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9 魔力鑑定

 魔力。

 それはこの世界を構成するエネルギー粒子である。

 天地は大いなる自然のサイクルの中で、生物は魔力機関――見えない心臓と呼ばれる臓器によって魔力を生成している。


 量、質、波形、属性など、個体によって差が大きく、全てがぴたりと一致する生物は同時代に存在しえないと言われている。


「この国では定期的に鑑定を行い、魔力のデータを登録しておく決まりがあります」


 これも犯罪抑止のためかと流音は思ったが、それだけではないらしい。

 ペルネは流音に微笑みかける。


「魔術師は国の宝。才能ある若者を見出すことも、鑑定の大きな目的です。魔力総合値の高い方は、魔術学院へ推薦入学が可能です。学費も無償とさせていただきますし、お望みなら――」


「通わせません」

 

 ユラの一言を受け、ペルネは続きの言葉を呑み込み、咳払いをした。


「では、さっそく鑑定いたしましょう。こちらが鑑定専用の魔沃石まよくせきになります。僭越ながら、まずは私が手本を」


 ペルネは両手を水晶玉にかざした。


【厳格なる眼よ、我が内に巡りし力を示したまえ】


 透明の水晶玉が反応し、見る見るうちにその色を変えた。


「わぁ、すごい……っ!」


 黄色い光を帯びた水晶玉、その内部にごつごつとした土の針が生えていた。さらにぼんやりと細かい数字が浮かび上がる。


「私の魔力は地属性。魔力総合値は2200……二十代としては平均的な数値ですね。魔術師見習いにぎりぎりなれるかどうか、という値です」

 

 流音はまるで分かっていなかったが、とりあえず感嘆して頷く。


 ――こういう儀式、本物の魔術師っぽい!


 流音は興奮を隠せぬまま、ペルネに尋ねた。


「属性って何種類あるんですか?」


「基本属性は火、水、風、地、光、闇です。ごくまれに複数の属性や無属性、雷や木などの特殊属性を持つ方もいらっしゃいます」


 自分の属性の魔術のうち、簡単なものならば無詠唱で行うことができるらしい。

 逆に言えば、自分の属性ではない魔術を使うために、詠唱が必要なのだという。


「おいらは火属性と風属性!」


「二つも持ってるの? すごいね、ヴィーたん」


 ヴィヴィタが胸を張るような仕草を見せた。あまりの可愛さに流音の頬はほころぶ。


「ねぇ、ユラの属性は?」


「俺は……今は闇属性です」


「今は? 変わることもあるの?」


 ユラは無表情で頷くだけで詳しい説明はしてくれなかった。


「さ、さぁ、ルノン様。やってみましょう! 転空者は魔力値が高いと聞きます。楽しみですわ」


 堅い笑顔を浮かべたペルネに促され、流音はおっかなびっくり水晶玉に手を伸ばした。


 ――どの属性かな? 闇以外だといいな。

 

 ユラとお揃いがイヤ、というよりは単純に怖いのは避けたい流音だった。


【厳格なる眼よ、我が内に巡りし力を示したまえ】


 流音の声に反応し、水晶玉が姿を変える。

 青い光を纏い、内部に水流の渦が発生した。


「ルノン様の魔力は水属性。魔力総合値は……3500。素晴らしい数値ですわ!」

 

 ペルネの顔に喜色が浮かぶ。


「えっと……そんなにすごいんですか?」


「ええ、ええ! ルノン様のお歳では考えられない数値です。大陸中のどの魔術学院でも入学――」


「させません」


 ユラがすかさず言葉を切ったので、ペルネは少し悔しそうに眉根を寄せた。

 実感は沸かないものの、褒められれば素直に嬉しい。流音はユラを仰ぎ見た。


「ねぇ、ユラは? どれくらいの数値なの?」


「俺ですか」


 ユラは呪文を唱えもせずに、人差し指でちょこんと水晶玉に触れた。

 その瞬間、水晶玉内部にどろどろした霧が発生し、瞬く間に真っ黒に染まった。ぎょっとするような光景である。おまけに数字は出てこない。


「か、鑑定不能です……」


「え」


「俺の魔力データはいつも王都の大魔沃石で鑑定しています。詳しい数値は内緒です。ただ、十歳のときには6000を超えていましたよ」


 圧倒的な差を見せつけられ、流音の喜びはみるみるうちに萎んでいった。


「……自慢?」


「上には上がいるということです。まぁ、落ち込むことはありません。きみの場合、それが地力ではないでしょう」

 

 流音がどういう意味か問いかける前に、ユラはペルネに視線を向ける。彼女は水晶玉を凝視したまま青ざめていた。


「すみませんが、俺は席を外します。残りの手続きは二人でお願いします。構いませんね?」


「は、はぁ……どちらへ?」


「書店に用があるので。……ヴィヴィタ、きみも来てください。荷物持ちです」


「えー」


 渋々ながらもヴィヴィタはユラの肩に乗った。


「あとで迎えに来ます。終わったら待合所にいて下さい」


「ルゥ、すぐ戻るから!」


 流音が頷くと、一人と一匹は部屋を出ていった。

 ペルネは盛大なため息を吐いた。子どもと二人きりのせいか、ビジネス用の仮面が剥がれている。


「さすが、β級の魔術師……話には聞いていましたけども」


「それってユラのことですか?」


 ええ、と肯定し、ペルネは説明してくれた。


 まずこの大陸で魔術師を名乗るには、ウェスミア魔術協会の設けた試験に合格する必要がある。

 十代の志願者の半分近くは試験を受けるレベルにすらなく、魔術師見習いである。


 そしてβ級というのは、魔術師の階級の一つだ。

 上からα、β、γ、Δの階級区分が存在する。


 昇級の基準は細かくあるが、難易度レベルβの魔術に成功した者がβ級になれるらしい。


 ――十六歳で上から二番目の階級って、すごそう……。


 流音はぼんやりとしかユラのすごさを捉えられていなかった。


「それって魔術師全体の何パーセント……えっと、百人いたら何人くらいがβ級ですか?」


「三人いるかどうかでしょう。と言っても、そのほとんどがお年を召された熟練魔術師か、戦争で武功を上げた魔術戦士です。あの若さ、しかも研究者でβ級なんて、天才以外の何物でもありませんわ」

 

 具体的な数字で言われるとよく分かった。

 ユラは確かにすごい魔術師らしい。

 他に魔術師を知らないせいでいまいちピンとこないけど。

 

「ああ、そうですわ。転空者召喚もレベルβに指定される魔術です。あの魔術には膨大な魔力と難解な術式への理解に加え、三日三晩の儀式に耐える体力も必要と聞きます。今モノリス国内で召喚の魔術を行えるのは、ユランザ様くらいかもしれませんね」


「え!?」


 それは衝撃の事実だった。


 ――てことは、ユラ以外にわたしを帰せる人はいないの?


 確かユラは送還魔術の方が大変だと言っていた。

 

 この国の規模は分からないが、国に一人いるかどうかの魔術師にはそうそう巡り会わないだろう。

 もしもユラに約束を破られたら、流音が元の世界に戻れる可能性はぐっと下がる。 


「どうされました?」


「う、ううん、と、……」


 なんでもありません、と言いかけて、流音は顔を上げる。


「あの! ペルネさん、今更なんですけど、教えてほしいことがあります!」


「はい?」


 流音はユラから聞いた話をペルネに伝えた。

 誘拐犯の言葉を鵜呑みにする流音ではなかった。ユラの言葉の正否を第三者に確かめてほしい。

 他人の言葉を簡単に信用してはいけません。母の教えの一つである。

 

「全て、本当のことかと」


「う……そうですか」


 やはり転空者の所有権は召喚魔術を行使した者にあるらしい。

 つまり流音の身柄はユラのもの。

 誰にも助けを求められない。


 ――この世界はやっぱり非常識だよ。ひどい世界……。


 不満いっぱいに頬を膨らませた流音を見て、ペルネは困ったように笑った。


「しかし一部、ユランザ様のお話には欠けている部分があります。面倒だったのか、あえてお話しにならなかったのかは分かりかねますが」

 

 首を傾げる流音に、ペルネは朗々とした声で告げた。


「ルノン様。あなたは救済されたのですよ」




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