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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第八章

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60 逃亡者、囚人

 さっそくキュリスに頼み、騒ぎを起こしてもらった。建物内の水道管を一斉に破裂させたのだ。

 ちょっとやりすぎかなと思ったけど、戦いになってたくさんのけが人を出す方が怖いということで無理矢理納得した。混乱している隙に見張りの騎士を昏倒させ、支部から逃げる。


 流音、スピカ、シークの三人はヴィヴィタで飛び、国境付近の山に身を潜めた。

 魔物がうじゃうじゃいたが、あまり強いものはおらず、ヴィヴィタが威嚇しただけで大人しくなった。

 無人の山小屋の中で、シークから大人の事情を聞く。


「レジェンディアの騎士は七つの国に平等に仕えることになっているけど、実は違う。派閥があるんだ。出身国にはひいきしたくなるでしょ? 僕はサイカ派で、レイア隊長はミュコス派。それで、さっきお嬢さんが会ったモノリス支部長は当然モノリス派で、国王の息がかかってる」


 現在、モノリスとサイカは対立関係にある。

 解き放たれた毒花グラビュリアへの対処で意見が分かれたのだ。


 国中から集まった魔術師たちが結界を張っているが、毒の霧は徐々に広がっている。このままではサイカ王国はもちろん、同盟国全体の存続が危ない。

 早く再封印しよう、というところまでは七王全ての意見が一致している。


「モノリスの無能王は、古と同じ封印方法を使おうとしている。つまり、膨大な数の人間の命と魔力を使った禁断の封印だよ。昔は千人の犠牲で済んだみたいだけど、今のグラビュリアは力を取り戻しているから、軽く見積もっても、七万人は殺さなきゃいけないってさ」


「あ、あり得ない……そんなの許されないよ」


「まぁね。でも七万人の犠牲があれば、当面の危機は去る。一度は敵方に破られた封印だけど、今度はもっと警備を万全にして、さらに敵組織を壊滅させればいいっていう考えらしい。ちなみに封印の犠牲になるのは犯罪者や奴隷だよ。闇巣食いは封印に組み込むのは危険だから数に入ってないけど、これを機に一斉に処刑しようとも言い出している」


 死刑になるほどでもない犯罪者や、何の罪もない奴隷たちが封印の人柱になる。そして後顧の憂いを断つため、同盟国中の闇巣食い全てを処刑するつもりだという。

 流音もスピカも愕然とした。


「一方、今まさに毒花の脅威に晒されているサイカの国王は、ユラの発案した魔術球で封印しようと提案している。七万の命は尊い。それに、大勢の人間が一気に死ぬと魔力の循環が乱れて、国が機能しなくなる可能性がある。最悪、サイカは滅亡するだろうね。それを考えれば、未知の術式を使うことに賭けてみる気になるでしょ?」


 ユラの魔術球に必要なのはモノリスの秘宝だけ。しかも使う魔力は古の封印分よりずっと少なく、強い効果が得られる。試す価値は十分にあるはずだ。


「モノリスの王様は、そんなに秘宝を渡すのが嫌なの?」


「どうかな。もし当てはまる魔沃石がなければ、自分が責められると思ってるのかもねぇ。十年前、モノリス直系王族を根絶やしにさえしなければって言われちゃうでしょ? ああ、サイカに対する妬みもあるんじゃないかな。今のサイカ国王は稀代の英傑にして賢王。国も七つの同盟国の中で一番栄えているから」


 サイカは古の封印を領土内に抱えているためか、魔術の研究が盛んになり、国力が高いのだという。同盟国の中には、サイカの衰退を願う国も少なからずある。

 大人の事情は難しい。だけど、何となく理解した。


 サイカ国王率いる『魔術球で封印派』は、術者であるユラに死なれると困るのだ。だからシークを使って流音を逃がした。魔術球を使うには流音の魔力も必要になる。


 反対に、モノリス国王率いる『古の封印再び派』は、ユラが死んだ方が都合がいい。だから敵と通じた裏切り者だと決めつけて処刑しようとしている。それにユラが死ねば、流音の身柄はモノリス王国のものになる。古の魔物に対抗できる力が手に入る。


「僕はサイカ国王から密命を受けて行動している。ミュコス王も今のところサイカ王派だから、レイア隊長も協力してくれる。しばらくクビになることも、変に疑われることもないよ。てことで、ユラを生かしたいお嬢さんの味方をしてあげる」


「……ありがとう。わたし、シークのこと信じる」


「別に信じてくれなくてもいいよ。利害が一致してるだけだから。とりあえずよろしく」


 シークが差し出してきた手を、流音は握り返す。

 ユラの処刑を反対する国がいくつかある。今すぐどうにかなることはないと分かり、やっと体から力が抜けた。


「まずは追っ手を完全に撒いて潜伏しよう。ユラを救出するのは情報を集めてから」


 流音は頷いたが、あることに気づく。


「あの、スピカちゃんはどうする? 一緒に行くと、危ないことに巻き込まれちゃうかもしれないんだけど……」


 そばにいてくれたら心強い。しかしスピカの身の安全を考えるなら、このままモーナヴィスやメテルに帰ってもらった方がいい。

 スピカはぎゅっと拳を握りしめ、やる気を表した。


「本望なの。ルノンちゃんだけ危ない目に遭う方がずっと嫌なの。それにモノリスの王様の考えは阻止しなきゃ……足を引っ張っちゃうかもだけど、連れて行ってほしいの!」


 スピカは流音とシークに深々と頭を下げた。

 その瞬間、ニーニャカードが光って小さな猫――ライオンが現れた。


「よく言ったのである。貴殿のことは我輩が守るので心配いらないのである」


「あ、ライオンさん。そうだった。あなたのこととっても気になってたの。何者なの?」


 前足で器用にひげをいじり、ライオンは端的に語った。

 曰く、生み出したのは流音の魔法、動かしたのはスピカの心なのだという。ライオンが具現化して戦うにはスピカがいなければならない。キュリスと違い、ライオンの魔力はスピカが負担している。


「ウチの魔力値は平均なのに……どこからあんなにすごい力が?」


「乙女の勇気は無限のエネルギーである」


 エッヘンと胸を張るライオン。スピカは困惑を隠せていない。


「えっと……よく分かんないけど、ライオンさんがスピカちゃんを守ってくれるんだね。じゃあ、〈力〉のカードはスピカちゃんが持っていて」


「いいの?」


「うん。一緒に頑張ろうね!」


 スピカと固く握手をすると、ライオンとヴィヴィタも小さな手を差し出してきた。


「わらわだって今度こそは役に立つ!」


 キュリスまで現れ、ドラゴンとライオンに対抗する。すごく和む光景だった。


 ――ユラ、待っててね。絶対に助けに行くから。


 仲間に勇気をもらい、流音は決意を新たにした。


          ************


 七つの同盟国の一つ、メリメロス王国の地下監獄にユラはいた。

 子どもの頃に閉じ込められた砂漠の牢とは違い、薄暗くて湿っぽい。


 ――驚きました。このような形で濡れ衣を着せられるとは。


 湿気ったパンをかじると、手錠がじゃらりと音を立てた。この手錠から体内の魔力が放出され、牢全体に張られた特殊な術式に吸い取られていく。高位の魔術師を無力化するための特殊牢になす術もなく、現状ユラは大人しくしているしかなかった。


「ルノンが盗賊につけられたという首輪は、この手錠を改良したんでしょうか……」


 あれは魔力を循環させて体内に閉じ込め、追跡を防ぐ効果があった。どういう仕組みなのか興味がないわけではない。やることもないので手錠の解析でもしていようか、とパンを呑み込む。味わって食べる価値もない不味いパンだった。


 ――ルノンの作った料理が食べたいです……。


 今まで食事には無頓着で食べられれば何でも良かったのだが、この数か月で随分舌が肥えた。

 もしも処刑前に慈悲が与えられるなら、最後の晩餐は流音の手料理が食べたいとわりと本気で考えていた。


 ユラは重いため息を零した。流音のことが気になって術式の解析に集中できない。

 流音が無事だということは聞いた。彼女はスピカとともに凶獣メリッサブルを追い払い、聖女と呼ばれるようになったという。ちょっと目を離した隙に随分出世している。

 神聖視され、崇められるなら無下にはされないと思うが、今度は同盟国に言い様に利用されてしまうのではないかという懸念がよぎる。

 離れるべきではなかった。しばらく平和な日常が続いていたので油断した。


 自分が処刑されるかもしれないことに関しては、特に思うところはなかった。

 今まで何度も死にかけてきた。今回処刑を免れても、やはり〈魔性の喚き〉との戦いの中で命を落とすかもしれない。

 それに流音は結構思い切ったことをするので、ユラを助けようと無茶をするのではないかと気がかりだった。

 先ほどから頭をよぎるのは流音のことばかりだった。脳の深い部分まで彼女に浸食されている。良くない傾向だ。


「さっさと歩け!」


 兵士の声が牢に響き、初老の男が乱暴に斜め前の牢に放り込まれた。鞭で打たれたのか、顔にミミズ腫れができている。

 兵士が去った後、男はユラにへらへらした笑顔を向けた。


「よう、兄ちゃん。その若さでこの牢に入れられるってすげーな。何したんだ?」


「身に覚えのない罪状で拘束されています。どうしても俺を処刑したい権力者がいるようです」


 男は腹を抱えて笑い出した。何がおかしいのかユラにはさっぱり分からない。

 どうやら男は一週間ほど厳罰房に入れられていたらしい。そちらこそ何をしたんだと問い質したくなったが、聞いても仕方ない。ところが男は頼んでもないのにべらべらと自分の犯罪歴を武勇伝のように喋り始めた。

 

 前レジェンディア騎士団長、オスカー・ブラッデッドの追跡から辛くも逃げ果せた話。

 一兵卒からモノリスの英雄に上り詰めた黒鉄のゼモンと一騎打ちの末、敗走した話。

 ロッカ帝国の伝説の女盗賊、レディージョーカーにプロポーズして回し蹴りされた話。


 語られる内容のほとんどがみっともない話だったが、ユラは耳を傾けて相槌を打った。気が紛れるなら何でもいい。真偽もどうでもいい。

 最終的にロッカ帝国からのスパイ容疑でここに収監され、今にいたるようだ。もう二年も尋問される日々を過ごしているという。

 

「もしかして古の魔物が復活していることも知らないのでは?」


 男が食いついてきたので、ユラは淡々と外の世界の状況を語った。


「現在、堕天使フェルン、黒竜デューアンサラト、凶獣メリッサブル、毒花グラビュリアの封印が解かれています。残りは三体……東の大陸の幽鬼ジェレーゲン、南の大陸の魔剣アラクレ、そして西の大陸ロッカ帝国領の悪魔皇帝ザーザン。全ての魔物が放たれるのも時間の問題です。早く手を打たなくては……」


 反応がないのでちらりと斜め向かいを伺うと、男がにやにやと思案していた。


「何です?」


「いやね。本当に封印は残り三つなのかい?」


「は?」


 男は思わせぶりな言葉を残したまま、寝台に潜ってしまった。




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