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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第八章

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61 作戦会議

 西の大陸、レジェンディア同盟領のとある屋敷。

 各地に潜伏する〈魔性の喚き〉のメンバーからの情報を聞き、薫は呟いた。


「流音は逃げたのか……いや、もしかして」


 召喚主であるユランザ・ファウストを助けに行ったのかもしれない。妙に懐いていると思ったが、危険を冒してまで救出に向かうほど好意を持っていたのか。

 だとしたら面白い。やっぱりあの少年を遺跡で殺さなくて良かった。


 流音の魔法もどんどん進化していく。

 早めに潰すか、それとももっと力を引き出させるか。


「楽しそうだな、カオル。年下の女の子をいじめるなんて趣味が悪いぞぉ」


「年下の女の子に骨抜きにされてるウロトさんに言われたくないけど」


「こりゃ一本取られた!」


 薫の返しに、浅黒い肌の男は苦笑して見せた。


 ――相変わらずうぜーな、このオッサン。


 彼は結界・封印を専門とする魔術師だ。歳は三十代後半くらい。組織の創設時からいる幹部で、マジュルナが“先生”と慕う唯一の人物である。

 薫はウロトが苦手だった。とぼけた態度を取りながら、見透かしたような発言をする。鬱陶しい大人だ。


「ウロトさんは先に神子様のところに帰ってて。俺はもう少し遊んでいくから」


「あまり無茶はしないでくれよ。カオルがいないとマジュルナが寂しがる」


 どうかな、と薫は曖昧に笑う。

 帰ったときには文句を言うだろうが、マジュルナは不在の人間に想いを馳せることはしないような気がする。


「なるべく早めに終わらせるよ。革命戦争に乗り遅れないように」


          ************


 ライオンが名前を決めてほしいと言うので、流音とスピカは頭を捻って考えた。

 協議の結果、「レグ」に決まった。この世界にある黄金ライオン座という星座の中で、一番明るい星の名前だ。本人(?)も「我輩にふさわしいのである」と尻尾をパタパタ振って喜んでいた。


 逃亡生活初日は山小屋でそのまま夜を明かす。ヴィヴィタは山の魔物たちに挨拶に行き、シークはサイカ派の仲間たちと疑似鳥で連絡するため外にいる。一つしかないベッドは少女二人に譲られた。


「ウチ、気になってることがあるの」


 並んで寝そべると、スピカがこっそりと流音に問いかけてきた。


「ルノンちゃんって……ユランザさんのこと好きなの?」


「ひっ」


 不意打ちを食らい、喉の奥がひっくり返った。隠し通せないと踏んだ流音は早々に白状する。


「うん……変かな?」


「そ、そんなことないの。ユランザさんは、ユランザさんは……ちょっと怖いときもあるけど、実は優しい人だと思うの! それにお顔も綺麗だし、ルノンちゃんとお似合いなの!」


 スピカの決死のフォローを有り難く思いつつ、正直に告げた。

 告白するつもりも振り向かせる努力をするつもりもなく、全てが終わったら元の世界に帰ることを。


「だから誰にも言わないでね。ユラは気づいてないし、これからも気まずい思いしたくない」


 残りの時間を大切にするためにも、絶対にユラを処刑になんてさせない。

 流音はこの先もこの世界の人間になるつもりはなかった。だから世界中の人々がユラを傷つけようとしても、ユラが死ぬことが正義だと言われても、絶対に認めない。認めなくていいはずだ。


 ――この世界の都合なんて知らないもん。わたしだけはユラの味方をする。幸せを祈り続ける。


 密かに壮大な野望を抱く流音だった。


「……分かったの。でも、でもね、ルノンちゃん」


 流音が首を傾げると、スピカは瞳に真剣な色を映して言った。


「ウチはいつでもルノンちゃんの味方なの。辛いことがあったら何でも言って。何でも力になるの!」


「あ、ありがとう……!」

 

 味方がいた。嬉しく思う反面に、元の世界に帰ったらこんな優しい友達とももう会えなくなってしまうんだ、と絶望も覚える流音だった。

 それからお互いの好きな人について語り合い、恋バナを楽しんでいるうちに眠りについていた。

 

 




 毒花グラビュリアの封印が解かれたことにより、レジェンディア同盟各国は恐慌状態に陥った。

 サイカ王国から多くの民が流出し、隣国に身を寄せ始める。それに伴い経済は混沌と化し、犯罪率も急激に上昇。人々の心には絶望の影が差し込んでいた。

 今後の方針を決めるため、国王による会議――七王会議が行われる運びとなった。

 会議が開かれるのは、騎士団の総本部のあるメリメロス王国の王都メーリン。

 メインの議題は当然、毒花に対する封印をどのように行うか、である。


 モノリス支部から逃亡して五日後が経ったある日、流音たちは王都メーリン近くの町に隠れていた。

 騎士団に見つからないように国境を越える傍ら、スピカとレグを呼び出す練習をしたり、シークが仲間とやり取りしたりして時間は過ぎていった。

 会議が行われるのは明日。ユラ救出作戦も明日に迫っていた。


 安宿の一室でシークが王都メーリンの地図を広げる。


「もう一度明日の確認しよっか。メリメロス城の地下牢にユラは捕えられている。会議の結果、古の封印を使うことが決まった場合、すぐに僕とお嬢さんが潜入してユラを救出する。もしも見つかったときに備えて、スピカちゃんは待機。僕らが逃げられるように騎士たちをレグで攪乱する。オーケイ?」


 流音とスピカはこくりと頷く。

 メーリンの都には三つの大きな建物が並んで立っている。

 右から競技場、真ん中に王城、そして左に国際会議場。

 七王が集まる会議場の周囲には、最高レベルの警備態勢が敷かれている。七人の王とその側近、騎士団の精鋭が導入される。おかげでほんの少しだけ城の警備が混乱し、手薄になることが期待できるという。

 ただし潜入したと気取られれば、すぐに囲まれてしまうだろう。会議場には騎士団長のグライも来ている。


「グライさんはどっちの味方なの?」


「んー、よく分かんないんだよねぇ。あの人、出身国不明だし。敵に回ったら即死だと思うけど」


 そう言いつつ、シークは楽しそうだった。戦ってみたいようだ。


「ユラが釈放されるのが一番だよね……会議の結果次第」


 古の封印か、魔術球か。

 封印方法は最終的に七人の王による投票で決まる。

 今のところモノリスとグークーが古の封印再び派、サイカとミュコスが魔術球派である。

 残りのオウマ、メリメロス、ニーロットの動向は掴めない。奴隷を大量に失うのを惜しむかもしれないし、闇巣食いなど信用できないと魔術球を否定するかもしれない。どちらに転んでもおかしくなかった。


 ミュコス王国が魔術球を支持してくれるのは、ユラの出身国だからだ。たとえ闇巣食いでも自国から輩出した貴重なβ級魔術師を失いたくない。素直に自国民を守るためと言ってほしいなと流音は思う。

 

 会議の結果に今からどきどきしてきた。落ち着かない。

 古の封印に決まれば七万人の犠牲は避けられず、救出に失敗すれば、ユラが処刑されてしまうかもしれない。


 ――わたしのできること、ちゃんとやろう。絶対にユラを助ける。


 緊張と気合で自然と体中に力が入った。魔力が暴走しそうだ。


「ルノンちゃん、思いつめるのよくないの。ちょっと気分転換した方がいいの」


「う、うん、ありがとう。そうだね……シーク、お散歩して来てもいい? ちょっと外の空気を吸いたいな」


「んー……ま、いいけど。早めに帰ってきなよ。多分この町は大丈夫だと思うけど、騎士がきみ達のこと探してるかもしれない」


 念のため、流音とスピカは眼鏡や帽子などで顔を隠し、フードにヴィヴィタを潜ませて町に出た。王都の姿がぼんやりと地平線上に見える。


「ウチ、外国に来るの、初めてなの」


「わたしもこの国は初めて。すごいね」


 メリメロスは内陸の比較的小さな王国で、医療技術や芸術に力を入れている国だ。町並みの意匠は凝っており、町の市場には食品の他に工芸品がたくさん並んでいて、女子二人で見て回るだけで楽しかった。

 ガラスのランプは声に反応して七色に光り、熊のぬいぐるみは踊り出し、小鳥のブローチからはピーピーとさえずりが聞こえてくる。


「お嬢ちゃんたちは観光かい? 嬉しいねぇ。最近めっきりお客さんが減っちゃって」


 売り子の女性が嘆息した。古の魔物の復活以降、客足が伸び悩んでいるらしい。

 

「七王様に何とかしてもらえるといいんだけど……ああ、そうそう。モノリスに聖女様が現れたんだってね。あんたたちと同じ年くらいの。お嬢ちゃんたちはどこから来たんだい?」


 流音とスピカはぎくりと硬直する。簡単にバレるとは思えないが、モノリスから来たとは答えにくい。挙動不審な二人を見て女性は首を傾げる。


「……失礼。きみたち、少しいいかな? 怪しい者ではない」


 振り返ると私服姿の青年が立っていた。彼は懐からレジェンディア騎士団の紋章を取り出して身分を明かした。

 青年は手帳を開き、流音とスピカの顔を見比べた。


 ――まずい。もしかしなくても、わたし達のこと探してる?


 流音はスピカの手を引き、騎士の青年に頭を下げて駆け出した。


「ご、ごめんなさい。そろそろ帰らないと……!」


「待ちたまえ!」


 ぴー、と笛の音が聞こえた。通りに散っていた男たちが集結してくる。


 ――シーク! この町全然大丈夫じゃないよ!?


 人通りの多い道を子どもならではの小回りを活かして進む。人々の迷惑そうな顔に心の中で謝った。


「ルゥ、おいらに乗って逃げる?」


「っ……今はダメ! 人がたくさんいるもん!」


 ヴィヴィタが元の姿に戻った拍子に将棋倒しで事故が起きそうだ。それにヴィヴィタのオレンジの体は目立つ。逃げ切れるとは思えない。

 前後から挟み撃ちにされ、目についた通りを曲がっていくうちに、宿屋の方角もすっかり見失ってしまった。


「ど、どうしようなの」


 やがて細く入り組んだ路地に迷い込み、ますます追い詰められていった。息が上がって喉の奥が張り裂けそうに痛む。


「こっちだ! 回り込め!」


 すぐ近くで声が聞こえる。もうどの角を曲がっても騎士と遭遇してしまいそうで動けない。


「もうしょうがないよね。ヴィーたん、元の姿に――」


 その瞬間、流音とスピカは腕を引かれ、物陰に引きずり込まれた。荷車の中に強引に納められ、古い布を被せられる。「人さらいだ!」と流音の全身から血の気が引いた。


「静かにしてろよ」


 聞き覚えのある声に流音とスピカは息を飲んだ。


「おい、そこの奴隷! お前と同じくらいの歳の少女を二人見かけなかったか?」


「ああ。それなら、向こうに走って行ったぜ」


 騎士の足音や笛の音が次第に遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。


「……大丈夫か? 結構すぐに再会できたな」


 布を覗き込む顔を見て、流音は目を丸くした。


「アッシュ!?」


 数か月前よりも背が伸び、やや大人びて見える少年は、太陽のように眩しい笑顔を見せた。




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