55 お友達と学校
図書館の庭園のベンチに移り、流音はスピカが泣き止むのを待った。
「ルノンちゃんがっ、急にいなくなってずっと心配だったの……っ」
「ごめんね、本当にごめん……」
薫による襲撃の夜から流音はメテルの町を離れ、そのままだ。一度スピカ宛に手紙は出したものの、「ユラの研究のために旅をすることになった」と説明しただけで、居所もいつ頃メテルに戻るかも書けなかった。流音にも明日の予定が分からなかったのだ。
「えっと、スピカちゃんはもしかして、王都の高等学塾に入ったの?」
嗚咽を漏らしながらスピカは頷く。
ぽつりぽつりと話してくれたことをまとめると、スピカは年明けから入塾して寮生活をしているらしい。家族はもちろん、知り合いもいない。友達もまだできていない。ホームシックに加え、新生活の心労でボロボロになっていたところで流音と再会し、感極まってしまったらしい。
「ウチ、また図書館に逃げ込んでたの……大好きな本を読んでたら嫌なことを忘れられるから……全然変われてないの」
腕にしたミサンガは流音のものよりもずっとボロボロになっていた。心細くて何度も触れたのだろう。それを思うだけで流音まで泣きたくなった。ヴィヴィタもしゅんと首を垂れ、スピカに寄り添う。
スピカは流音が今まで何をしていたのか聞きたがったので、順を追って説明した。本当は詳しい事情を一般人に話してはいけないと騎士団と約束していたが、黙っているのは心情的に無理だった。シークがいない今がチャンスだ。
あの夜、テロ組織に所属している昔の友達とともにデューアンサラトが襲撃してきたこと。
ニーニャカードの不思議な力とキュリスのおかげで助かったこと。
それから騎士団の要請を受けたユラとともに古の封印強化の研究のため、雪山に著名な博士を探しに行ったこと。
今はモノリスの王様からすごい魔沃石を譲り受けるため交渉中であること。
全て聞くとスピカは青ざめた。
「ルノンちゃん、すごいことに巻き込まれてるの……ますます心配なの……」
「わたしはスピカちゃんが心配だよ。なんか、ちょっと痩せたし」
「ううん、ウチの悩みなんか霞んじゃうの……それにユランザさんも……」
スピカは躊躇いがちに口を開いた。
「あのね、実はルノンちゃんが住んでる森が焼けたとき……メテルの大人たちがユランザさんにひどいこと言って追い出したの。『お前のせいで災いが目覚めた、二度と町に来るな』って」
「え?」
やっぱり知らなかったんだね、とスピカは流音の手を取った。
町の人々は焼けた森の惨状を目の当たりにし、古の魔物デューアンサラトが最初にメテルの町近郊に現れたことに恐怖した。元凶をユラだと決めつけ、ひどい言葉で追放したという。
ユラは人々に「今後この町が襲われる心配はまずない」と告げに来ただけなのに。
流音はそのとき騎士団の支部で眠っていた。起きてからも何も聞かされていない。ただ必要だから旅に出ると告げられただけだった。
「ヴィーたんも知ってたの?」
「うん。ごめん。ユラが、わざわざルゥに言わなくていいって」
流音は俯いて息を吐いた。
「ユラ、住む場所まで失っちゃったんだ……それなのに平気な顔してた。薫くんが黒竜を連れて森に来たのは、わたしを迎えに来たからなのに」
「ルノンちゃんのせいじゃなくて、もちろんユランザさんのせいでもなくて、魔物が悪いと思うの! だから落ち込まないで!」
スピカはぎゅっと流音の手を握った。
「本当にごめんなさいなの! 町の人がひどいこと言って……ウチ、ユランザさんとルノンちゃんが帰ってこられるようにパパにお願いする! ルノンちゃん、いっぱい大変な思いをしていたのに、ウチは何も知らずに自分のことばかり辛がって……情けないの」
「そんな、そういうの比べるものじゃないよ。それに、スピカちゃんに心配してもらえたから、わたしは気持ちがすっきりしたよ。ありがとう。スピカちゃんはどう? わたしに話して、少しでも気が楽にならない?」
流音はそっとスピカの手を握り返した。
「うん……安心したの。ルノンちゃんに会えて、お話しして、元気が出たの。もうちょっと頑張ってみようって思えるの」
「そっか、良かった」
二人の少女の間にくすぐったい空気が流れた。スピカはだいぶ落ち着いたようだ。
「ルノン、勝手にいなくならないで下さい」
ユラが早足でやってきた。そして泣き腫らした目のスピカを見て、小さく息を飲む。スピカもバツが悪そうに流音の後ろに隠れ、場の空気が停止する。
「あ、そうだ」
流音は閃き、遠慮がちにお願いした。王都にいる間はスピカと一緒にいたい。ユラはあまり良い顔はしなかったが、最終的には許してくれた。
「極力ルノンの望みを叶えると約束しましたから」
ユラが優しく微笑むと、スピカが目を丸くして驚いていた。
翌日、流音はスピカの通う高等学塾にお邪魔していた。
都の隅、広い校庭がある平たい建物だった。
ユラはチェシャナに古の遺跡に呼び出され、打ち合わせに行ってしまった。ヴィヴィタもだ。今日はシークのみが一緒に来ている。
「レジェンディアの騎士様、握手してください!」
「喜んで、可憐なお嬢さん方」
シークは大人気だった。流音と同じ年頃の子どもたちに囲まれてちやほやされている。
いきなり押しかけて迷惑かと思ったが、塾の女性教師も爽やかな騎士の来訪に浮き足立っていた。
「先生。僕らは授業を見学しに来たので、そろそろ」
シークがそう言わなければ、いつまでも握手会が行われていただろう。
「はぁ、かったるい……これだからガキは」
「ちゃんと本性隠して、シークっ。みんなの夢を壊さないで!」
はいはい、と軽く微笑み、シークは教室の後ろの壁にもたれた。
流音はスピカの隣の席で授業を聞いた。生徒達は「騎士様に護衛されるあの子は何者なんだろう」とちらちら視線を投げてくる。そして今度はスピカにも好奇の目が向く。
スピカは恥ずかしそうにしつつも、流音に笑顔を見せてくれた。頼もしいの、と小さく口元が動く。
スピカに会えたことは元より、久しぶりの学校という空間に流音も嬉しくなった。
無性に勉強したくなる。元の世界にいたときも学校にはあまり通えなくてうずうずしたものだけど、今はそのときの比ではない。
先生の「この答えが分かる人ー」の問いに、たくさんの手が挙がる。とても積極的だ。
高等学塾は三学年あり、定員は一学年に五十人ほどだという。当然入塾テストがあり、ここにいる者はかなり学力の高い子どもたちということになる
――うーん。確かにこの雰囲気はスピカちゃんには合わないのかも。
スピカは答えが分かっていても、手を挙げるタイプではない。流音もどちらかと言えばそうだ。万が一間違えてしまったら恥ずかしいと考えてしまう。
話を聞いた限り、いじめはないらしい。ただスピカが女子の輪に入っていけないだけ。無視もされないし、グループで活動する時間は声をかけてもらえるという。優等生の集まりなのだ。下らないいじめなんてしない。
――きっとこの中にも読書大好きな子がいると思うんだけどな。
同じ趣味だと分かると一気に親近感が沸くものだ。
休み時間になったら面白い本の話題を他の子に聞いてみよう、と流音は決める。小学校での辛い経験を活かし、スピカを助けられたら本望だ。
「……ん?」
授業も終わりに近づいたとき、サイレンのような音が響き、窓ガラスが震えた。
てっきりチャイムかな、と思った流音の背筋に遅れて悪寒が走った。
――この気配!
流音は窓に張り付いて外を見た。他の生徒もなんだなんだと席を立つ。
「ははっ、すごいねぇ。あれが例の……?」
シークは唇を笑みの形に歪めたが、目は宙を射抜くように見つめていた。
王都モーナヴィスの上空に、一体の魔物が浮かんでいた。
黒豹のような体躯に漆黒の翼。濃厚な闇の気配。
竜でも天使でもない。獣だ。
古の魔物の一体――凶獣メリッサブル。
一目見て確信した。この闇の魔力は忘れられない。
――どうしてこんなところにいるの?
これから起こる恐ろしい出来事を予感し、流音は震え上がった。




