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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第九章

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70 いざ!

 質問を口にした瞬間、ユラの目が点になった。勇気の使いどころを間違えたことを流音は悟ったが、出してしまった言葉は飲み込めない。


「は……? 質問の意図が分かりません。なぜそんなことを知りたがるんです?」


「い、いいから教えて! 教えてくれたら泣き止むから!」


 泣きながら訴えるとユラは苦悩に満ちた表情を浮かべた。しかしどうにか心の折り合いをつけたらしく、真顔で流音を抱きかかえるようにしてベッドに座らせ、自分もその横に腰かけた。


「ルノンが聞きたいのは、俺がどんな女性を好んでいるかということですか? わざわざ女性に限定するということは、もしかして恋愛感情について聞きたいのでしょうか」


「う。そ、そうだけど……」


「俺は恋愛に興味がありません。なのでどのような女性が好きかと聞かれても、分かりませんとしか答えようがないです」


 実にユラらしい答えだった。予想通りだ。安心したような、ちょっと物足りないような、複雑な気分になる。

 ここまで聞いてしまったのだ。もっと踏み込んでみようと流音はさらに尋ねた。


「なんでもいいんだよ。髪は長い方がいいとか、明るい人がいいとか、理想の恋人やお嫁さんの条件を教えて」


「俺にお嫁さん……想像できないですね」


「そこを頑張って想像してみて」


 ユラは困り果てたのか黙ってしまった。


「ユラは女の人に見惚れたことはないの?」


 ダメ押しのつもりで口にした質問だったが、予想に反してユラの体が揺れた。思い当たる節があるようだ。


「誰!? わたしが知ってる人?」


「……言えません。その人は現実の人じゃないです」


「? どういう意味?」


 しつこく尋ねてもユラは誰のことかは教えてくれなかった。

 現実にいない。絵画に描かれた女性や、精霊や幽霊のような存在のことを言っているのだろうか。

 なんにせよ、ユラが見惚れる女性がとても気になった。胸がもやもやして流音は俯く。


「どんな雰囲気の人……?」


「そうですね。強いて言えば、女神のような人でした。とてもきらきらしていて、見ているだけで幸せな気分になります」


 端的ながらストレートな賛美を聞き、もやもやはさらに大きくなった。こんなに誰かに嫉妬をするのは生まれて初めてだ。


 ――聞かなきゃ良かった。わたし何やってるんだろう。


 ユラの幸せを願いながらも、いざ彼から他の女性の話を聞くと落ち込む。矛盾している感情が気持ちが悪かった。


 流音は長く深いため息を吐く。

 やっぱりシークは嘘つきだ。それともユラのことを理解していないだけなのか。ちっとも「きみだけが特別で全て」ではない。


 ――でもシークったら、わたしのことは言い当てるんだもん……。


 本当はユラに引き止めてほしい。今「帰らないで下さい」と言われたら、自分でもどうするか分からない。だからユラがどう思っているのか怖くて聞けない。


「俺にも教えてください。なぜ泣いていたんですか? どうして俺の女性の好みを聞きたがったんです? もしかして俺のせいで泣いたんですか?」


 緑の瞳にじぃっと見下ろされ、誤魔化しきれないと思い、流音は正直に告げた


「……だ、だってユラが、わたしとアッシュのこと、お似合いみたいに言ったから。アッシュは大切なお友達だけど、そういう気持ちはないの。勘違いしちゃダメ」


「はぁ、まぁ、それは分かってましたけど……アシュレイド王子と噂になるのが泣くほど嫌だということですか?」


「違う。そういう意味じゃない。だからね、ユラにだけは……じゃなくて。うーん」


 ユラは全く分かっていなさそうだった。言い訳も苦しくなってきて、流音は封印していた奥の手を使うことにした。


「わ、わたしとユラは家族でしょ。兄妹みたいだって前にユラも言ってた……あのとき本当は『お嫁さんにはあげない』って言ってほしかった。なのにまるでお嫁さんに行ってほしいみたいな言い方されて……ユラが全然嫉妬しなかったのが面白くなかったのっ」

 

 これではまるでブラコンの言い訳だ。顔から火が出そう。

 一方ユラは心なしか微笑ましそうに目を細めた。


「そうですか。俺が嫉妬しなかったことが不満でしたか。なるほど。だから俺にも好みの女性のことを聞いたのですか? お兄ちゃんを盗られたくなくて?」


「うぅ」


 自ら誘導したこととはいえ、流音はこの勘違いも面白くない。だけどもう否定はできなかった。


「すみません、気づかなくて。そうですね。この世界にいる間、ルノンは俺のものです。もちろん誰にもお嫁さんにはあげません」


「…………うん」


「それに俺には今、ルノン以上に大切な人はいません。もう離れたくないという気持ちは俺も同じです。どこにも行きませんし、ルノンの代わりは誰にも務まりません」


 その言葉にどきりとして、何も言えなくなった。


 ――まるで恋人に言うセリフみたい……。


 傍から見たらきっと恋人どころか兄妹にすら見えない。でも、流音は冷静になるのを放棄し、幸せなシチュエーションに酔うことにした。


「えへへ」


 ぴったりとユラの腕にくっつく。温い体温と同じ魔力の波動に安心し、すっかり涙は引いていた。

 

 ――変なの。沈んだり浮いたり、すごく疲れるのに楽しい。


 気持ちがコロコロ変わっていく。

 今この瞬間が幸せなら、未来に待っている憂鬱もどうにかできるような気がする。

 たとえどうにもできなくとも、後悔しないと思えるほどに満たされていく。

 まるで無敵になった気分だった。






 荒野の真ん中に毒々しい赤いマダラを持つ黒い花が咲いていた。

 太い蔓が砦を切り崩し、根から吸い出した大地の魔力を毒に変換して吐き出している。紫がかった空に淀んだ闇の粒子が漂っていく。

 古の遺跡にかつての面影はどこにもなく、死の土地へと変貌しつつあった。


 四方に高度な結界が張られ、かろうじて毒の飛散は抑えられているが、徐々に押し返されている。もう数日も持たないだろうと言われていた。

 結界近くに設けられたテント状の救護施設には、魔力を使い尽くした結界魔術の専門家たちが寝転がっていた。彼らはこの数週間ずっと交代で結界を張り続けていた。グラビュリアは近づきさえしなければ大人しいが、いつ他の古の魔物が襲ってこないとも限らない。その恐怖とプレッシャーは計り知れないものだ。


 ――でも、それも今日で終わり。


 今日、魔術球による毒花グラビュリアの封印が行われる。


 レジェンディアの騎士、五百人。

 各同盟国所属の精鋭兵士、およそ三千人。

 学会所属で治癒と結界に秀でた魔術師、百人。


 彼らは〈魔性の喚き〉の襲撃に備え周囲を警備し、封印の術式の構築を見守ってくれる。一般人は周囲数キロにわたって立ち入り禁止になっており、ここには関係者しかいない。周りに守るべき者が少なければ、騎士団も本気で戦える。


 流音は準備が済むまで、専用に作ってもらったテントで待機していた。ヴィヴィタをぎゅっと抱き、落ち着こうと深呼吸を繰り返す。

 ユラが組み上げた術式に魔力を注ぐだけ。散々やってきたことだ。ただし失敗は許されない。きっとみんな落胆するし、封印までの時間がかかればかかるほど、毒が漏れ出すリスクや襲撃の危険性が高まる。


 先ほどサイカの国王自らがユラを激励に来た。

 流音にも労いの言葉をかけてくれた。上手くいったらお菓子の家でも最高級ドレスでも好きなものをプレゼントしてくれるらしい。普段なら子ども扱いされてむっとするところだが、緊張のあまり頷くことしかできなかった。

 

 ――大丈夫。絶対上手くいく。成功させなきゃ。


  気合が空回りしている自覚はあるものの、人の多さや戦いの気配になかなか心が鎮まらない。

 きっと薫たちが何か仕掛けてくるだろう。せっかく封印を解いた毒花にもっと強力な封印が施されると知っていて、妨害しないはずがない。


 王が去ってしばらくしてから、身近な王子が肩を叩いた。


「そんながちがちになるなよ。気楽にいこうぜ」

 

「……アッシュはすごいね」


 礼服に身を包み、自信に満ち溢れた様子のアッシュ。まるで最初から王族として育ったみたいに貫禄がある。

 ばたばたしていてまだ王への即位は行われていないが、封印が滞りなく済めば大々的に式典を催す予定だ。景気づけだと本人は言っていた。人の前に立つことに抵抗がないらしい。


「ビビっても損するだけだぜ。主役は堂々としてりゃいいんだ」


「そうなの。みんなルノンちゃんの味方なの。応援してるの!」


 スピカがぎゅっと流音の両手を包み込む。二人はいざというときには一緒に戦うと口々に言ってくれた。

 ヴィヴィタも負けじと鼻息を荒くした。


「ユラとルゥならきっと大丈夫! それに、おいらも一緒に戦う。今度はあの黒い竜に負けない。おいらずっと必殺技の練習してた!」


「そう言えば夜になるとよくいなくなってたよね、ヴィーたん。どんな必殺技なの?」


「ドラゴンに伝わる究極奥義!」


「何だかすごそう……味方の人に当たらないようにしてね」


「うん!」


 みんなと話していたら落ち着いてきた。流音はゆっくりと息を吐く。体には魔力が満ちている。

 部屋の隅ではユラとチェシャナが魔術球の模型を前に最後の確認をしていた。その様子を横目で見て拳を握りしめる。

 ユラのために。そう思えば、どんどん力が沸いてくる。


「ユラ、お嬢さん。警備体制が整った。そろそろ来てくれる?」


 シークがテントに顔を出して手招きする。

 あの夜以来だというのに、全く悪びれた様子がいない。こんな状況でも爽やかに微笑んでいる。シークらしくて、怒りは沸いてこなかった。


 ――シークは意味もなくひどいことは言わない、よね?


 今までたくさん意地悪を言われてきたけど、いつも何かを気づかせてくれた。無駄なことは一つもなかった、と思う。

 流音は彼にそっと小声で問いかける。


「シークもわたし達のこと守ってくれる? もしユラが狙われても見捨てたりしない?」


「そりゃもちろん、お仕事だからね。それに、どうせ殺すならこの手で……おっと」


 わざと口を滑らせたくせに白々しかった。でも本気に言っているようには聞こえない。


「もう……わたし、シークのこと、信じてるから。前にわたしの騎士になってくれるって言ったもん。約束は守ってね」


 シークは曖昧に笑って頷きはしなかった。

 最近分かった。こちらが怒れば怒るほどシークを喜ばせてしまう。寛大な態度で接するのが彼には効果的だ。黙って何も言わなくなる。


 ユラがアッシュから差し出された透明の結晶――無属性の宝玉を受け取る。


「行きましょう、ルノン」


 流音は頷いてユラの隣に歩み寄った。




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