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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第七章

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57 ライオン紳士

「スピカちゃん逃げて!」


 スピカがメリッサブルに襲われる瞬間、流音の心臓が熱く脈打った。

 この感覚には覚えがある。キュリスが生まれ変わったときと同じだ。


【ニーニャの友情により、〈力〉の守護者は目覚めん】


 一枚のカードが飛び出していった。そして、土壁とともに巨大なライオンが姿を現す。動物園で見たライオンよりも一回り以上大きく、金色の毛がもふもふしている。


 ――え、嘘、なにあれ。


 流音の目は点になった。


「なに、簡単なことである。乙女の涙に応えぬ者は紳士ではない!」


「喋った……!?」


 自称紳士のライオンはがるると笑い、メリッサブルに向かって跳躍した。その背中に純白の翼が現れる。


「悪しき者よ、去れ!」


 ライオンの咆哮で土の弾丸が飛ぶ。黄色い光を宿っているので地属性の魔法だろう。

 空中で二体の獣がぶつかり合う。金色のライオンと黒豹が戦っている。

 風と地。相反する力が反発し合い、激しい土煙が舞い上がる。


 流音は腰を抜かして座り込むスピカの元に駆け寄った。


「スピカちゃん、大丈夫!?」


「だ、大丈夫なの! でも、これ……」


〈力〉のカードがスピカの目の前で輝いていた。カードには女性とライオンの絵が描かれている。


「このライオンさんが戦ってくれてるの、かも?」


 流音はすぐに思い出す。〈力〉はいつだったか占いで遊んだ時にスピカが引いたカードだ。意味は『勇気』『不屈』『長期的なチャレンジ』『穏やかに寄り添う』。


 ――スピカちゃんの『勇気』に反応した、とか……?


 流音にも状況がさっぱり分からなかった。

 キュリスのときとは違い、スピカが生きたままニーニャの守護者になったということだろうか。それともあのライオンが守護者なのか。

 とにかくスピカとライオンが助けてくれたことは確かだった。

 自分の魔法のことながら、感極まって胸が震えた。


 二人は手を取り合って立ち上がり、祈るように上空を見つめた。

 獣たちの戦いは拮抗していたが、やがてライオンがメリッサブルの起こした竜巻に囚われてしまった。その表情が苦しげに歪む。


「が、頑張って!」


「負けないでほしいの!」


 二人が同時に声援を送ると、カードを包んでいた光が強烈に瞬いた。光に呼応するようにライオンは翼を力強くはばたかせて竜巻を吹き飛ばす。


「乙女の前で無様な姿を晒せようか!」


 ライオンが右足で薙ぐと鋭く尖った土塊が発射される。それはメリッサブルの咆哮で砕けるが、一部が命中して地に落ちる。

 衝撃と呻きが響き渡った。

 

「去れ! 汝の爪と牙がどれほど鋭かろうと、この地にある友の絆は引き裂けぬのだ!」


 校庭の土が大きく波打ち、緑と黒の風を突き破ってメリッサブルに四方向から直撃した。


「がぁああ――っ!」


 メリッサブルが激昂した声を上げる。血は流れていない。代わりに体から闇の粒子が漏れ出し、大地が黒く染まっていく。


 ――ダメ!


 きっとあの闇は周囲の人々を闇巣食いにしてしまう。

 流音が気づいた瞬間、ライオンが動いた。大地を削り取りながら凄まじい勢いで駆け、メリッサブルを体当たりで空に吹き飛ばした。

 この一撃が決め手になった。


 メリッサブルはふらふらになりながらも翼で立て直したが、相当なダメージを受けたらしい。空の彼方へ逃げていった。最後に流音を振り返ったとき、その赤い瞳が悲しそうに濡れていてどきっとした。

 その姿が完璧に見えなくなるまで息を詰めて待った。


「た、助かったの……?」


「うん! きっとそうだよ!」


 流音とスピカは互いの手を握ったままぶんぶんと振って喜びを表した。とりあえず窮地は脱した。良かった。

 しかし安心もしていられなかった。メリッサブルから漏れ出た闇の魔力が、まだ校庭で禍々しい気配を放っていた。じわじわと揺らめき、少しずつ広がっているように見える。


「キュリス、お願い。もう一回出てきて」


 祈るように〈薔薇〉のカードに告げると、キュリスが姿を現す。


「す、すまぬ、ルノン。わらわ全く役に立てず……」


「そんなことないよ。守ってくれたもん。きっとわたしの力が足りなくて……ううん、そういうのは後! ごめん、力を貸して」


 流音が古の闇の痕跡と半壊した塾舎を指差すと、キュリスは心得たと頷いた。上空に舞い上がり広範囲にきらきらの雨を降らせた。浄化と癒しの雨だ。


「どれ、我輩も力を貸すのである」


 ふわり、とライオンが塾舎近くに降り立ち、地属性の魔法で瓦礫の撤去を始めた。スピカがおずおずと駆け寄っていった。


「ライオンさん、あ、ありがとうなの。助けてくれて」


「なぁに、お安い御用である。我輩は小さき乙女の美しき友情に目がないのである」


「え!? そ、そういうご趣味なの……? ふぇええ」


「ふふん。たてがみを撫でてくれても良いぞ」


 流音の耳になんだか間の抜けた会話が聞こえてきた。あのライオンの性格の由来は自分だろうか。スピカだろうか。どちらにせよ複雑な気分になる。


 ――今はそんなこと気にしてる場合じゃなかった!


 キュリスに残った魔力をほとんど注ぎ込むと、視界が白と黒で明滅した。気が遠くなるのを何とかこらえる。

 みるみるうちに校庭の魔力は浄化された。ほっと息をつく。


「後は……キュリス、シークやみんなを治してあげられる? ひどい怪我してるの」

 

「分かっておる。最善を尽くそうぞ」


 シークの出血はかなりひどかったが、なんとか意識は保っていた。流音が近づいた瞬間、彼の血の滴る唇が笑みの形になる。だけど目が全く笑っていない。

 キュリスの力で痛みが和らいだのか、シークはいつも通りに口を開いた。


「お嬢さぁん……後で殴っていい? 僕は逃げろって言ったよねぇ?」


「うぅ、ごめんなさい」


「……まぁ、自分の命だから好きにすればいいよ。結果オーライだしね」


 非常に面白くなさそうだった。体を張って逃がそうとした護衛対象が勝手に危険なことをしたから怒っているのだろう。

 それからようやく他の騎士が駆けつけ、救出作業が始まった。キュリスやライオンを見て驚く隊員には、満身創痍のシークが「緊急時に小さいこと気にしてるんじゃねぇよ」と指示を出していた。だいぶ苛立っているようだ。

 流音は歯を食いしばって意識を繋いでいたが、やがて限界が来た。


「ルノンちゃん? どうしたの?」


「ごめん……」


 魔力が全て尽きた。キュリスとライオンがカードに戻るのを見届けた後、流音はその場に崩れ落ちた。


 ――ユラ……危ないことしてごめんね。でも、なんとかなったよ。みんなが助けてくれたの。


 危ないことはしないと約束していたのに破ったから、きっと怒られてしまう。

 でもユラのことだから、ちゃんと謝れば許してくれるだろう。


 早くユラに会いたい。

 たった半日離れていただけなのに、恋しくて仕方がなかった。



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