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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第八章

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59 目覚めたら時の人

 友を返せ、と黒い獣は吼えた。

 横たわる純白の獣に人間たちが火をかけ、とどめを刺す。

 何故だ。私達が何をした。

 昨日まで人間たちのことも良き友だと思っていた。特に純白の獣は我が子のように彼らを慈しみ、様々な恩恵を与えたというのに。

 裏切り者め!

 黒い獣の威嚇に、人間たちは数百の敵意を返した。

 たちまち黒い獣は追い立てられ、火をかけられる。

 灼熱の地獄の中で、獣は誓った。

 絶対に許さない。私と私の友を引き裂いた人間と世界。

 この憎悪が消えることはない――。

 





 ゆっくりと目を開けると、涙が一筋こぼれていった。

 変な夢を見たのに、何も覚えていない。怖くて悲しい気持ちだけが流音の胸に残っていた。


「ルノンちゃん! 目が覚めたの?」


「ルゥ大丈夫!?」

 

 スピカとヴィヴィタが同時に飛びついてきて、意識が急に鮮明になった。

 高等学塾でメリッサブルに襲われ、なんとか撃退したことを思い出す。キュリスのときと同様、魔力が尽きて倒れてしまったらしい。


「大丈夫。すっごくよく寝たような」


「ルノンちゃんは三日間も眠りっぱなしだったの。ウチ、心配で、どうしたらいいのか分からなくて……」


 みるみるうちにスピカの瞳に涙の膜が張る。


「ごめんね、心配かけて。えっと……ここは?」


「レジェンディア騎士団のモノリス支部なの」


「え? そうなんだ……」


 前にもお世話になったことがあるが、そのときとは部屋がまるで違った。広くて豪華だ。リゾートホテルのスウィートルームのようである。


「みんなは大丈夫? あれからどうなったの? あと、えっと……ユラは?」


 早く彼の顔を見たい。安心したい。

 スピカとヴィヴィタは顔を見合わせ、躊躇いがちに言葉を紡いだ。

 それは流音にとって信じられない話だった。


 凶獣メリッサブルがモーナヴィスを襲撃した日の夕方、サイカ王国にある古の遺跡に〈魔性の喚き〉が侵入した。それは薫だったとヴィヴィタは言う。


「ユラが戦ったけど、結局封印は破られちゃった。それで、チェシャナとヒルダも連れて、おいら空飛んで逃げた」


「それでね、その……モノリスに戻ってきたユランザさんはね、〈魔性の喚き〉の協力者じゃないかっていう疑いで捕まっちゃったの」


「え!? なんで?」


 毒花グラビュリアの封印が解かれ、遺跡の周囲は毒の闇に閉ざされた。突然のことに避難が遅れ、逃げ延びた人間はわずかだという。

 ユラが生存者であること、その日に限って遺跡にいたこと、〈魔性の喚き〉が闇巣食いを味方に取り込んでいること、騎士の内情に詳しいこと、敵が求める転空者を召喚していたこと。

 数少ない生還者の騎士が証言した。ユラは確かに薫と対峙していたが、周りの騎士を牽制しているようにも見えた、と。

 小さな疑惑が積み重なり、限りなく怪しいと判断された。

 ユラはモーナヴィスへ帰ってきた途端、敵を砦の中へ手引きした疑いで拘束されてしまったらしい。


「絶対おかしい。ユラがそんなことするわけないのに……」


「おいらもそう言った! でもあいつらドラゴンの言葉信じない!」


 ヴィヴィタは悔しそうに布団に牙を立てた。


「ユラ、おいらに暴れちゃダメって言った。ルゥを守るようにって……」


 きゅぅ、と布団の中で泣くヴィヴィタの背を撫で、流音はスピカに問いかけた。


「あの、シークは? それにチェシャナ博士とヒルダさんっていう人がユラと一緒にいたはずなんだけど……」


 あの三人ならユラの無実を分かっているはずだ。


「シークさんは『騎士団のメンツを守ろうとする動きがあるんだよねぇ』って言ってたの」


 流音は愕然とした。

 ユラが手引きしたのではないなら、騎士団の中に裏切り者がいることになる。騎士団の上層部はその事実をもみ消そうとしているらしい。

 グライの蛇のように狡猾な顔を思い出す。やりかねない。


「それに、チェシャナさん? その人はユランザさんのこと庇ってくれたみたいけど、でも、共犯の疑いをかけられて、黙るしかないみたいなの」


「そんな……信じられない」


 チェシャナは流音の見舞いに来て、「魔術学会に訴えにいく」と伝言を残して去って行ったらしい。ユラが所属している魔術学会から正式な抗議をすれば、不当な扱いをされることはなくなるかもしれない。チェシャナはマテリアル魔術高等学会の名誉顧問である。


「ただ、すごく時間がかかりそうで、その間に…………拷問されたり、その、裁判もなしに処刑されるかもしれないって言ってたの」


 もう声も出なかった。

 お腹の辺りが気持ち悪くて、流音は口を押える。


「ああっ、ルノンちゃんしっかりなの。お、お水、お水飲んで」


 コップの水をごくごく飲み、流音は心を落ち着かせる。


 ――ううん、無理! このままじゃユラが!


 気持ちが焦り、嫌な汗が背中に滲んでいた。流音は恐れを断ち切るようにベッドから降りた。


「ユラが今どこにいるか知ってる?」


 スピカは首を横に振る。


「じゃあ騎士の人に聞いてくる。それでわたし、ユラの無実を訴えに行くね!」


 なりふり構っていられず、流音は部屋を飛び出した。

 しかし、すぐに腕を取られる。


「お目覚めでしたか、光救いの聖女様。部屋にお戻りください」


 見知らぬ騎士の男の言葉に流音の思考は停止した。


 ――光救いの聖女? え? なにそれ。


 自分のことだろうか。だとしたら、恥ずかしすぎる。


「今、食事をご用意します。医師の診察も必要でしょう。備え付けのシャワーは遠慮なくお使いください。では」


 固まったままの流音は再び部屋の中に放り込まれた。しかも外からカギをかけられてしまった。


「ど、どういうこと? 光救いの聖女って何?」


「ルノンちゃんは時の人なの……ウチも、聖女様の守護者って呼ばれてるの」


 どうやらメリッサブルを追い返した実績で待遇がだいぶ変化したらしい。この豪華な部屋にも納得だ。

 スピカに聞いたところ、表面上は丁寧な対応だったが、ところどころに流音を逃すまいという動きが感じられて怖いという。ニーニャカードも当然のように「預かる」と持って行かれてしまったようだ。


 スピカの勧めもあり、流音はやってきた医者の診察を素直に受け、シャワーを浴びて着替え、食事を取った。

 そしてモノリスの支部長を名乗る騎士が現れ、懇切丁寧に説明してくれた。


 ユラは敵と通じる悪い人で、流音を長い間騙していた。一緒にいるのは危険だ。だけどこれからは騎士団と同盟国が流音を守る。一緒に世界の平和を取り戻そう。敵を倒した暁には何でも好きなものを与える……などなど。


 ――ものすごく子ども扱いしてる。丸め込もうとしているの、分かる。


 男の説明には理論や根拠が全くなかった。流音がユラの無実を訴えてもひたすら流す。大人の言葉だから、偉い騎士の言葉だから、無条件で正しい。終始そんな態度だった。

 おかげで頭の芯が冷えた。

 そっちがそのつもりなら、と流音は開き直ることにした。


「今後は、この者たちがあなたの警護を――」


「嫌! シークがいい! シークを呼んで!」


 支部長が紹介した若い騎士たちを一瞥し、流音はぷいっとそっぽを向いた。

 

「言い忘れていましたな。シーク・ティヴソンは謹慎中です。ユランザ・ファウストが敵と通じていることに気づかなかった咎……罰を受けているところです」

 

「そんなの知らないもん。シークじゃなきゃ協力しない。ね、スピカちゃん」


「う……そ、そうなの。ウチもシークさんがいいの」


「え、おいらはあいつキラ――」


 演技に気づかないヴィヴィタをぎゅっと抱きしめて口封じする。

 子どもっぽい態度を心がけるのは変な感じだった。自分でも可愛げがないなと思いつつ、流音は駄々をこね続ける。

 この人たちに見張られるのはごめんだった。シークならもしかしたら面白がって協力してくれるかもしれない。そんなわずかな希望に賭けた。


「困りましたな……この者たちは彼よりも何倍も優秀で真面目な騎士ですぞ。何がそんなに気に入らないのか……」


 流音の機嫌をあやすようにひきつった笑みを浮かべる若い騎士たち。真面目という点に関しては間違いなくシークよりも上だろう。だけど今は関係ない。心の中で謝りつつ、流音ははっきりと言い放った。


「だって、シークの方が王子様みたいに強くてカッコいいもん。守ってもらうならシークが良い。とにかくシークとお話しさせて」


 何人かが面白くなさそうに顔をしかめるのが分かった。本当にごめんなさい。






 支部長たちが渋々引き下がっていき、代わりにシークが部屋にやってきた。


「ご指名ありがとうございます。麗しいお嬢さん方、元気?」


「シーク! どういうことなの?」


 右手が勝手に動き、枕を投げつけていた。シークはそれを受け止めたが、「痛っ」と顔を歪める。


「あ、ごめん。怪我ひどいの……?」


「傷はほとんど塞がってるよ。その件については礼を言わなきゃね。ありがと。きみも元気そうで安心したよー」


「こちらこそ……あのとき庇ってくれてありがとう」


 シークは「あれは仕事だからね」と我がもの顔でベッドに腰かける。

 私服姿で剣も持っていなかった。本当に謹慎中らしい。実家の力でユラとの共犯の疑いは取り除き、軟禁は免れているという。


「なんか妙なことになっちゃったよねぇ。とばっちりだ。それで? 僕に何の用?」


「……ユラを助けたいの。協力して。お願い」


 じぃっと祈るように見つめると、シークは茶化すように流音のおでこを指で跳ねた。


「どうして僕がそんなことしなきゃいけないのかな? 面倒くさい」


「だって、このままじゃユラが……今はシークしか頼れる人いないの」


「はは、すっごく迷惑だよ。例えばきみ達をここから逃がすだけで、僕は間違いなく罷免……クビになっちゃうんだけど。レイア隊長や家族にも迷惑かけるかもなぁ。そういうリスクを考えて頼んでるわけ?」


「そ、それは」


 にっこりとした笑顔から放たれる容赦のない言葉に、流音はしゅんと項垂れる。シークの言葉はもっともだ。安易に頼ってはいけなかった。


「……なんてね。そんな深刻な顔しなくていい。僕は初めからきみ達を助けるつもりだったよ」


「えぇ!?」


「さて、さっさと逃げる準備しよっか。早い方がいい。今ならまだそこまで警戒されてないから」


 流音とスピカが面食らっていると、シークは懐からニーニャカードを取り出した。勝手に持ち出してきたらしい。

 

「シーク、どうして?」


 流音の問いにシークは肩をすくめ、わざとらしく騎士の礼をした。


「大人には大人の事情があるんだよ。さぁ、姫。本命の王子様を救い出しに行こうか。これより僕はレジェンディアではなく、あなたの騎士になりましょう」



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