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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第八章

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62 嬉しい再会と嬉しくない再会

 どうしてこんなところに、とは聞くまでもなかった。ケテル一座の巡業と奇跡的にかち合ったらしい。


「いや、今は興行どころじゃねぇよ。少しでも景気が良くて安全な場所で情報を集めつつ、魔物災害から逃れようって腹積もりらしいぜ」


 アッシュと再会した路地は一座が滞在する宿屋の裏手だった。ロビーに入ると、座長が流音とスピカを見て怪訝な顔をした。


「親父。道具の手入れしながらなら話しててもいいだろ? そこで偶然会ったんだ」


 座長は何も言わなかった。認めるということらしい。

 舞台で使う道具類を預けている物置が彼の寝床だった。嬉しそうにじゃれつくヴィヴィタを撫でながら、アッシュが難しい表情で問いかけてきた。

 

「で? なんで追いかけられてたんだよ。まさかお前らが盗みをするとは思ってないけどさ。てか、どうしてメリメロスに来てるんだ?」


「話せば長くなるんだけど……ね、スピカちゃん」


 話を振ったものの、スピカは顔を真っ赤にして俯いてしまった。想い人との偶然の再会に思考が停止しているようだ。無理もない。


 助けてくれたアッシュに嘘を吐くのは嫌だったので、流音は最初から説明することにした。

 薫とデューアンサラトの襲撃からこれまでの旅路、それからユラが無実の罪で捕えられてピンチに陥っていること。

 明日の作戦のことは言葉を濁したが、七王会議の詳しい内容まで流音は話してしまった。古の封印に決まった場合、アッシュは他人事ではないからだ。


「やべーな。噂の聖女様ってルノンたちのことかよ……」


「その呼び方は恥ずかしいからやめて。この話、信じてくれる?」


「そりゃ、ルノンが嘘つくなんて思ってねぇけど……犯罪者と奴隷が七万人……」


 まだ一般には出回っていない情報だ。明日の会議の結果次第では、レジェンディア同盟が犯罪者を集め、各地から奴隷を買い上げる。それを知っていれば、アッシュが犠牲になる可能性を回避できるかもしれない。


「ごめんね、こんな話……でも、その、もしものときは何とか逃げてほしいから」


 アッシュは投擲用のナイフの手入れを終え、立ち上がった。


「なぁ、ルノン。お前、魔術師の兄ちゃんを助けに行くつもりだろ? なら、オレも連れてってくれ」


「え?」


「絶対に役に立って見せる。囮でも盾役でもいい」


 流音はようやく察した。

 アッシュは流音が盗賊に攫われたとき、何もできなかった自分を悔いている。そして事情を知りながら何もせずにいられない性格なのだ。


「ダメだ」


 流音が断るより先に、低い声が降ってきた。物置の入口に座長が立っていた。


「親父、聞いてたのか。……いや、いいや。聞いてたなら分かるだろ。このままじっとしていられるかよ!」


「お前に何ができる。ろくな力もないくせに。この世の行く末を決めるような物事に関わる資格などない。それとも、背中に永久奴隷の烙印を押されたいのか?」


 有無を言わさぬ口調に、アッシュはぐっと押し黙った。


「そ、そんなことないの。アッシュくんに力がないなんて、そんなこと……」


 そう反論したのは意外にもスピカだった。しかし座長に一睨みされると縮み上がった。相変わらずこの老人はただ者ではない空気を纏っている。


「とにかく勝手な行動は許さん。嬢ちゃんたち、さっさと帰れ。騎士が探していた。これ以上一座に関わるなら通報するぞ」


 一度は黙っていてやったが二度はない、ということらしい。

 宿屋の入口でアッシュはため息を吐いた。


「ごめん。結局オレは何も……情けねぇ」


「そんなことないよ。さっき助けてくれた。捕まってたら大変だったもん」


「そうなの。アッシュくんが謝る必要なんてないの」


 アッシュは屈託なく笑い、照れ隠しなのか二人の少女の頭を乱暴に撫でまわした。流音たちも改めて助けてくれた礼を言う。

 せっかく会えたのに名残惜しかったが、人目に付く前に別れることにした。

 

「気をつけろよ。絶対また会おう」


 激励を胸に、流音たちはシークのいる宿屋に戻った。






 七王会議当日、流音たちは王都メーリンに入った。

 大通りはざわざわして落ち着かない雰囲気に包まれていた。七王たちへの期待と、今後に対する不安が渦巻いている。


 王城の近くの広場で会議の結果を待つ。

 祈るような時間が過ぎていき、やがて白い魔力の鳥がシークの手に舞い降り、紙片に戻った。シークと同じサイカ派の騎士からの報告である。


「うーん、残念。四対三で古の封印で採決されたみたいだねぇ」


「そんな……」


「仕方ない。切り替えていこう。会議が全部終わる前にユラを助けに行かなきゃね」


 スピカに待機してもらい、流音とヴィヴィタとシークは王城に向かった。

 シークは普通にレジェンディア騎士団の団服を着て、流音とヴィヴィタはトランクケースの中に収まった。重力を緩和する魔術が施されており、シークが片手で運んでいる。一見して中に子どもとドラゴンが入っているとは思わないだろう。

 城の敷地に入るために検閲があったが、サイカ派とミュコス派の騎士が見張りをしている時間だったので、荷物検査や所属の確認などは行われなかった。根回しは完璧らしい。


 しばらくトランクが床に置かれる気配があり、直後、流音は眩しさに目を細める。


「さて、潜入は完了。あとは地下の特殊牢に潜りこむだけだね」


「うぅ、本当に大丈夫かな?」


「大丈夫、大丈夫。すっごく可愛いから、見張り番もイチコロだよ」


「ルゥによく似合ってる!」


 城内の見張りはメリメロス王国直属の兵士が行っている。レジェンディアの騎士とはいえ、用もなくうろつくことはできないらしい。牢の中の囚人にも上から事前に許可がないと会えない。

 なんとかユラに面会する口実をつくるため、流音は今、メイドの格好をしていた。正確にはメイド見習いの服装である。


 ――これが、この世界のメイドさん……!


 濃紺のロングスカートのワンピースにエプロンが付いている。フリフリはしておらず、大人しいデザインだ。流音の小学校の制服に雰囲気が似ている。

 ほんの少しだけ興味のあった服を着られた。が、浮かれた心をきりりと引き締め、流音はヴィヴィタをエプロンのポケットに納め、左目に仰々しい眼帯をつけた。

 

 シークが用意した筋書きはこうだ。


「この子、小さい頃に魔術師の親に実験台にされて、左目に呪いをかけられちゃってね……最近ここにβ級の魔術師が入ったでしょう? 彼に診てもらえないかな。確か、封印魔術のスペシャリストだったよね? 普通の医者や魔術師はお手上げだったんだ。彼女の目を直に見たら、魔力の低い人間は吐き気や頭痛に襲われて診察どころじゃなくなってしまう」


「はぁ……」


「可哀想でしょう? 僕の実家で引き取ったんだけど、不憫で不憫で……こんなに可愛く生まれたのに、このままじゃお嫁にも出してあげられない」


 流音は言われていた通り、じぃっと牢番の三人を見上げた。シークのわざとらしい演技と、絶対に笑ってはいけないというプレッシャーから噴き出しそうになり、思わず口の中を噛む。痛みのあまり涙がこみ上げてきた。結果的にその潤んだ瞳が同情を買ったらしい。兵士たちの顔が悲痛に歪んでいく。


 ――騙してごめんなさい。


 流音が申し訳なさそうな表情をすると、さらに兵士たちが動揺する。


「う。俺には同い年くらいの娘がいるんだ……」

「むごいことをする親がいたもんだ。許せん」

「し、しかし許可がないと」


 シークがレジカ硬貨のたんまり入った袋を押し付ける。

 牢番たちは相談を始め、しばらくしてそっと鍵束を差し出してきた。その顔は苦渋に満ちていた。



 地下への階段を下りながら、シークが鼻歌混じりに囁いた。


「上手くいったねぇ。やっぱり小さい女の子がいると疑心が薄れるみたいだ。僕一人じゃこうはいかないよ」


「心がズキズキする……」


 騒ぎになって逃亡する時間が無くなると困るので、行きは手荒な真似を避けたが、帰りはあの三人には眠ってもらうことになっている。侵入者に賄賂で懐柔されるよりは、力で負けて仕方なく、という方がまだ体裁を保てるだろう。迷惑をかける事には変わりないけれど、後はレイアたちのフォローに期待するしかない。


 一番下まで辿り着いた。左右に三つずつ牢が並んでいたが、がらんとした雰囲気だ。


「ユラ……?」


「なんだ、あんたら。こんなとこまで来て」


 端の牢に初老の男性が一人収監されていた。他に囚人はいない。

 ここに十代後半の少年魔術師がいなかったかと問うと、男からにやりとした笑みが返ってきた。


「もしかして脱走の手引きかい? そりゃ残念だったな。その兄ちゃんなら、結構前に連れ出されていったぜ」


「え!?」


 どういうことだろう。牢番たちはそんなこと一言も言っていなかった。

 流音とシークが顔を見合わせた瞬間、背後からパチンと空気が弾けるような音が聞こえた。全身に瞬時に電撃が走り、流音の意識は呆気なく途切れてしまった。






「――ルゥ! ルゥ起きて!」


 ヴィヴィタの声に目を開ける。頭の中は霞みがかかり、体は鉛になったように重かった。


 ――この感じ……。


 覚えがあると思ったら、案の定魔力を遮断する首輪がつけられていた。触れることはできない。両手を縄で縛られ、冷たい石の床に転がされていた。

 すぐ近くに檻の中で騒ぐヴィヴィタの姿があった。


「ヴィーたん……どうして」


「あいつがやった! ルゥを人質にした! 卑怯! こっから出せー!」


「うるっさいドラゴンだな。やっぱりデュアが一番強くて綺麗だ」


 流音は視線を上げる。金髪の少年が薄い微笑みを浮かべていた。


「薫くん……!」


「やっと起きた? 何でメイドの格好なんだよ。笑えるんだけど」


 はっとして周りを見渡す。薫が椅子代わりに使っている木箱以外、何も物がない部屋だった。そう高くない塀の向こうに紫がかった空が見え、大勢の人々のざわめきが聞こえてきた。

 部屋の隅には気を失っている様子のスピカとシークがいた。シークの団服は赤黒く染まっており、流音は言葉を失う。


「そんなに心配しなくていい。あれはほとんど返り血だから。あの騎士のせいで貴重なスパイが何人もダメになった。容赦のない奴だ」


「スパイ……」


 流音は納得した。

 毒花の遺跡に薫を手引きした者が騎士団にいたのだった。シークが情報をやり取りしていたサイカ派の騎士の中にも〈魔性の喚き〉に通じた者がいるのだろう。また、彼らから牢番に「ユラに会いに来るものがいればそのまま通せ」と指示が出ていたようだ。今思うとそれで牢番たちは罪悪感であんなにも辛そうだったのかもしれない。

 とにかく流音たちはまんまと罠に嵌ってしまったようだ。


「ゆ、ユラはどこ? わたし達をどうするつもりなの?」


「観てみろよ。面白いことになってる。ちょうど始まりそうだな」


 薫に立ち上がらされ、塀から眼下を見下ろし、流音は悲鳴を上げた。


 ここは王城の横にある競技場だった。屋根はない。観覧席とグラウンドが解放され、大勢の人がひしめき合い、端に設置された舞台を見つめている。

 舞台上では一人の少年が鎖でつながれて跪いていた。


「ユラ……っ!」


 流音の声は届かない。

 檀上に身なりの良い男が現れ、メリメロスの宰相であると名乗りをあげた。

 そして、とんでもないことを宣言した。


「この者は古の封印を解放し、我らがレジェンディア同盟国を混乱に陥れた闇巣食いの咎人であるっ! これより鞭打ち百回の後、見せしめとして処刑する!」




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