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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第七章

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54 ただいまモノリス

「紅茶でよろしいですか、お嬢様」


「え、えっと……ありがとうございます」


 流音は今、ヴィヴィタとヒルダと一緒にモノリス王国の王城の一室にいた。

 今頃ユラ、チェシャナ、グライ、シークと、モノリスの国王と官僚の方々が会談している。封印魔術に必要な魔沃石の提供をお願いするためだ。流音たちはこうして別室で待たせてもらっている。


 ――このワンピース、着る機会があってよかった……。


 ユラに買ってもらった黒いワンピースに身を包み、豪華な部屋でもてなされていると、まるでお姫様になったような気分になる。

 給仕を担当してくれた女性はしきりに流音に菓子を与えようとした。彼女の孫娘が生きていれば流音と同じくらいの歳だという。


「娘は王妃様にお仕えしていて、たいそう目をかけてもらっていたのです。でもあの日……あのクーデターの日、出産の休暇明けに孫を連れて挨拶に行ったきり……ごめんなさい、暗い話をしてしまって」


 ユラに話を聞いたときは実感が薄かったが、十年前の悲劇は今も人々の胸に生々しい痛みを残しているようだ。

 目元を押さえる女性にヒルダがそっと頷きを返す。


「お辛いでしょうね……でも、近いうちにその気持ちに報いてくれる方が現れます」


 ヒルダの瞳に神秘的な光が宿るのを見て、流音はどきりとした。今のは予言だろうか。女性も目をぱちぱちさせて驚いていた。



 ほどなくして、ユラ達が迎えに来た。

 成果は芳しくなかったとその顔が物語っていた。王様に話が通じなかったらしい。

 モノリスの秘宝を容易く渡せない、失敗して無駄になったらどう責任を取る、封印の強化などしなくても敵を討てば済む話だ、云々。


「本当に無能だな、あのおっさん! 秘宝を見せてすらくれなかったぜ! この非常事態に!もしかして秘宝を不正にどっかに横流してて、手元にないんじゃないか! ほら、ロッカ帝国辺りに唆されて――ぐえ!」


 チェシャナはグライに首をきゅっと絞められた。同盟国の七王に仕える騎士団長の前で、王様の悪口などもってのほか。今度言ったら牢にぶち込むそうだ。それをシークが素知らぬ顔で眺めていて、流音は何とも言えない気分になった。


「魔沃石、もらえそうにないの?」


「いえ、もう少し粘ってみることになりました。臣下の方が王様を説得して下さるようです。後日、また改めて交渉です」


 給仕の女性に礼を言って、流音たちは王城を後にした。






 しばらく王都モーナヴィスに滞在することになった。

 機嫌を損ねたチェシャナはヒルダに宥められながら出かけていき、シークはグライにいろいろと報告があるらしく騎士団の支部へ向かった。

 流音たちは治安の良い王都から出ないことを条件に、自由行動が許された。久しぶりに二人と一匹で過ごせる。

 宿屋で荷解きをした後、珍しくユラの方から提案してきた。


「俺たちも出かけますか? 観光したいのなら付き合います」


 流音は悩んだ。

 もちろんユラとヴィヴィタと一緒に都を歩きたい。この前来た時は全然見て回れなかったのだ。


「うーん、やっぱり今日はいい。ユラはずっと研究とか会談の準備で忙しかったでしょ? ゆっくり休んだ方がいいと思う」


「別に……これくらいなんともないです。遠慮しないで下さい」


「遠慮じゃない。久しぶりに人が多いところに出てきたから、わたしもちょっと疲れちゃったもん」


 こういう時間の使い方も贅沢でいいと思う。

 流音がソファに身を預けて脱力すると、ユラが同じように隣に腰かけた。ヴィヴィタはベッドの上で腹を見せてお昼寝を始めていた。城でカップケーキを抱えるように何個も食べていたから眠くなってしまったようだ。


「じゃあ今日は休息にあてましょう。ルノン、今更なことを聞きたいんですが、いいですか?」


「なに?」


 妙に改まった様子に流音はピンと背筋を伸ばした。また元の世界に帰す云々の話かもしれない。


「ルノンのことを教えてほしいんです。元の世界でどのように暮らしていたのか、どんな思い出があるのか、なんでもいいです」


 本当に今更な質問だった。この世界に来てからもう九か月以上経っている。

 流音は目をしばしばさせた。


「どうして? 何かの研究に役に立つの?」


「いえ、ただの興味です。俺はルノンのことをあまり知らないです。それがもったいないような気がして」


 どういう心境の変化があったのだろう。流音は不思議に思うのと同時に、ユラが自分に興味を持ってくれていることに舞い上がった。体がふわふわする。


「わかった。えっと……まず何を話せばいいかな?」


「そうですね。家族のことを聞いてもいいですか。確か、ルノンも片親でしたよね?」


「そうだよ。わたしのママは弁護士でね――」


 家族のこと、学校のこと、病気だったこと、便利なコンピュータや美味しい食べ物、元の世界の生活について流音は夢中で語る。

 ユラはぎこちなく相槌を打ちながらも熱心に耳を傾けてくれた。

 

「なかなかすごい世界ですね。窮屈な印象も受けますが、面白いです」


 その言葉が嬉しくて、つい「ユラがわたしの世界に来てくれたらいいのに」と思ってしまった。

 闇巣食いが治らなければ、魔力機関を壊して違う世界に逃げればいい。自分を封印なんかしないでほしい。

 ずっとそう思っていたけど、よくよく考えればその選択肢にユラが気づいていないはずがなかった。

 流音は雪山の秘密基地でこっそりチェシャナにそのことを尋ねた。


『あーダメダメ。私も死刑囚たちに許可とって実験してみたよ。闇に憑りつかれた魔力機関は壊せなかった。初期段階なら封じることはできたけど、長くはもちそうになかった。そんなもん抱えてよその世界に行ったらヤバいだろ。何が起こるか分からないんだぜ。最悪この世界以上に疫病神扱いされるって。古の魔物たちと同じ運命辿るぜ』


 ユラが日本にやってきて、不思議な現象を次々起こし、政府の偉い人に拘束されて連れて行く場面が頭に浮かんだ。戸籍も身分証もないのだ。流音の証言だけでは庇いきれない。


 だから、ユラに流音の世界に来てもらうことはできない。

 第一ヴィヴィタを置いていくことになる。それは可哀想だから絶対だめだ。


 それでもつい考えてしまう。

 ユラと離れずに済む方法を。

 自分でも未練がましいと呆れた。この世界に残らないと決めたはずなのに、夢を見るのを止められない。






 翌日は図書館へ行った。ユラは魔沃石について他に当てがないか調べるようだ。チェシャナ夫妻は封印の遺跡を見に行ったのでいない。


「シーク、いいの? あの司書のお姉さんに会わなくて」


「んー? いいんじゃない? 連絡取ってないしねぇ。元々彼氏持ちみたいだし」


 流音が軽蔑混じりの視線を送ると、シークはにっこりと笑顔を返した。罪悪感の持ち合わせはないようだ。

 ユラが専門書の書架に潜ったまま戻ってこないので、流音は翻訳魔術がかかった料理本などをぼんやり眺めて時間を潰した。護衛としてシークが隣に座っていたが、いつの間にか近くにいた女性と仲良くなってどこかに行ってしまった。呆れ果ててもう言葉もない。


「ヴィーたん、これ美味しそうじゃない? 鈴リンゴの煮込みバターパイだって。アップルパイってことかな?」


「美味しそう! おいら食べてみたい!」


「しーっ! 声おっきいよ」


 通りがかった人は苦笑していた。良かった。怒られるかと思った。

 流音が胸を撫で下ろした瞬間、どさり、と大きな物音が高い天井に響いた。抱えていた本を誰かが落としたようだ。


「ルノンちゃん、なの?」


 その声に流音も大きな音を立てて立ち上がった。まだ別れてたった数か月なのに、とても懐かしい気持ちなる。


「スピカちゃん? どうしてここ――」


 茶色の瞳から大粒の涙をこぼし、スピカが思い切り抱きついてきた。



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