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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第十章

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79 離れ離れ

 

 スピカとアッシュのおかげで、西の大陸――モノリス王国に帰ってくることができた。流音は疲れと安堵から泥のように眠り、その間にみんなはいろいろと大変だったようだ。


 モノリス城の一室。

 お見舞いに来てくれたスピカから詳しい話を聞いた。


 まずアッシュはゼモンに殴られたらしい。

 アッシュは北の大陸へ向かうことを誰にも伝えず、簡単な手紙を置いて城を飛び出していたのだ。

 王になる自覚はあるのか、この数日お前のためにどれだけの人間が寝ずに奔走したか、もしも何かあったらモノリスの民がどうなっていたか……ゼモンの言葉はもっともだった。

 アッシュとしては「友達を助けに行って何が悪い」という想いもあったようだが、そこは素直に非を認めて謝罪し、王族に手を上げたゼモンを不問にした。侍女長のイティアを含む多くの城仕えの者の涙を見て、罪悪感に駆られたようだ。


「アッシュくんは落ち込んだままなの……もうすぐ戴冠式なのに」


 スピカは心配そうにため息を吐いた。

 彼女自身は特にお咎めがなかったらしいが、それが逆に堪えたようだ。アッシュとの立場の違いを思い知らされて。それでもスピカは自分の弱音は吐かなかった。


「戴冠式と言えば、シークさんが招待を受けてくれたみたいなの」


 シークはモノリスで簡単な治療を受けた後、騎士団本部へ向かった。

 怪我は問題なく、意識もはっきりしている。周囲の関心は本人の帰還よりも、彼が手にした新しい剣――流音の魔法と魔剣アラクレが融合したものに向けられた。


 新たに聖魔剣・アンネイと名付けられたその剣は、各所に衝撃をもたらした。


 封印することも難しく、たとえ討伐することができても周囲に甚大な被害を及ぼしかねない古の魔物。

 それがこの世界にとって無害なものに変わり、かつ戦力として味方になった。


 その剣を使いこなせるのはシークだけで、他の人間が触れるとニーニャカードに戻ってしまう。よって今ではシークのことを「新たな英雄」とか「選ばれし勇者」などと呼ぶ者までいる。

 本人はそれが「痛くて耐えられない」らしく、シークは改めて「一介の騎士」としてレジェンディア同盟国に忠誠を誓い、サイカ国王から〈魔性の喚き〉の殲滅を命じられた。


 周囲の期待は流音や他の守護者にも同様に向けられた。

 ニーニャカードは全部で七枚。古の魔物も七体。

 もしかしたら全ての魔物をカードと融合させ、無害化することができるかもしれないのだ。


 キュリス、スピカ、アッシュ、シーク。

 今目覚めているニーニャの守護者は四人。


「あと三人も一緒に戦ってくれる人が見つかるかな……心配」


「ウチはそれよりもルノンちゃんが心配なの。今までよりずっと敵に狙われちゃうんじゃないかって……」


 スピカはしゅんと肩を落とした。

 流音の魔法は〈魔性の喚き〉にとって致命的な脅威となった。それがなくとも薫には恨まれているだろう。危険は増した。

 同じく狙われる立場となったのに、スピカは流音の身を一番に案じてくれた。それが嬉しくて少し恐怖が紛れた。


「怖いけど、スピカちゃんやみんながいてくれるし……全ての魔物を無害化できたら、ユラの闇巣食いも治るもん。だからわたしは頑張る。スピカちゃんは――」


「ウチも頑張るの。少しでもみんなの役に立って、自分を好きになりたいから。ウチは最近欲張りなの。力も勇気も自信もほしいの」


 スピカの膝に乗ったレグがうんうんと頷いた。

 ここ最近、スピカが随分と前向きになった気がする。笑顔も増え、芯の強さのようなものを感じる。良い方向に変わりつつある親友を頼もしく思う。

 話が一段落した後、流音はおずおずと切り出した。


「あ、あのね、ユラとヴィーたんのこと何か知ってる? みんな『大丈夫』の一点張りで、詳しいことを教えてくれなくて……」


 帰還して一週間が経ち、魔力も十分に回復した今、流音は早く一人と一匹に会いたくてたまらなかった。しかしなぜか面会を禁じられている。

 北の大陸でユラは流音を庇って頭に怪我をした。場所が場所だけに治療が大変で、今は別の部屋で安静にしているという。


「怪我、そんなにひどいのかな? 会わせてもらえればキュリスにお願いして治してもらうのに、それもダメだって言われて」


 スピカは眉根を下げた。何かを知っていて、言おうかどうか迷っている顔だ。


「教えて、スピカちゃん! 口止めされてるなら、わたしが無理矢理聞いたって言っていいから。どうしても知りたいの! お願い!」


 流音がすがるように見つめると、スピカは困ったように口を開いた。


「実は――」






 翌日、モノリス城にグライが来ていると聞いて、流音は部屋を飛び出した。


「グライさん! ユラに会わせてください!」


 何かの会議後のグライを捕まえて追いすがると、露骨に嫌な顔をされた。


「誰かにユランザの状態を聞いたのか。その頼みは聞けぬ。貴殿を闇巣食いにするわけにはいかん」


「そんな……」


 スピカ曰く、「ユランザさんは、今回のことで風の魔術を失っちゃったの。だから会わせてもらえないんだと思うの」とのこと。


 光、水、地、風と属性を失い、あと一つ、火の魔術を失えばユラは完全な闇巣食いになり、周囲の人間にも古の闇を感染させる存在になる。

 そんな状態の人間を、王族や今後の戦いに関わる人間の傍にはおけない。よってユラは城の裏手にある森の離れに隔離されている。

 これまでの実績のおかげで待遇は良いらしいけど、絶対属性を持つヴィヴィタとともに結界の中に籠り、今後自由は一切与えられなくなるようだ。軟禁されているのと変わらない。


 今や流音は世界の命運を左右する人間の一人だ。もしも闇巣食いになって、古の魔物に対抗する魔法を失えば、一気に戦況が傾く。それがまずいことは理解できる。


「でも、まだ大丈夫だもん。すぐに火の属性が消えるわけじゃない」


「その保証はどこにもない。そうだな、チェシャナ」


 隣にいたチェシャナ博士は難しい顔で頷いた。


「闇巣食いの進行具合は誰にも、私にも読めないからなぁ……もしかしたら一年くらい大丈夫かもしれないし、明日にも完全な闇に染まるかもしれない。お前が古の闇を祓うことができるとはいえ闇巣食いにならないとは限らないし、ここは大人しく言うこと聞いておいた方がいいぞ。ユランザだって、お前に闇をうつしたくはないだろうし」


 流音は思わず唇を噛みしめた。


 ――やっぱり我慢しなきゃダメなのかな……。


 このままユラに会わずに過ごすことを想像して、すぐに心が萎えた。頑張ろうという気分になれない。

 正直だなと自分でも呆れてしまう。いつのまにこんなに彼に依存していたのだろう。

 今となってはユラとの接触を失くすことは、流音にとってマイナスにしかならない。


 ――うぅ、恥ずかしいけど、仕方ないよね……。


 流音はグライとチェシャナにしか聞こえないような小声で、胸にしまっている一番の秘密を打ち明けた。


「えっと、キュリスによるとわたしの魔法は……その、ユラへの気持ちから生まれたものなんだって。そばにいるほど魔力が高まるみたい。だからね、ユラに会えないとこれから戦えないと思います」


「なに!? つまりルノンの恋心があの魔法の原動力ってことか!?」


「博士! 声が大きいよ!」


 そこから急きょ別室に移動し、流音は二人に魔法と恋について詳しく説明する羽目になった。恥ずかしすぎて死ぬかと思った。


「なるほど、恋の魔法か。……あながち間違ってないかもな。ヒルダちゃんも私とそういう関係になってから力が強まったって言ってたし。もしかしたら転空者の魔法ってそういうものなのか?」


 チェシャナは興味で瞳を輝かせ、グライはげんなりと眉間に皺を寄せた。


「つまり、ユランザと引き離すのは戦力的にもまずいのか……」


「そだなー。今ルノンの魔法がなくなったら、今度襲撃されたときに対抗できないかもな」


「恋愛に浮かれた小娘に頼らざるを得ないとは……騎士団も落ちぶれたものだ」


「グライ、ヤバい本音が駄々漏れだぞ。いいのか?」


 粘った末、何とかグライから面会の許可をもらうことができた。このことは絶対に内緒にしてね、と念を押すと、「言いたくもない」と鼻を鳴らされた。

 流音の魔法の弱点を周囲に触れ回るほどグライもチェシャナも愚かではないだろう。敵のスパイがまだどこかに潜んでいるかもしれない。






 翌日、流音はユラのいる離れを訪ねた。

 元は兵士が城の裏手を警備するための詰所だったらしい。城の敷地が広がるにつれて使われなくなったというだけあって、外壁がところどころ剥がれて蔦に巻かれており、ずいぶんと古ぼけた建物だ。流音は「幽霊屋敷」という印象を抱いた。

 ユラに会えるというときめきと、建物の迫力に心臓が早鐘を打つ。深呼吸を五回してから、来訪を告げるドアベルを鳴らした。

 しかし――。


「会えません。自分の部屋に戻って下さい」


 玄関のドア越しすげなく拒絶された。


「どうしてそういうこと言うの!?」


 浮かれていた分、ショックは大きかった。抗議の意味も込めて流音は思い切り扉を叩いた。


「もう俺はいつ完全な闇巣食いになるか分かりません。だから――」


「知ってる! でもいいの。ユラと一緒にいた方がいいんだから」


「はぁ……どうしてです? きみが万が一にでも闇巣食いになっていい理由はないです。それとも他に俺に会わなければならない特別な理由があるんですか」


「う……」


 グライやチェシャナに話すのとはわけが違う。

 ユラと一緒にいた方が魔法の力が高まると言えば、さすがにユラだってその理由に感づくかもしれない。

 しどろのもどろになりながら流音は会う口実を探していたが、やがて扉の向こうからため息が漏れ聞こえた。


「とにかくもうここには来ないで下さい」


 冷ややかな言葉を最後に、ユラの足音が遠ざかっていく。

 流音は呆然とその場に立ち尽くした。



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