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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第九章

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68 騎士vs英雄

 モノリスの城に来て十日が過ぎた。

 体調不良で寝込んでいた流音だが、ようやく熱も下がり声も出るようになった。ユラが献身的に看病してくれたおかげだ。

 離れ離れになっていた反動でつい甘えてしまった。ダメだと分かっていても、彼の顔を見ると我慢ができない。


 ――ユラ、なんかすごく嬉しそうだったし……。


 もしかして妹やペットの世話をしているような気分だったのかもしれないけれど、可愛がられたことに変わりはない。久々にゆっくりできてとても幸せだった。



 部屋に備え付けの洗面台で歯磨きをしていると、小さなキュリスが現れた。


「あ、キュリス、ごめんね。なかなか呼び出してあげられなくて」


「それはよい。わらわも空気を読んで出るのを控えておった。なんじゃあの甘々な看病は」


 バッチリ見られていた。羞恥心を刺激され、流音は思わず咳き込む。


「しかしまぁ、なかなか良いものじゃった。おかげでわらわも潤ったわ」


 からかい混じりの視線に流音が「もうっ」と頬を膨らませると、キュリスは瞳を輝かせた。


「そう怒るでない。わらわ、ルノンの魔法について気づいたことがあるんじゃ。どうやら闇の坊やの傍にいた方が魔法の力が強くなる」


 流音は急いで口をゆすいだ。


「まさか……本当?」


「思い返して見よ。カードの魔法が目覚めたのはいつじゃ? そなたが坊やへの恋心を自覚してからであろう? さながら恋の魔法じゃのう」


 言われてみれば、と流音は記憶を辿る。


 今までの傾向を考えると、ピンチの時にそばにいる誰かがニーニャカードに目覚める。

 盗賊に襲われたとき、不思議な白い魔力の光が体から溢れたが、あのときはまだユラのことを好きだと認識してはいなかった。だからカードは何も反応しなかったのかもしれない(持ち歩いていなかったからかもしれないが)。

 カードが流音のピンチに反応するようになったのは、ユラを好きだと気づいてからだ。


 キュリスが〈薔薇〉の守護者に目覚めたとき、流音は燃え盛る倒木からユラに庇ってもらった。

 スピカのとき、メリッサブルに殺される寸前、考えていたのはその日の朝に別れたユラのことだ。

 アッシュのときは傷ついたユラの姿を嘆きつつも、数日ぶりの再会に感極まった状態だった。


 他にもいろいろ思い返せば思い返すほど、ユラのことしか考えていない自分が怖くなり、流音は赤面した。


「は、恥ずかしすぎる……キュリス、みんなには内緒にしてね」


 特にユラには絶対に知られてはならない。

 必死になって頼むと、キュリスは「野暮な真似はせぬ」と了承してくれた。


 キュリスがカードに戻った後、流音は一人で頭を抱えた。

 ユラへの気持ちが魔法の原動力になっている。この報われる予定のない恋心が役に立っている。

 

 ――それはすっごく嬉しいし、素敵なことだけど、でも……。


 もしもユラを好きになればなるほど力が強くなるのだとしたら。

〈魔性の喚き〉との戦いは有利になる反面、別れの日を考えるのがどんどん憂鬱になる。怖い。


 ――深く考えても仕方ないか……。


 流音にとってユラへの気持ちは心の中で一番きれいな宝物だ。恋心に損得を絡めたくないし、余計な刺激を与えたくない。変な風に歪めたくなかった。

 なるようになる。困ったらその時考える。

 そうやって自分を納得させ、動揺を鎮めた。






 数日後、魔術球による封印魔術の実験が行われ、無事に成功した。


 アッシュが精製した無属性の魔沃石を使い、ユラが封印の魔術球を構築し、流音が魔力を注ぎ込む。

 単純なようでなかなか大がかりだった。以前、ユラと森で暮らしていた頃に練習していたものとはまるで規模が違うのだ。


 魔術球に魔力を増強させる術式を付与し、無属性以外の魔沃石もふんだんに使う。この術式を一回発動させるだけで、結構な金額が動くらしいけど、流音は詳しいことは聞かないでおいた。金額を聞くと緊張して失敗しそうだったからだ。


 とにかく成功したので、実際に毒花グラビュリアの封印を行うことになった。また準備や改善を検討するため、実行は三日後だ。当日に余計な邪魔が入らないように、騎士団も厳重な警備計画を練るという。


 流音はとにかく休んで魔力を回復させるように言われた。


「すみません、ルノン。きみにばかり無茶をさせています。病み上がりなのに」


「ううん。大丈夫。全然元気だよ。ユラだって怪我が治ったばかりなのに無茶しすぎだと思う」


 ユラの傍にいるせいか、流音は魔力を大量に消費しても前より疲労を感じることはなくなっていた。逆にユラの方が流音に気を遣いすぎて疲れているように見えた。


 流音とユラは今もモノリスの王城に居候させてもらっている。みんなで固まっていた方が安全だし、警護もしやすいとのこと。アッシュも嬉々として滞在を薦めてくれた。親しい人物が多い方が気が休まるらしい。スピカもアッシュに付いて簡単な書類の整理などを手伝っている。


 ――わたしも好きな人の役に立ちたいな……。


 魔術の実験場から自室に戻る途中、流音は思い切ってユラに提案した。


「ユラ、あのね、何かしてほしいことがあったら言って。看病してくれたお礼がしたい」


「そんなこと、気にしなくていいんですよ」


「気にする。借りは早めに返せってママに教わったもん。何でもいいから」


「……何でも?」


 ユラの頬がピクリと動いた。

 たっぷり十秒躊躇った後、彼は遠慮がちに口を開いた。


「じゃあ……久しぶりにルノンの作った料理が食べたいです。簡単なものでいいので。ダメですか?」


 そんなことかと流音は拍子抜けした。むしろ嬉しいお願いだった。


「分かった。明日お城の厨房を借りられないか聞いてみるね」


「楽しみです」


「おいらも! おいらも食べたい!」


 ユラの肩に止まっていたヴィヴィタが片手を挙げる。


「もちろんヴィーたんの分も作るよ。看病してくれたもんね」


 二人と一匹の間にほのぼのとした空気が流れた。なんだかひどく久しぶりな感じがして自然と頬が緩む。

 しばし幸せに酔っていると、「わぁっ」という歓声が聞こえてきた。


「ゼモン様! その女たらしに制裁を!」

「シーク様、頑張って! 愛してるー!」


 声の出所は兵士の訓練場からだ。興味を引かれて中を覗くことにした。


「いやぁ、いい思い出になりそう。受けて立ってくれて感謝します」


「隙あらばという殺気が隠せておらんぞ、小僧」


 四角く切り取られた空間で、ゼモンとシークが木刀を構えて向かい合っていた。

 ギャラリーもたくさんいる。兵士たちはゼモン、侍女たちはシークの応援に熱中しているようだ。いや、一部の女性はシークにブーイングをしているけれど。


 観客の中にはアッシュの姿もあった。


「よう、ルノン達も来たか。いいタイミングだぜ」


「何をしてるの?」


 アッシュ曰く、シークがゼモンに純粋な剣の勝負を持ちかけたらしい。

 時間無制限の一本勝負。先に剣を落とすか、ギブアップした方が負け。


「魔術込みならともかく……モノリスの英雄相手に無謀なことをしますね。瞬殺されるんじゃないですか」


「でも親父の奴、現役時代よりだいぶ腕が落ちてるって言ってたぜ。まぁ、あんなチャラい騎士に負けられたら困るけどな! オレの目標だし!」


 ユラもアッシュもゼモンの勝利を確信しているようだ。

 シークは背が高く均整のとれた体つきをしているが、大柄なゼモンと比べると細い。ルノンの目から見ても、純粋な力の勝負ではゼモンに分がある気がする。実戦経験もシークの方が劣っているだろう。

 そうなってくると不思議とシークを応援したくなる。


 ――こういうの、確か、ホーガンびいきって言うんだっけ?


 昔、薫が教えてくれた難しい言葉の一つだ。

 メリメロスの騒動では囮にされたらしいけど、シークにはたくさん助けてもらった。ムカつくことは度々あっても、流音はシークのことをどうしても嫌えない。


「始め!」


 審判のかけ声と同時に、シークが一気に間合い詰めた。速い。

 ゼモンは悠然と最初の一撃を受けた。鈍い音が響く。

 続けざまにシークが剣を繰り出していく。力で及ばない分、バランスを崩すことを狙って、多方向から斬りつけているようだった。


 見ているだけで手が痺れて痛くなるような打ち合いだったが、シークの顔には笑みが浮かんでいる。もしも攻撃が体に当たったらかなり痛い思いをする(下手したら骨が砕ける)だろうに、紙一重のスリルを楽しんでいるようだった。


「おぉ、あの兄ちゃん、結構やるな……」


 アッシュがぼそりと零した。ユラは面白くなさそうにむっすりしている。

 このまま持久戦になれば若いシークの方が有利になるかも、と流音が手に汗を握ったそのときだ。


 弾いた反動で一歩下がったシークが、鋭く地を蹴って剣をゼモンの喉元に向かって突き出した。線から点。今までとは違う変則的な攻撃に周囲から「あっ」と声が上がる。

 

 しかし――。


 シークの木刀が床に落ちた。ゼモンは誰もが予想もしなかった攻撃を読み切っていて、シークの突きを渾身の一撃で叩き落としたのだ。

 一瞬の静寂の後、拍手喝さいが起こった。勝負ありだ。


 シークは珍しく苦々しい表情をしていたが、すぐに柔らかく微笑み、ゼモンに握手を求めた。その際、二人が何か言葉を交わしていたが、流音の耳には届かなかった。


 シークはファンの女性に囲まれ、訓練場を出ていった。一瞬こちらをちらりと見たが、薄く笑うだけだ。


「親父、どうだった? あのシークって奴」


「剣の腕は確かだが、騎士にとって致命的な欠陥がある。グライ・ストラウスは何を考えているのか……」


「は? どういう意味だよ」


「今後、あの騎士は信用するなということだ。……さぁ、殿下。休憩は終わりです。執務室へお戻りを」


 ゼモンは敬語を使いつつも、アッシュの首根っこを掴んで引きずって行った。

 その様子は微笑ましかったけれど、ゼモンの言葉が胸につかえてものすごくもやもやした。


 


次回から更新に間が空いてしまいそうです。

ごめんなさい。

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