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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第十章

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91 献身

 

 全身黒づくめ、その上フードの陰が濃くて顔が見えない。白い空間にくっきりと浮かび上がる姿は不気味な死神そのものだった。


 流音は恐る恐る問いかけた。


「薫くん、なの?」


 信じられないものの、先ほど聞こえた声は間違いなく彼のものだった。

 流音とユラの反応を楽しむように間を開けた後、死神はフードを外した。


「やっぱり薫くんだ! どうしてこんなところにいるの?」


 フェルンに吸収されて消えたはずの少年は、バツが悪そうにそっぽを向いた。フードに隠れていて見えなかったが、彼の首元に寄り添うように小さなデューアンサラトの姿もあった。


「どうして俺を呼び起こした張本人が分かってないんだよ」


「え? わたしが薫くんを呼んだの?」


「その自覚すらないのか。お前は自分の魔法を全然使いこなせてない。まぁ仕方ないか。ガキだし」


 流音は首を傾げたものの、やがて閃いた。

 慌ててポケットの中からニーニャカードを取り出す。カードには何の変化もなかったが、絵柄を見て思うところがあった。


「薫くん、もしかして〈死神〉の守護者になってくれたの?」


「いや。正確にはまだ仮契約だ」


 流音はますます困惑した。こんなことは今まで一度もなかった。だが、確かに薫の装いはニーニャカードの〈死神〉だ。


「このタイミングで、何をしに来たんです?」


 ユラが流音を庇うように前に出た。


「警戒しなくていい。俺もデュアももう死んでいる。ここにある弱い意識以外はフェルンに取り込まれた。あとは魂の消滅を待つだけで、何の力も魔法もない」


「簡単には信じられません」


「あんたは別に信じなくていい。俺は流音と話しに来たんだ。ちょっと黙ってろよ」


「むぐっ」


 薫が軽く手を振った瞬間、ユラが凍りついてしまった。


「な、何をしたの?」


「別に。ちょっと時間を止めただけ。あんまり聞かせたくない話もあるからな」


 ユラの身を案じつつも、流音は薫に向き合った。


「もしかして、あのときの続き?」


 首を横に振り、薫は憂鬱そうに眉を寄せた。


「……違う。謝りに来たんじゃない。でも……」


 気まずそうに視線を彷徨わせる薫に、デューアンサラトが頬ずりをした。一見甘えているようだが、子どもを励ます親のようにも見えた。

 何度か深呼吸をして薫は絞り出すように呻いた。


「ありがとう」


「え?」


 薫は泣き出しそうな表情で微笑んでいた。


「俺が死んだとき、俺のために泣いてくれる奴なんてこの世のどこにもいないと思ってた。流音は目の前で誰が死んだって泣くんだろうけど、でも、それでも……結構胸に来た。だからその礼をしなきゃいけない」


「薫くん……」


「封印の要、代わってやるよ」


 思いがけない言葉に流音の呼吸は止まった。


「術式自体は完成してる。後は魔力循環の舵取りをするだけでいい。それは魔力があれば誰にでもできることだ」


「でも……いつ封印から解放されるか分からないのに」


 薫は言う。

 通常フェルンに吸収された人間たちは、魂ごと食われて消滅する。しかし直近で吸収された薫たちの魂は未消化の状態でこの場に残留している。


「俺はもうこの世に思い残すことはない。消滅を免れて生まれ変わりたいとも思わない。だけど、デュアやルナにはゼロからやり直してほしい。みんなはもう十分、辛い思いをしたんだ……」


 平凡に生まれて愛されて育てば、きっとこんなことにはならなかった。薫は自虐気味に笑った。


「……けどそれは虫の良い話だ。だから俺がここで封印の要を務める。百年でも、千年でも、一万年でも、フェルンを封じ込めてやる。みんなが転生していって最後の一人になっても、ずっと」


 そうやって贖罪をしたい、と薫は言った。


「本当に、みんな生まれ変わることができるの?」


「できる。お前の魔法の力があれば」


 薫が嘘をついているようには見えなかった。今までたぎらせていた憎悪や悪意もなく、ただ繊細な少年がそこにいた。


「薫くんはどうなるの?」


「俺はどうなっても良いんだ。もともと消滅するだけの魂だし」


 そんなこと言わないでと流音が嘆くと、薫は儚げに笑った。


「それよりも流音たちだ。実はこれ、そんな旨い話じゃない。俺が封印の要になるには、流音がもう一度大きな魔法を使う必要がある。それがどういう意味か分かるか?」


「……何となくしか分からない」


 無意識のうちに胸を押さていた。

 封印の中に入ってから痛みは止まっていたが、不安は色濃く残っていた。

 壊れかけている心臓が再び嫌な音を立て始める。


 封印の外に出たらどうなるのだろう。


 ――わたし、やっぱり死んじゃうの?


 流音の心の問いに答えるように、薫が首を横に振った。


「もう一度魔法を使えば、流音の見えない心臓――魔力機関が完全に壊れる。死にはしない。けど、魔力を失う。つまりもうこちらの世界にはいられない」


「それって……」


 魔力を失い、この世界の〈不適合者〉になれば、世界を害する存在になる。あるいは自分を蝕み病んでしまう。

 元の世界――魔力のない世界に帰らなければならなくなる。

 それはユラとの別れを意味していた。


「俺はこのまま消滅しても、封印の要になっても構わない。流音の心のままに選べばいい」


 ようやく分かった。薫がユラに聞かせたくない話はこれだったのだ。


 ――ユラと離ればなれになりたくない……。


 このまま封印の中に留まれれば、自分を犠牲にして世界を救ったことに酔いしれ、ユラと永遠に近い時を過ごせる。もう煩わしい大人の都合に振り回されることもない。大好きなユラを傷つける人もいない。なんて甘美な世界だろう。


 もう十分頑張った。たくさん悩んで、泣いて、我慢してきた。

 ユラだって子どものままでいいと言った。ならその言葉に甘えればいい。幼稚なわがままを叶えてしまおう。


 流音はぎゅっと目を閉じた。

 薫の話を聞かなかったことにして、このままユラとずっと……。


 そう考えた途端、大きく心臓が軋んだ。

 その痛みが流音に答えを促した。


 ――ユラとずっと一緒にいたい。でもそれ以上に、わたしは……。


 耐えられる?

 自分自身にそう問いかければ、「大丈夫」と無意識に呟いていた。


「俺を呼び起こした時点で答えは決まってるか。お前はすごい奴だ。何の嫌味も悪意もなく、そう思う」


「ちっともすごくなんてないよ。だって、すごく強がってる……」


 ユラにとっての幸せは、断じて封印の中に閉じこもることではない。あるかどうかわからない未来よりも、もっと確かなものをプレゼントしたい。「奪いたい」と思うよりも「与えたい」という気持ちの方がはるかに大きいのだ。


 ――わたしは、好きな人の幸せを願えるようになりたい。


 そんな素敵な大人になりたい。


 大丈夫。きっと後悔はしない。

 流音は晴れ晴れとした表情で薫に告げた。


「薫くん、お願い。わたしたちの代わりにこの封印を守って」


 彼は静かに頷き、目を閉じた。「敵わないな」という小さな呟きが聞こえた。


【ニーニャの献身により〈死神〉の守護者は目覚めん】


 ぱりん、とガラス細工が割れるように呆気なく、流音の中で何かが弾けた。

 ぽっかりと胸に空いた穴は、もう二度と塞がらないと分かった。親しみを覚え始めていた世界が急に遠ざかって、異質なものへと変わっていく。


「さよなら、流音」


 〈死神〉のカードが燦然と輝き、流音は外側に弾かれるような感覚を覚えた。

 意識が空間に溶けて真っ白に染まる。


 ――バイバイ、薫くん……。






 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 戦場は夜になっていた。


 星明りの下、静かな荒野で流音は目を覚ました。


「ここは……?」


 傍らにいたユラは流音の無事を確認して安堵しかけ、はっと息を飲んだ。

 彼も気づいたのだろう。あんなに愛しいと思っていた同じ波形の魔力をもう感じ取ることができない。

 絶望しかけた流音は、それでも懸命に微笑んだ。


「ユラ、一番最初にした約束、覚えてる?」


 流音がこの世界に召喚された日、まだユラのことが大嫌いだったときにした約束。

 ユラを好きになるにつれ、重く苦しいものに変わっていった約束だ。


「ママが言ってた。約束一つ守れない男なんて最低だって……でも、ユラは最低じゃないから……っ」


 最後くらい涙を堪えようとしたけど無理だった。


「わたしを元の世界に帰す約束、叶えて」


 


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