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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第八章

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65 王の証明

「恐れながら発言の機会をください! 私は、長年モノリス王家に仕えてきた侍女のイティア・メイディスと申す者!」


 老齢の女性が壇上に近づき、跪いた。王の側近が彼女の登場に目を丸くしている。

 流音も驚いた。知っている女性だったのだ。モノリスの王城でお茶とお菓子を振る舞ってくれた人物だ。


「イティア、何故このような場に……」


「真実を告げる機会をずっと伺っておりました。十年前、後宮にて発見された焼け焦げた小児の遺体はアシュレイド王子ではなく……私の孫娘トリスでございますっ! 性別や年齢すら分からないほど焼け、変わり果ててしまった私の――!」


 イティアの涙ながらの告白は真に迫っていた。


「ガーヴェイが王家のご遺体を間違えていると気づいたとき、私は口を閉ざすことにいたしました。直系の王子が生き延びたと分かれば、必ず追っ手を差し向けて殺すでしょう。そんなむごいことはもうたくさんでした! あの頃、何もかもがおかしかったのです!」


 イティア曰く、前モノリス王は優しく寛大な人物だった。ロッカから亡命してきた平民の娘を手厚く保護したことを揶揄する声は確かにあったが、両者の間にクーデターの原因になるような醜聞はなかったという。


「裏切るはずのない者が次々と国を陥れるような不正を働き、陛下に罪を着せたのです! まるで何者かに操られているようでした! その者達は今、ガーヴェイの下で甘い汁を吸っています! この男が野心ゆえに皆を惑わし、王家の方々を弑逆したに違いありません!」


 流音は小声でこっそりとユラに問いかけた。


「魔術で人って操れるの?」


「はい。服従の魔術はこの世界で最もポピュラーな禁術です。それゆえに、対処法はいろいろあります。王のそばに登用されるような人間なら、みんな訓練して耐性を身につけているはずですが……」

 

 モノリス王が顔を真っ赤にして震え出した。


「私は何も間違ったことはしていない! 女の色香に惑い、売国奴と化した前国王を止めるため、苦渋の選択の末に反乱を起こしたのだ! 私が正しいからこそ多くの者が手を貸した! それに前国王自ら後宮を巻き込んで自害したのだ! 弑逆などと言われる覚えはないわ!」


「嘘よ! 陛下がご家族を巻き込むはずがないわ! あなたがみんなを操って火を放ったのでしょう!? 王位継承者をまとめて亡き者にするために! アシュレイド王子がご存命と分かったのだから王位を返還なさい!」 


「侍女風情がふざけたことを!」


 王とイティアの言い分は食い違うばかりだった。


「モノリス王、落ち着かれよ」


 垂れ幕の向こうから男性と女性が一人ずつ現れ、民衆たちがざわめいた。

 ユラに聞いたところ、サイカの王様とメリメロスの女王様らしい。

 サイカ王はまだ二十代半ばほどの若者だったが、堂々としていて王者の風格があった。賢王で英傑と呼ばれるだけある。

 一方、メリメロスの女王は冷たい印象の美貌を持っており、女王様というイメージを裏切らない外見をしている。年齢は流音には見極められない。


 サイカ王は貴賓席から舞台上の面々を見下ろした。


「本来、クーデターの真偽や王の選定など我らが口を挟むことではないが……同盟を結ぶ者として問い質したいことがある。ゼモン殿とそのご婦人の話では、ガーヴェイ王は我らが共通の敵国であるロッカ帝国と通じていたという。それはまことか?」


 ゼモンは深く頷きを返した。


「真実だ。この命に誓って」


「証拠はあるのか?」


「ある程度なら。帝国側のスパイを何人か捕えて吐かせた。ガーヴェイはモノリスの秘宝である宝玉をいくつかロッカ帝国に売りさばいている。同盟国内では換金できぬからだ。城の宝物庫を調べれば分かるだろう。少なくとも三十九代から四十八代までの宝玉はレプリカにすり替わっているはず」


 その言葉に流音とユラは顔を見合わせた。モノリス王は偽物が混じった宝物庫を見られたくなくて、頑なに魔術球を反対していたのだろう。チェシャナの予想は的を射ていたらしい。


 さらにゼモンの話では、ガーヴェイは十年前のクーデターの協力の見返りとして、レジェンディア同盟国の情報を帝国に渡していた。また盗賊などに武器を横流しするなどして、故意に自国内の治安を悪化させ、混乱をもたらしている節もある。そのことから帝国を経由し、〈魔性の喚き〉への協力している可能性もある。


「で、でたらめだ! こんな妄言を信用なさるつもりか!?」


 メリメロスの女王が絶対零度の眼差しをモノリス王に向けた。


「あなたが宝玉を出し渋らなければ、妄言と切り捨てることも容易かったのですけど。わたくしはこの者たちの言葉を精査する必要があると思いますわ。我が国で起こった出来事ですもの。わたくしが彼らの身柄を預かり、慎重に調査を――」


「馬鹿な! ええい、ゼモンもアシュレイド殿下も死んだのだ! 騙されてはならん! そこの闇巣食いを助けに来たこやつらこそ、〈魔性の喚き〉の手の者に違いない! 我らを混乱させ、仲違いさせようとしているのだ!」


「まぁ、民の前でそんなに必死になっちゃって見苦しいこと。やはりあなた、一国の王にしては小物ですわね」


「何だと!」


 険悪な二人の王の間に入り、サイカ王が高らかにアッシュに向けて告げた。


「このままでは埒があかぬ。仕方ない。少年、モノリスの正統の王子ならば、証拠を見せてみよ。古の女神から授けられたという力、莫大な魔力を秘めた魔沃石――宝玉の精製をやってみてくれ。それ次第で状況は一転する」


 場がしぃんと静まり返る。みんなが成り行きを見守る構えだった。


 呆然と立ち尽くすアッシュを見つめ、流音は焦った。

 様子を見る限り、彼は自分の出生のことを今この場で聞いたようだ。以前に魔術の素養がないとも言っていた。力のことも知らないに違いない。

 日本なら指紋とかDNAとかで照合して本人か確認できるのに、と歯がゆく思う。


「ルノン、すみません。肩を貸してください」


「え? うん」


 足元のおぼつかないユラを支え、流音はアッシュの元に歩み寄る。兵士や騎士たちが武器を構えると、ヴィヴィタが威嚇するように羽を広げ、一気に場の緊張感が増す。

 そんな中でも、ユラは血を垂らしながら淡々と述べた。


「文献で読んだことがあります。モノリス王家の力は『王になる』と強く自覚しなければ発現しません。ようは気の持ちようです。もちろん力を使いこなすには幼少期からの訓練を必要とするようですが、長い王国史の中では庶子がいきなり王になったという例も――」


「は? んなこと知らねぇよ。どいつもこいつも好き勝手言いやがって……急にそんなこと言われたって、ぱぱっとできるわけがねぇだろ」


 苛立ったように吐き捨て、アッシュはゼモンと一座の面々を睨み付けた。


「親父も、みんなも、どうして今まで黙ってたんだ。オレが今日ここで無茶やらかさなきゃ、一生言わないつもりだったんじゃねぇよな? まずあんたらのこと信じられなきゃ、王子だの何だの自覚できるわけねぇだろ。何考えてるのか教えてくれよっ」


 アッシュの言葉の節々から怒りや疑念が感じ取れ、流音はハラハラした。

 ゼモンの解答次第では、全てが一気にダメになってしまう。アッシュをこれまで支えてきたものが折れてしまう。そんな予感があった。


 最大限まで緊張が高まり、流音は固唾を飲んでアッシュとゼモンを見つめた。


          ************


 ゼモンは命に誓って真実だと言った。

 なら、自分が王子だというあり得ない話でも受け入れようとアッシュは思う。


 ただどうしても引っかかる。

 なぜ今まで真実を話してくれなかったのか。


 ――オレ、自分で思っていたよりずっと、この人たちのことを信じていたかったんだな。


 全身の肌がじりじりと熱を持って疼く。心臓が爆発しそうだ。


「……本当は、お前に自由を与えてやりたかった」


 ゼモンは諦めたように目を閉じた。


「奴隷はもちろん、王に自由などない。玉座に縛られ続けるものだ。お前のことだ。真実を知れば無視できまい。モノリスに固執することになるだろう。その心の在り様は、お前が望むものからはほど遠い。だから黙っていた」


 アッシュは思い出す。

 初めてゼモンに会った日に、自分が望んだことだ。


『自由になって人間になる』


 その言葉を聞いたから、ゼモンは今まで口を閉ざしてきたという。


「しかし誰もが流される中、命を懸けて舞台に上がり声を上げるお前の姿は、儂らが望む王そのものだった。だから、気が迷ってしまった。夢を見てしまったのだ……」 


 後悔を滲ませ、ゼモンは息を吐いた。 


「儂らに付き合う必要はない。どこへでも好きな場所へ行け。お前と嬢ちゃんたちをここから逃がすくらいのことはしてやる。お前が決めていい。それが儂らが与えられる精一杯の自由だ」

 

 張り詰めていた感情が急激に萎み、アッシュは無意識に笑い出していた。目頭が熱い。


「……なんだよ、それ。このまま逃げるなんてダサいことできるかよ。こんなことになる前に、とっとと奴隷から解放してくれたらよかったじゃねぇか。散々こき使いやがって」


「お前のような無鉄砲な小僧を世間に放り出したら、すぐに死ぬのは目に見えている。せめて分別のつく大人になるまで、性根から鍛えてやろうと思ったんだ。こちらこそ、散々手を焼かされたわ」


 ふん、とゼモンは面白くなさそうに顔を背けた。

 体中から力が抜けると、熱いものが目から零れ落ちていった。アッシュは悔しくなってすぐに拭う。


「馬鹿じゃねぇの。親父は何も分かってねぇよ。いや、オレも分かってなかったけどさ」


 胸に温かいものが広がり、嘘みたいに体が軽くなっていく。

 眠っていた何かが目覚め、世界がはっきりくっきりと見える。そんな感覚がした。


「自由は人から与えられるものじゃねぇだろ。最初から持ってる。奴隷だろうが王様だろうが関係ないね。旅人にはいつでもなれる。きっと、家に帰る方が難しいんだ」


 そうだろ、とアッシュは流音に目配せをした。

 元の世界に帰れなくなっている少女は驚きつつも、神妙に頷いた。


「オレは貧乏性だからもらえるものならもらうし、奪われたものは取り返す。故郷も、本当の名前も、家族や仲間の名誉も、全部!」


 その瞬間、ぴきり、と奴隷の腕輪にひびが入った。もうこんなものは必要ない。


「いいんだな!? オレはわがままで強欲な王になるぜ! 胸糞悪い思いをするのはもうこりごりだ! 目の前にあるものは全部守る! 何一つ見捨てない!」


「好きにしろ。……本当に、父君によく似ておられる」


 ゼモンが剣を掲げ、その場に跪く。すると一座の面々も嬉しそうにそれに倣った。


 覚悟は決まった。

 アッシュはひび割れた腕輪を無理矢理砕いてはぎ取った。手首には灰色のミサンガだけが残る。流音とスピカにもらった宝物だ。あの日にかけた願いも変更しなくてはならない。

 

 ――自由にならなくてもいい。オレはみんなの『希望』になりたい!

 

 目覚めた力に体中が悲鳴を上げた。膨大な魔力が一気に巡り、見えない心臓が灼熱と化し、血管を通じて全身を焼いていくようだった。

 自分の魔力と世界の魔力が摩擦し、至る所から火花が上がる。


「魔力が暴走しています! 抑えて下さい!」


 ユラが叫んだが、アッシュにはどうにもできなかった。思った以上に大きな力に手が付けられない。

 火花はやがて空気を呑み込んで炎となった。魔力の圧が風と炎を巻き起こし、バンダナが燃えて飛んで行く。

 ちょっと調子に乗ってしまったかもしれない。このままでは大惨事になる。


「アッシュ!」


 雛鳥のような泣き声が耳に届いた。流音だ。


 ――何のためにこの場に来たのか思い出せ! 今度こそ守って見せる!


 アッシュは心にこびりついていた不安を払拭し、炎の中に拳を突っ込んだ。元は自分の魔力なのだから、支配できないはずがない。


 熱さに歯を食いしばったとき、頭の中で奇妙な声が響いた。


【――ニーニャの守護者よ】




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