あれはただのバカ。ただ新入生の前に突拍子もない格好で現れ、目立ちたいだけのバカ。

そう心に言い聞かせ、僕は前へ向き直った。

僕はあんな物に付き合うために、この場所を目指してきたのではなかった。



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