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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第七章

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58 毒花の遺跡の攻防

 ユラは古の遺跡で封印術式にかかる魔力の計算をしていた。


 毒花グラビュリアの封印は、遺跡の入り口から階段で地下に降りた先の祭壇の間にある。

 その封印は現代の魔術でも容易く解けるものではなかった。

 闇の時代にこの地にあった王国が千人の魔力と命を犠牲にして築いた封印。女神の残した秘術であり、禁術とされている。封印を読み解くこと自体が難しいし、そもそも読み解くことは禁じられている。


 ユラはこの封印の上から魔術球で新たな封印を施すつもりだ。

 元の封印にあまり影響を与えないために、非常に珍しい無属性の魔沃石が必要だった。自然界で無属性の魔沃石はほぼ採れない。モノリス王の協力に期待するしかなかった。


「この封印が上手くできれば、お前の自由は守られるかもな。何百年先までその名前が残る偉大な研究者だ。たとえ闇巣食いでも無下にはできないだろ。無人島とかもらえるんじゃね?」


 チェシャナが他人事ゆえの気楽さからそんなことを言う。


「無人島に閉じ込められるのを自由と言うのかはともかく、俺はあまり期待していません。闇巣食いはやはり治さないと不自由です」


「んー、私も長く研究してるけど、どれだけ封印を強固なものにしても治る可能性は低いぜ。一度巣食った闇が消えるとは思えない。古の魔物を全部倒すくらいしか方法はないだろ。いっそ封印よりも討伐する方がいいと思うんだけどなー」


 倒せるなら苦労はない。古の魔物は間違いなく怪物クラスの強さを持っているし、万が一倒せたとしても漏れ出した魔力で大地が死ぬ確率が高い。現状、封印するのが一番であるというのが各国政府の見解だ。


「そういうことを言うと騎士に拘束されますよ。毒花の封印も解いてしまえと言っているように聞こえます」


 チェシャナは明朗に笑い、否定も肯定もしなかった。


 雪山で研究をしている折、チェシャナがなぜ闇巣食いについて研究していたかを初めて知った。

 彼の姉が闇巣食いだったらしい。その姉は闇巣食いの片鱗が現れてすぐ、両親に殺されて山に捨てられた。家族に一人でも闇巣食いがいれば全員疑われ、暮らしていけなくなるのは目に見えていたからだ。


『闇巣食いになったらもう人生終わりっていうのが気持ち悪かった。明日は私やヒルダちゃんがなるかもしれない。予防策を打とうとするのは人として当たり前じゃん』


 ユラも同意見だが、こういう考え方が一般的ではないことは何となく分かる。自分の身が危うくなるまで大抵の人間は動けない。そして自らに危険が迫ったとき、苛烈な本性を現すのが人間である。


「ユラー、おいらお腹空いた」


「そうですね。そろそろ砦に戻りましょうか」


 日が暮れた頃、ヴィヴィタが肩にだらんと乗っかってきた。空を飛びまわって疲れたらしい。

 ユラ達は砦に引き返した。封印の遺跡を取り囲むように四方に築かれた砦は増強工事が終わっており、騎士や各国から派遣された兵士が詰めている。ヒルダは食堂の手伝いをしながら待っているはずだ。

 

「なんだか慌ただしいですね」


「そだな。どうしたんだ?」


 砦内で騎士たちが走り回り、口々に情報を伝えて回っている。


「チェシャナ、ユランザくん。大変よ!」


 ヒルダが青い顔をして駆け寄ってきた。


「モノリスの王都が古の魔物に襲撃されたんですって。メリッサブル、と言ったかしら。魔物は逃げていったそうだけど、甚大な被害が出ているみたい」


 ユラはその言葉に大きく動揺した。


「ルノンは来ましたか?」


 朝、この遺跡までは転移の鏡で送ってもらった。今日流音とシークが学校の後に迎えに来てくれることになっている。

 ヒルダは申し訳なさそうに首を横に振った。予知できなかったことを悔やんでいるようだ。

 チェシャナが通りがかった騎士を捕まえる。


「なぁ、私達はモーナヴィスに行きたい。転移の鏡で移動する部隊はないか?」


「いや、ない。騎士団長からこの砦に下った命令はこのまま継続しての遺跡の死守だ。ついにこの大陸にも古の魔物が現れた。気を引き締めねば……」


「では、ドラゴンによる国境越えの許可をください。一刻も早く安否を確認したい人がいるんです」


 ユラの言葉に騎士は顔を曇らせた。


「心中お察しするが、今夜は難しいだろう。魔物は空から現れたという。闇夜の飛行は禁止された。すまないが、明日の朝まで待ってくれ」


 急ぎの用があるらしく、騎士は走り去った。


「ユラ、どうする? おいらめちゃくちゃ高く飛ぼうか? それなら見つからない?」


「いや、待てって。モノリスまで結構距離あるだろ。あの抜け目なさそうな騎士の兄ちゃんなら、そろそろひょっこり迎えに来てくれそうな気も……あ、そうだ。方角絞って魔力感知してみりゃいい。ルノンの生死くらいは分かる」


「あ、ああ、そうですね」


 そんなことにも思い当たらない辺り、相当頭に血が上っている。

 ユラは祈るようにモノリスに向けて魔力感知を行った。距離がある分、時間はかかる。その間心臓が嫌な音を立て続けた。


「……見つけました。かなり微弱ですが、生きています。まだモーナヴィスにいますね」


 一同はほっと胸を撫で下ろした。

 とりあえず、流音が〈魔性の喚き〉に攫われたという心配はなさそうだ。魔力がほとんど空っぽの状態なのが気になるが。


 ――まさか、戦ったんじゃないですよね。


 シークが付いていながら、何をしているのか。いや流音のことなので、キュリスローザの力で怪我人の救護をしたのかもしれない。

 ますます早く帰らなくてはという思いが募る。


「落ち着けよー。また症状が進むぜ。とりあえず無事ってことは分かったんだ。後は私達がどうするか……」


 ユラの中ではもう答えは出ていた。ヴィヴィタに乗って、密かに上空から国境を越える。見つかれば厳罰は免れないが、待っていられない。

 その決断を告げようとしたとき、砦に男の叫び声がこだました。ほどなくして緊急事態を告げる早鐘が鳴らされる。


「何だよ、まさかここにもメリッサブルが――」


 古の闇の気配はない。ただ、嫌な予感がした。

 ユラは封印の遺跡に向かって駆けた。騎士たちがそちらに向かったからだ。


 鉄錆の匂いが鼻についたと同時にユラは足を止める。砦と古の遺跡にある空白地帯だ。

 赤い夕陽を背に金髪の少年が佇んでいた。足元には騎士たちが倒れ伏し、流れ出す血が大地を汚していた。


「あれ? あんた、ここにいたんだ。ふぅん。流音はモーナヴィスに一人? 帰りに攫って行こうかな」


 薫が笑う。その手には血が滴るバタフライナイフが握られていた。

 ユラは信じられなかった。相手はレジェンディアの騎士の精鋭だ。流音とそう歳も変わらない転空者の少年にむざむざやられるとは思えない。大体、砦の守備を越えてこれほど遺跡の近くまで来ていることがおかしい。


「かかれ!」


 ユラを追い越し、後続の騎士の小隊が薫を取り囲んだ。

 前衛が剣を振りかざし、後衛が魔術による援護に回る。


「ぐぁあ!」


 水風船が割れたときのように、血が盛大に散らばった。騎士たちは一人残らず地面に倒れて呻く。

 その場に立っているのは薫とユラだけになった。


 ――今、何が……?


 薫は身じろぎ一つしなかった。ただ、地面から赤い塊が動いて、騎士の体を貫いたようにみえた。


「誰も動くな! 変な動きを見せたら、こいつら全員殺す!」


 見張り台の上から何人かが魔術で薫を狙っていたが、ひれ伏した仲間にまだ息があることが分かると迂闊に攻撃できないようだった。指揮系統が混乱しているのが見て取れる。


「あんたは殺したいけど、今はやめておく。どうせなら流音が見ているときがいい」


「……きみに俺が殺せるのですか? デューアンサラトがいないのなら、負ける要素はないですが」


 黒竜の姿も気配も感じ取れない。薫は一人でやってきたのか、それとも近くに仲間が潜んでいるのか。

 ユラは注意深く薫の言動を探った。


「見てなかったのか? 俺には転空者特有の魔法がある。流音も持ってるだろ? 俺よりもずーっとすごい力みたいだけど。やっぱりずるいよな、あいつ」


 腹の底に響くような声だった。流音への執着と敵意がありありと伺える。


「あの夜、俺が勝手に暴れたせいで計画が狂ったってボスに怒られたんだ。その責任をとって封印を破りに来た。レジェンディアの騎士団ってのも大したことないな。隙だらけ」


 おそらくモーナヴィスへの襲撃は陽動だったのだろう。メリッサブルが現れ、空に逃げた。砦の人間の意識は自然と上空に向く。他の大陸の封印への攻撃は全て古の魔物による強襲だったのでなおさらだろう。結果、人間の潜入に対する危機感が薄れた。


「きみ一人で封印が解けると?」


 薫は口元に笑みを浮かべたまま答えない。仲間がいて今は時間稼ぎをされているのだとユラは確信した。

 ほとんど躊躇いなく、ユラは懐から魔沃石を取り出し、その魔力を吸収する。 


【閃光の烈、ここに】


 光属性の熱線が走る。避けるのはほぼ不可能な攻撃のはずだった。しかし薫は多少後退しただけで無傷である。

 地面から立ち昇った赤い霧――血の霧が光を拡散させ、避けられてしまった。


 ――あれは、騎士たちの血液? なるほど厄介です。


 血液を操る魔術は倫理に反するとして、西の大陸では禁術に分類されている。医療行為ですら使われない。

 どう対応すればいいのか、ユラは思案する。

 

「へぇ、こいつらがどうなってもいいんだ?」


「ここできみを野放しにして封印を解かれれば、砦の人間が全滅する恐れがあります。それに比べれば……微々たる犠牲です」


「そりゃそうだ。嫌いじゃない、そういう割り切った考え方」


 薫が足を踏み出した瞬間、ユラはさらなる光魔術を放つ。次々と魔沃石を取り出し、風、水、炎、と次々と属性を変え、追撃の手を緩めない。

 古の封印が近すぎて、ユラは自らの魔力を使えなかった。古の闇に侵された魔力で強力な魔術を使えば、封印を刺激してしまう可能性がある。


 ユラの攻撃はことごとく当たらなかった。薫が自身の肉体にも何か操作をかけているからかもしれない。早い。

 それでも地に伏した騎士たちからはだいぶ引き離すことができた。見張り台の騎士たちも攻撃を始める。


「面倒くさ。てか、何でこんなにポンポン魔術使えるんだ。化け物かよ……」


 避けたりガードしたりしつつも、薫はぶつくさと文句を言える余裕があるらしかった。


 攻撃を続けながら、ユラは冷静に思考していた。

 確かに砦の騎士たちの意識は上空に向いていただろうが、薫の侵入を易々許すほど気を抜いていたとは考えにくい。

 侵入を手引きした人間がいるかもしれない。流音がモーナヴィスにいることを知っていたことからも、薫たちがある程度の情報網を持っていることは明らかだ。

 おそらくレジェンディアの騎士の中に内通者がいる。

 その結論に辿り着くと、騎士たちに背中を向けているのはまずい気がした。流れ弾を装って攻撃されるかもしれない。


 ――早く遺跡の中に……。


 薫の仲間がすでに遺跡の中にいて封印解除の作業をしているかもしれない。ユラは遺跡に近づこうと足を踏みだすが、途端に赤い刃が地面を抉った。

 魔術攻撃の雨の中、薫は血の盾で身を守りつつ、血の刃で威嚇する。ユラはじりじりとした焦りを覚えた。


 薫が遺跡を振り返った。


「ウロトさん! もう待ってられない! やるぞ!」


 仲間からの返事はなかったが、薫はナイフを地中に突き立てた。

 ユラは直感的にその行為を「止めなくては」と思った。が、間に合わない。

 ナイフから銀色の光が溢れだす。


【無垢な世界の法則に、傷を】


 その瞬間、足元から悪寒が走った。

 地中にある封印の間に亀裂が入り、歪んでいく。


 ――まさか、封印が破られた……?


 二千年続いた封印が、こんな短時間に壊されるなどあり得ない。しかし徐々に漏れ出してくる古の闇の気配に疑念は吹き飛んだ。

 大地の胎動を感じ、砦の人間たちは危機を察する。


「カオルぅ、ひどいじゃないか。もう少しでボクは死ぬところだったぞ!」


「俺だって死にそうだった」


「もう少し封印の術式を眺めていたかったなぁ。残念……」


 遺跡の入口から男が転がるように出てきた。ウロトと呼ばれていた薫の仲間だろう。

 薫は肩をすくめてユラに告げた。


「死にたくなけりゃ早く逃げれば? 安心していい。グラビュリアは持って行かない……てか、持っていけないし」


 薫が声を上げて笑った。

 地にひびが入り、そこから黒い触手――根と茎のようなものが現れ始める。

 闇の時代の文献によると、毒花グラビュリアは巨大な植物型の魔物で移動はしない。地中に深く根を張り、周囲に毒の闇を広げて侵食していく。

 もうこの場にはいられなかった。

 心身共に鍛えられている騎士たちが恐怖におののき、撤退していくのが見えた。


「ユラ! 早く!」


 チェシャナとヒルダを乗せて飛んできたヴィヴィタの足に捕まり、ユラはその場から離脱した。

 瞬く間に毒性を持った黒い霧が周囲に広がっていく。

 

 こうして毒花グラビュリアはあっけなく〈魔性の喚き〉の手によって解放された。



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