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7 初めての朝ごはん

 甘い匂いで流音は目を覚ました。


 窓から差し込む朝日が眩しい。カーテンをつけてもらわなきゃ、とぼんやり考え、すぐに昨日の出来事の数々を思い出して頭を抱えた。

 

「異世界に来てるんだった……」


 くすん、と鼻を鳴らす。

 夢だったらよかったのに、と毛布の中でいじけてみたが、結果は変わらない。


 お腹が小さく音を立て、流音は起き上がった。

 昨日は結局果物しか食べていない。お腹が減っていた。この甘い匂いも気になる。


 ポーチからクシを取り出して適当に髪を整える。手鏡で涙の跡が残っていないことを確認して、流音は屋根裏部屋からダイニングへ梯子を伝って降りた。少し迷ったが、体操服のままでいることにした。


「おはようございます、ルノン」


「……お、おはよう」


「変わった格好ですね。動きやすそうです」


「運動するための服だもん」


 ユラが無表情でキッチンに立っていた。肩まで伸びた赤茶色の髪を、適当に束ねて紐で縛っている。


 ――こうしてみると、やっぱり綺麗な顔してる……。


 髪がまとまっていると、右目の下の傷が目立つ。


 一晩経って、改めて思った。

 ユラは謎だらけだ。


 どうして森の中で暮らしているのだろう。他の家族は?

 自分で嫌われ者だと言っていたけど、何か悪い事でもしたのだろうか。

 初めて会ったとき、赤く輝いていた瞳はなんだったのか。


 流音は口を開きかけ、やめた。

 こちらから歩み寄るのは心を開いているみたいで面白くない。どうしても気になるなら追い追い尋ねてみよう。


 じっと見るのも悪いと思い、流音は彼の手元を覗き込んだ。


「料理してるの?」


「はい。ヴィヴィタに提案されました。俺だけなら適当でいいのですが、一応きみもいるので」


「一応ってひどい。勝手に呼んだくせに……」


「食べたくないんですか?」


「食べる。食べるけど……これ、なぁに?」


 底がボコボコの鍋の中で、ピンク色の汁と具材が煮込まれていた。


「スープです」

 

 こんなに甘い匂いのするスープを流音は知らない。嫌な予感がした。


 朝の狩りに行ったというヴィヴィタを待たず、二人で朝食を取る。

 メニューは謎のスープと妙に茶色いパンだ。

 

 ユラは無言で食べ始める。眉一つ動かさない。

 流音も恐る恐るスープンを握り、「いただきます」と手を合わせてから、スープを口に運んだ。


「……口に合いませんか?」


 流音の表情から察したのだろう。ユラが首を傾げる。

 人に出されたものを「不味い」と言ってはいけません、と母に躾けられていた流音は、冷や汗を流しながら答えた。


「あんまり、美味しくない……」


 スープの主な具は、果物だった。

 マンゴーに似たしつこい甘さが熱でさらに際立ち、薄い塩味とピリリとしたスパイスが不協和音を奏で、柑橘系の爽やかさがとどめを刺す。何とか飲み込めたものの、いつまでも舌に粘っこい後味が残った。


「うっ……スープに果物を入れるのって普通なの?」


「いえ。でも効率的に栄養を取るには、全部入れた方が良いと思いました」


 なぜ味をつけて煮たのか。


「果物は生のままがよかった……えっと、嫌がらせじゃないよね?」


「そんなことはしません。俺もこのスープは不味いと思います。食べられますけど」


 ユラは料理ができない。確定だ。


「きみは無理して食べなくていいですよ」


「ううん。食べる……」


 今までの闘病生活で学んでいた。食事をしないだけでかなり体力が落ちる。無理にでも食べなければと思う。……お腹を壊すのも嫌だけど。

 パンの方は硬くて口当たりが最悪だったが、食べられない味ではなかった。

 問題はスープだ。


「冷めればジュースっぽくなるかもしれないけど……」


「ああ、なるほど。分かりました」


 ユラは頷き、流音の皿に手を伸ばした。


【氷結の怨、ここに】


 その瞬間、皿から白い煙が立ち昇った。恐る恐る皿に触れてみると、キンキンに冷たくなっている。


「魔術?」


 ユラは頷き、自分のスープも同じように魔術を施した。


 ――すごい……。


 目の前に空想の存在でしかなかった魔術師がいる。


 流音もそういうものに憧れがないわけではない。

 ほんの一、二年前まではアニメの魔法少女の真似をしていたし、今もニーニャカードで占いをしている。狭い路地を抜けた先に不思議な世界が広がっていないかな、と夢想したことだって一度や二度ではない。


 魔術によって誘拐されたせいで嫌なイメージを持ってしまったが、こうして見せられると俄然興味が沸く。


「あの……わたしでも練習すれば、魔術って使えるようになるかな?」


「それはもちろん、できるはずです」


「本当?」


 流音は思わず頬を緩めた。


「教えてほしいですか?」


「うん!」


 つい素直に答えてしまい、流音は俯いて顔を隠した。


「いいですよ。どのみち実験をするために、魔力の操作を覚えてもらうつもりでしたから」


「魔力の操作……なんか修行っぽい」


 流音はちらりと考える。


 魔術を覚えれば、もしかしたら自力で帰ることも、体を治すこともできるようになるかもしれない。


 ――そんなに甘くないと思うけど。 


 なんにせよ、この世界で危険に晒されたとき、自衛の術があった方がいい。この辺りは治安が良くないと聞く。悪人や魔物に遭遇するかもしれない。


 ――よし、頑張ろう!


 この世界に来て体調が良くなったせいか、流音は持ち前の前向きさに拍車をかけていた。体の方も動かしたくて仕方ない。


 流音はご機嫌にスープを口に運ぶ。冷えたおかげで味が引き締まり、少々マシになった。なんとか完食できそうである。

 ユラはその様子をぼんやりと眺め、一言。


「張り切るのは良いですが、今日は町に行かなくてはなりません。修行は明日以降ですよ」


「う。……そう。いってらっしゃい」


 やる気に水を差されてしまった。

 どうやって暇を潰そう。

 またヴィヴィタと森を散策しようか、それとも掃除をしてみようか。この散らかり方は許せない。


「何を言っているんです。きみも一緒に町に行くんですよ」


「え? いいの?」


「いろいろ手続きもありますし、買い物も必要です。ヴィヴィタが帰ってきたら出発しますから、昨日の服に着替えて下さい」


「うん!」


 流音は元気よく頷き、冷めたスープを飲み干した。



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