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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第九章

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74 女神の戯言

 流音は改めて室内を見渡す。

 幾重にも重なる天幕やカーペット、積み重なっているクッションは、紫や紺など重苦しい色合いで構成されている。白一色の装いのマジュルナの存在感を際立たせているようだ。

 家具の類は一切なく、生活感がない。何を行う部屋なのかまるで分からず、恐怖を一層引き立てられる。


 ――それにものすごく体が重い……?


 流音は息苦しさを覚え、意識して呼吸を整えた。まるで元の世界で生活していた時に戻ったようだった。 マジュルナと薫に相対した緊張でそう感じているだけではなさそうだ。この場には目に見えない何らかの力が満ちている。魔力も思うように動かせない。


「わ、わたし、どうしてこんなところに……」


「俺が連れてきた。ここは北の大陸ノーディックの某所、〈魔性の喚き〉の総本山だ。ルノンたちの魔力が暴走してヤバそうだったから、助けてやったつもりだけど」


 恩着せがましい薫の発言に流音は押し黙った。

 確かに封印の術式が暴発して嵐が起こった。だけど、そもそも暴発した原因は薫が古の魔物を連れて妨害しに来たからだ。助けられたからといって礼を言うのは絶対におかしい。

 それよりも他に尋ねるべきことがある。流音は恐る恐る言葉を紡ぐ。


「ユラとシークはどうなったの? 他のみんなは?」


 薫の笑みが深まり、流音は絶句した。


「ルノン! 無事ですか?」


 そのとき、天幕の中にユラが入ってきて流音に駆け寄った。


「ユラ! 良かった!」


 緊張が一気に解け、流音は人目も気にせずにユラに抱きついた。見たところ怪我もない。お互いの無事を確認し合い、流音とユラは同時にため息を吐いた。


「あらあら、もう一人のお人形さんもお目覚め? タイミングがいいわね。ウロト先生が何かしたの?」


「いや、自然に目覚めたね。この子たち、個体同士で同調してるのかなぁ。同じ魔力波動を持っているし、そういう可能性もなきにしもあらずだ」


 ユラの後ろからもう一人男性が現れた。浅黒い肌で柔和な雰囲気の中年の男性だ。体つきは引き締まっているが、強そうな印象はない。


「ふふ、仲良しさんってことね。私としても二人一緒にお話しできた方がいいわ」


 マジュルナは奥のクッションソファに枝垂れるようにもたれて座り、流音とユラにもその場に腰を下ろすように示した。マジュルナの隣にウロト、流音たちの背後に薫が立つ。

 ユラは面白くなさそうにしていたが、流音に向かって頷いて見せた。今は下手に抵抗するのは危険だ。それくらいなら流音にも分かった。

 二人が話を聞く体勢を整えると、マジュルナはにこにこと微笑んだ。


「改めて自己紹介するわね。私はマジュルナ・ペルル。〈魔性の喚き〉の神子よ。あなたたちのことはカオルから聞いているわ。古の魔物を封印しようとしている闇巣食いの天才魔術師と、闇を祓う魔法をもたらす転空者の少女……私にとってはものすごく邪魔な存在ね」


 針のむしろに座っている気分になり、流音はユラに身を寄せた。

 

「でも安心して。一方的に殺すつもりはないわ。私は世界から爪はじきにされた者たちを救いたいと思っているの。闇巣食い、転空者、奴隷、そして古の魔物たちに救済を与える。あなたたちには救われる権利があるもの」


 ユラがわずかに首を傾げた。


「救済……社会的弱者に対する差別をなくすために、古の魔物を使って他の人間を排除すると?」


「ええ、簡単なことよ。差別する側がいなくなれば、差別はなくなるでしょ。と言っても、救済自体はおまけなの。私の真の目的のためには大勢の人間の犠牲が必要で、生き残れるのはわずか。その生き残るべき人々を私が選ぶというだけのことよ」


 悪びれもせず、マジュルナは答えた。無表情だったユラの眉根に皺が寄る。


「私の本当の目的はね、お母様に会うことよ」


 虚空をうっとりとみつめて、マジュルナは自らについて語った。


「私、元々は天界――この世界と密接に繋がっている神々の世界で生まれたの。でもね、何かの間違いで私は天界に適応できなかった。ようするに〈不適合者〉だったの。ちょうど物心つく頃くらいにこの世界に送還されたから、お母様のことはおぼろげにしか覚えていないわ。でも会いたいの。どうしても」


「え……」


 マジュルナはこの世界にとって転空者であり、実の母親との再会を切望している。

 母親を恋しく想う気持ちは痛いほど理解できた。マジュルナと思わぬ共通点を見つけ、流音は複雑な心境になる。


「この世界に来てしばらくして、私はちゃんと女神の力に目覚めたわ。そして今度はこちらの世界の〈不適合者〉になってしまったの。でも天界には行けない。天界には強力な結界が張られていて、送還魔術では中に入れないから。私は穢れた空気に耐えられなくて、こんな場所に閉じこもっていなきゃいけない。本当にもううんざり。お母様に責任を取ってもらわなくちゃ」


 マジュルナがつまらなそうに拳を握りしめると、空気がぴりりと引き締まった気がした。


 ――何だか、この人怖い……。


 流音は身震いして息を飲む。

 マジュルナが纏う魔力は怖いくらい清浄で、それでいて果てがない。信じられないほど膨大な魔力量だ。神の子だという発言も虚言だと決めつけられない。


「お母様に会いに行くためには古の魔物の力が必要だわ。彼らは召喚魔術も送還魔術も使わず、単独で時空を行き来することができるし、七体集まれば結界だって破れるはず。そのためにデュアちゃんたちを復活させて、恵まれた人々を滅し、力を蓄えさせているの。この世界から吸い取った魔力と命を使って魔物たちと一緒に天界に渡り、私はお母様に会う。素敵でしょ?」


 同意を求められたが、流音もユラも頷けなかった。それどころか困惑が深まるばかりだ。


「えっと……あなたはお母さんに会うために、こんなことを? たくさんの人の命を犠牲にしてでも会いたいってこと?」


「うん、そうよ」


「母親に会った後はどうするんです? こちらの世界は魔力が枯渇し、国家の統制も失い、大いに荒れるでしょう。闇巣食いや奴隷にはそれが救済だと?」


「お母様たちが何とかしてくれるわよ。だって女神だし」


 しれっと答えるマジュルナ。

 ユラは理解できないと首を振った。


「無茶苦茶です。あまりにも無計画です。後のことは全て会えるかも分からない女神任せですか。もし会えたとしても、こちらの世界に救いを差し伸べてくれる保証もないのに」


「そんなことないわ。だって私がお願いするのよ。聞いてくれないはずがない」


 マジュルナは無邪気に微笑んで立ち上がった。そして目を見開くユラの頬を白い指で撫でた。突然のことにユラは振り払えないようだった。


「そう思わない? ユランザくん」


 同じ年頃の二人の視線が交錯しているのを隣で見て、流音はとても嫌な気持ちになった。それどころか全身に鳥肌が立ち、眩暈さえ覚えた。周囲に妖しい空気が漂い始める。


「あなたにも私のお願いを聞いてほしい。東の大陸の封印を解くのを手伝って。それとデュアちゃんたち魔物たちが最大限の力を発揮できるように知恵を貸してほしい。ね? いいでしょう?」


 あり得ない。マジュルナの願いをユラが聞くはずない。

 流音はそう思いつつも、胸騒ぎがした。

 ユラの深緑の瞳がぼんやりとマジュルナを見つめ続けている。気づけば薫とウロトもにやにやと二人を眺めていた。


「俺は…………」


「悪い話じゃないよね? あなたも救ってあげる。他の人間なんてどうなったっていいじゃない。女神の加護を受けた世界で、私と生きられるのよ? 闇巣食いを忌む者は消える。好きなことができる。あなたの未来はとっても明るいわ」


 ユラの体から力が抜けていく。彼の魔力の波動に不純な異物が潜りこんでいくような感覚を感じ取り、流音は咄嗟に二人の間に割って入った。もう見ていられない。


「ダメ! ユラに変なことしないで!」


 その瞬間、周囲に満ちていた妖しい空気がガラスのように割れた。


「ルノン……?」


 マジュルナが離れると、ユラは目をしばしばと瞬かせた。寝起きを叩き起こされたかのような反応だ。

 流音の脳裏に服従の魔術のことがよぎった。彼女はおそらく目に見えない力でユラの心を操ろうとしたのだろう。許せない、と流音は勇気を振り絞ってマジュルナを睨み付けた。


「あなたの言ってること、おかしいと思う。やっぱり全然、一つも共感できない。これ以上みんなにひどいことしないでっ」


「……先にひどいことをしてきたのはみんなの方なのに?」


 神子の瞳には鋭い光が宿り、流音はぞっとした。


「ふぅん。そこまでの……いいわ。よく考えて答えを聞かせて。言っておくけれど、これ以上邪魔をするつもりなら容赦はしないわ。無事に帰してあげないから」


「ルナ、例の奴に会わせてもいいか? そうすればこいつらも自分の立場を思い知る」


 薫の言葉にマジュルナはぱっと顔を輝かせた。


「そうね! きっとルノンはお友達想いだもの。その他大勢よりも彼を取るわよね!」


 その言葉にとてつもなく嫌な予感がした。




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