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6 ニーニャカード

 流音はカードを手に取る。


「なにそれ? 細かい絵! きれい!」


「これはね、ニーニャカードっていうの」


 ニーニャカードは女子小学生の間で大流行しているトレーディングカードだ。


 イラストはタロットや星座、花言葉やパワーストーンなどをモチーフにしている。

 男の子向けのカードゲームのようにステータスや説明文は書かれていない。イラストを囲む額縁の形や背景の色で、カードの属性や効果が決まっているのだ。


 対戦ゲームはもちろん、占いもできる。好きなカードをお守りとして持ち歩くという楽しみ方もあった。

イラストが子どもっぽくなくないので、大人でも集めている人はたくさんいる。


 ちなみに一枚百円だ。

 小学生にとっては高価だが、絵はうっとりするほど美麗だし、カード自体もコーティングがしっかりしていて丈夫だ。安っぽくないところがいい。


 数量限定のレアカードは、数十万の値で取引されるという。

 流音の通う学校は私立の有名校で、裕福な子どもが通っている。コレクションのために何万も注ぎ込んでいる子もいるときいた。

 流音も今年のお年玉もほとんどをカードに費やしている。


 珍しいカードを友達と見せ合ったり、ダブったカードを交換したり、こっそり教室に持ち寄って遊んでいた。

 流音も最初はクラスで浮かないように集め始めた。休みがちなので、孤立しないように必死だったのだ。

 が、ニーニャカードは一人で占いもできるので、次第にのめり込んでいった。


「そうだ。占いしてみようかな。七枚あれば簡単なのならできる……」


 何かをして気を紛らわせたかった。明日からの生活は分からないことだらけでやはり不安なのだ。

 流音は手持ちのカードを確認する。


〈王冠〉〈力〉〈剣〉〈薔薇〉〈死神〉〈魔法の杖〉〈オニキス〉の七枚だ。


 それぞれのカードには、モチーフと一緒に女神や妖精などの女性が描かれている。

 流音のお気に入りは〈オニキス〉だ。ちなみに流音が持っているのはレアカードで、背景がキラキラ仕様である。


 黒髪、黒目の美しい女性が優雅に微笑みを浮かべており、その首を黒い輝きを放つオニキスのネックレスが飾っている。


 他の宝石のカード比べ、〈オニキス〉は地味で華やかさがなく、友達の間でも人気がない。

 しかし流音はこの知的でミステリアスな雰囲気の女性にひそかに憧れていた。


 流音はいつもやっている手順通りに、カードを伏せてシャッフルし、一度三つの山に分けてから一束に戻し、円を描くように並べた。

 最後に両手を祈るように組み合わせ、目を瞑って呪文を唱える。


【ニーニャの守護者よ、迷える私に道をお示しください】


 友達と一緒に占うときは恥ずかしいからやらないが、一人のときは極力呪文を唱えるようにしている。空気が神聖になり、心なしか的中率が上がるのだ。


 ――多分、気のせいだけど。


 流音はカードの中から「これだ!」と思うものを引いて、オープンした。


「〈魔法の杖〉……」


 魔女が木の杖を構えているカードだ。

 流音はがくっと肩を落とす。


「結果出た? どういう意味?」


 ヴィヴィタに答えようとしたとき、床から――屋根裏部屋の入口からユラが顔を出した。眠そうな深緑の瞳が流音を捉える。彼の頭にはぴょこんと寝癖がついていた。


「ユラもう起きた! 珍しい!」


「不自然な魔力の流れを感知したので、目が覚めました」


 天井に頭をぶつけないよう、ユラは中腰で近づいてきた。


「う、勝手に入ってこないで」


「ここは俺の家です」


「そうだけど、わたしの部屋……プライバシー……」


「そんなことより、今何をしたんですか?」


 ユラに問われ、流音は何もしていないと説明した。元の世界から持ってきたカードで占いをしていただけだ。


「異世界の占術ですか。興味深いです」


「ただの子どもの遊びだもん。術とかじゃない」


 流音は占いが大好きだが、頭から信じてのめりこんでいるわけではなかった。その日のハンカチをラッキーカラーで選ぶことはあっても、「今日は怪我に注意」と出たからといって四六時中怯えたりはしない。適度な距離感を保っているつもりだ。


「それで、何を占ってどういう結果が出たんです? 言葉にして効力が消えない術なら、教えて下さい」


 だから術じゃないもん、と断ってから流音は話した。


「これからの生活についてヒントを占ったの。出たのがこの〈魔法の杖〉のカード。『始まり』とか『創造力』とか『底力』っていう意味があって……この場合は『自分の力で一から地道にコツコツ頑張れ』ってこと」


「新しい生活にふさわしい結果です。当たっていると思います」


「うう……」


 裏を返せば『誰かの助けを当てにするな』という意味にもとれる。

 甘えを許さない厳しい結果だ。


 流音はちらりとユラを盗み見る。


〈魔法の杖〉と聞いて、最初に思い浮かべた顔は魔術師のユラだった。

 これからの生活はユラが中心。そうはっきりと示された気もした。


 ――ううん。当たるもハッケ、当たらぬもハッケって聞いたことあるし。


 この占い結果を鵜呑みにはしない。あくまで何となくの指針だ。


「ルノン、俺のことも占ってみてください」

「え? どうして?」


 相変わらず表情に感情がなく、何を考えているか分からないユラ。


「ものは試しです。きみに占いの素質があるか、みておきましょう」


「面白そう。ルゥ、やってみて!」


 一人と一匹に頼まれると強く断れず、結局流音は占いを行った。

 

【ニーニャの守護者よ、迷える彼の者に道をお示しください】


 シャッフルして呪文を唱えた後、ユラに「占いたいことを念じながら好きなカードを選んで」と告げる。


「これにします」


 ユラが指差したカードを表に向ける。黒髪の女性の優雅な微笑みが現れた。


「〈オニキス〉……なんか悔しい」


 好きなカードを取られてしまった気がして、流音は面白くなかった。


「どういう意味のあるカードですか?」


「『悪いものを遠ざける』とか『強い意志』とか『成功』とか『夫婦円満』とか……何を占ったの?」


「研究が上手くいくかどうか、です。良い予兆ですね」

 

 ユラの研究が成功するのは流音にとっても喜ばしいことだ。しかしやっぱり面白くない。


「……そもそも、この世界にオニキスはあるの?」


「ありますよ。清き闇の宝石です」


 清いと闇は正反対な気がする。良いものか悪いものか判断できない。


「そう言えば、きみはオニキスに似ていますね」


 ユラが少しだけ目を細めた。


「えっと……黒髪と黒目だから? この世界では珍しい?」


「いえ、そこまで珍しくはありません。ですが、こんなに艶やかな髪と、きらきらした瞳を持っている人間は初めて見ます。綺麗な黒です。このカードの女性にも似ている気がします」


 その言葉は嬉しかった。しかし素直に喜ぶのはおかしい気がして、流音は口ごもる。ようするに照れていた。


「俺の研究は、きみ次第ということでしょうか。あながち間違っていない気がします。占いの素養、あるようですね」


「そ、そうかな……」


 ユラは「まだ眠いので戻ります」と、さっさと屋根裏部屋から出ていった。


「ルゥ、顔赤い?」


「……ヴィーたん、わたしも寝る。ちょっと疲れた」


 流音は制服から体操服に着替え、クッションの上に横になり、頭から薄い毛布をかぶる。


 今日はとんでもない一日だった。


 元の世界への想い、これからへの不安、占いの結果、ユラの言葉。

 いろいろなものが流音の小さな頭の中で混ざり合い、爆発しそうだった。


 静かに涙を流していると、いつの間にか眠りに落ちていた。



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