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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第六章

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52 悲報と秘宝

 珍しく晴れた冬空の下、流音はユラと向かい合って手の平を合わせた。

 流音が魔力を渡し、ユラがそれを使う。


【せせらぐ光彩、跳ねよ】


 ユラが詠唱した瞬間、光と水の合成魔術が発動した。凄まじい勢いで熱湯が噴き出し、周囲の雪を溶かしていく。


「すごい威力……わたしのときと全然違う」


 しかしユラは物足りない様子だった。おそらく彼が一人で術式の構築から魔力の注入までこなせば、地面を抉るくらいの攻撃になるのだろう。


「とりあえず、ルノンの魔力を借りれば俺にもまだ光と水が使えるようですね。次は魔沃石を使って実験してみましょう」


 チェシャナの秘密基地で暮らし始めて二週間が経った。

 魔術球の研究に行き詰ったときは、息抜きを兼ねて一緒に魔術の訓練をしてくれる。久しぶりにユラに構ってもらえて流音は少し浮かれていた。


 ユラは青と白――水と光の魔沃石を取り出し、先ほどと同じ詠唱をした。また同じくらいの威力の熱湯が噴き出すものの、魔沃石はたった一度の魔術の行使で粉々に砕けてしまった。


「やはり持ちませんね。この辺りで拾った魔沃石の中でも、純度の高いものだったんですが。実戦で何度も使うにはやはりそれなりのものを買うしかありません。そうなると、破産しそうです」


「あんまり言いたくないけど……騎士団の経費で落としてもらう?」


「封印の魔術に関する費用はいくらでも捻出してもらえますが……俺個人の護身のために出してくれるとは思えません。ダメもとで交渉してみましょうか」

 

 雪をぎしぎしと踏み分けて、シークがやってきた。


「戦力になるようなら掛け合ってあげてもいいけど? 魔沃石由来の魔術なら、一応古の魔物に当たるんでしょ?」


「俺程度の魔術では、あの怪物には歯が立ちません」


「ないよりはマシさ。ところでバッドニュースだよ。〈魔性の喚き〉が東の大陸に現れた。封印の一つが破られて、凶獣メリッサブルが復活したってさ。他も時間の問題だね」


 シークは騎士団と連絡を取り、情報を仕入れていた。

 東の大陸に現れた黒竜デューアンサラトがその国の軍を蹴散らし、混乱している間に封印が解かれてしまったらしい。


「死者重傷者多数……おまけにその場にいた魔術師数人が闇巣食いになっちゃったらしいね」


 流音は愕然とした。

 それを薫がやったのかもしれないと思うと喉の奥が痛む。


 流音は時折薫のことを思い出しては、鬱々と悩んでいた。他人事とは思えないのだ。

 もしも家族から力のことで化け物扱いされ、ユラ以外の魔術師にこの世界に召喚され、〈魔性の喚き〉に攫われたら、流音も薫と同じことをするようになるのだろうか。

 あり得ないと思いつつも、完全に否定はできなかった。

 

 ――薫くんがやったことは許せない。でも、わたしに怒る資格があるのかな?


 何も知らない。何も分からない。

 似たような体質で生まれ、同じように異世界に召喚された身でありながら、薫の存在は遠すぎた。理解の外側にいる。ヒルダの言う通り、流音は恵まれていた。幸運だったのだ。

 薫があの夜どうして笑いながら泣いていたのか、その理由の見当もつかない。

 だから話を聞きたいと思っていた。共感はできなくても納得したかった。薫の人間性を信じたかった。

 

 しかしもう無理かもしれない。

 西の大陸の封印でも戦いになるだろう。グライが約束した書面でも、「薫を可能な限り捕える」とはあったが、古の魔物がやってきて手加減なんてできるはずがない。騎士団が負けて全滅させられたら元も子もないのだ。

 何より、また目の前でユラやみんなを傷つけられたら……。


 薫の死を目撃するかもしれないし、薫に自分や大切な人が殺されるかもしれない。 

 そんな悲しいことは嫌だった。考えるだけで怖い。仕方がないとは割り切れない。

 

 黙り込む流音に気づく様子もなく、シークがにやにやと告げた。

 

「このままじゃ闇巣食いの排斥団体が活気づくだろうねぇ。さっそく国内の闇巣食い狩りを始めた国もあるみたいだよ。古の魔物に魔力を与えるのは罪だってさ。レジェンディア同盟の七王の中にも、同調する王がちらほらといる。特にモノリスの無能王なんかは処刑がどうのこうのうるさいらしいし。……ユラはピンチだねぇ?」


 流音ははっと顔を上げた。


「まだ俺には利用価値があるはずです。だから大丈夫です。すみません、ルノン。そろそろ研究に戻ります」


 ユラは淡々としていたが、どこか焦っているようにも見えた。流音は黙ってその背中を見送り、今のところ何の役にも立てなさそうな自分を情けなく思った。






 そのまま時は流れ、年も明けた。

 一の月の半ばの時点では他の封印は死守されている。〈魔性の喚き〉の勢力が強まったことで、それまでいがみ合っていた者たちが力を合わせ始めたのだ。

 東の大陸では行方不明だった世界最強の魔女が封印の防衛に手を貸し、南の大陸では千年に一度現われるという勇者が力に目覚めて戦っているという。


 世界は広い。すごい人がたくさんいる。

 しかし感心しているばかりではいけない。


 西の大陸には何故かまだ攻撃がないが、楽観はできない。

 いつ黒竜が空に現れるかと、人々は戦々恐々としている。闇巣食いの立場も日に日に悪くなっていると聞く。

 たまに買い出しで近くの村に行くと、どこかの町に住む闇巣食いに人々が暴行を働いた、返り討ちに遭った、それが大きな排斥運動に繋がった、などと耳を塞ぎたくなるような話ばかりだった。


 流音は悪いニュースを聞いても、気持ちが引きずられないように努めた。ユラに暗い気持ちが伝染したらいけない。

 嫌な想像を振り切るために他愛のない話をして、無理にでも笑う。

 

 ある夜、連日の徹夜でユラがダウンしたため、一緒のベッドで眠ることになった。


「おやすみなさい」


 すでに意識のないユラに寄り添い、流音は眠りについた。暖房があっても冬の夜の寒さはどこからか忍び寄ってくる。

 だからだろうか。翌朝、流音はユラの腕にぎゅぅっと抱きしめられていた。

 どきどきで心臓が壊れるかと思ったが、しばらく大人しくしていることにした。気の抜けたような彼の寝顔を見ていたら、何だか嬉しくなってしまったのだ。

 やがて流音が隙を見て腕から逃れると、ユラはぬくもりを探すように寝返りを打った。その様子が可愛く思えて、しばらく頬が緩みっぱなしだった。



 大きな不安の中で小さな幸せを拾いながら、日々は過ぎていく。

 そしてついにある日、研究室の扉が開き、疲れ切ったユラが待ちわびた言葉を呟いた。


「できました……古の封印強化のための魔術球の術式が」


「だけど材料が全然足りないことが分かったぜ! 特に魔沃石!」


 チェシャナがやけくそ気味に叫んだ。

 術式の補助に用いるため、最高ランクの魔沃石が必要だった。お金の問題ではなく、存在自体が希少な種類でかつ純度の高い魔沃石。探すのは難儀だった。そんな質の良い天然の魔沃石は採りつくされているだろう。

 ならば、最高レベルの魔沃石職人を探し、人工ものを作ってもらうしかない。


「モノリス王家に問い合わせてみようか?」


 シークの言葉にユラが唸る。


「そうですね……歴代王が遺した秘宝の中に、もしかしたらぴったりのものがあるかもしれません」


「えっと……どういうこと? どうしてモノリスの王様が出てくるの?」


 首を傾げる流音にユラが丁寧に語って聞かせた。


 七百年前、戦争によって自然界の魔力が枯渇し、大地の荒廃は凄まじいものだった。

 国が興り、一晩のうちに消えていく。

 血が流れ、涙が流れ、命が流れていく。

 そんな無情な世を嘆いたある男が戦場に立った。

 その身を剣の前に晒し、命がけで兵士たちにこの戦いが続く無意味さを訴えたという。


 彼の姿に心を打たれたのは人ばかりではなかった。

 天から黄金の光が降り注ぎ、男を包み込んだ。

 それは闇の時代に地上を去った女神からの加護の光。

 男は女神に代わり、ひび割れた大地を魔力で潤した。その奇跡に人々は武器を捨て、歓声を上げたという。


「これが初代モノリス王の伝説です。女神の祝福を受けた彼の血族は特殊な魔力を持ち、非常に純度の高い魔沃石を自在に作ることができたと言います」


「まぁ、でもその由緒正しき王族は十年前にクーデターで根絶やしになっちゃったんだ。前の王様もダメダメだったけど、今の王様も考えなしの馬鹿だからモノリスの国民は気の毒だねぇ」


 クーデターの発端は、ロッカ帝国から亡命してきた女性が前王を骨抜きにしたことから始まる。その女性は帝国からのスパイだったらしい。何年にもわたって言葉巧みに王から同盟国の情報を聞き出し、国の弱体化を図っていった。

 使途不明金の数々、有能な文官の理不尽な左遷、兵団の解体……女が正妃の生んだ王子を毒殺した証拠が出てきたところで、ついに臣下達が怒り狂って立ち上がる。

 愚かな前王とスパイの女は追い詰められ、王宮に立てこもって火をつけた。そして他の王子や王女も巻き込み、モノリス王族の直系筋は途絶えてしまったという。

 悲劇だ。


「ですが、それこそがロッカ帝国の狙いだったのだとまことしやかにささやかれています。王家の遠縁だった現王が玉座の簒奪を目論み、ロッカ帝国と裏でつながり、モノリス王族の根絶を謀ったのです。いつも戦争の際は、モノリス王が魔沃石を無限に生成していましたから、帝国にとっては彼らの血が厄介だったのでしょう。亡命者の女性はスパイではなかったという説まであるそうですよ」


「その説は証拠がないから。僕はあの王様怪しいと思うんだけどさぁ」


 とにかく「すごい魔沃石」を作れる王族は一人も残っていないらしい。

 しかし物は残っている。歴代のモノリス王は戴冠式の際、必ず魔力の限りを尽くした宝玉を生成して自らの力を示す。その宝玉はモノリスの秘宝として、王城に大切に保管されているはずなのだ。

 有事の際「正義に従って使用するように」という初代国王からの言い伝えが残っている。まさに今、使うべきものである。


「えっと……そっか。七百年分あれば、一つくらいぴったりの魔沃石があるかも」


「はい。素直に出してくれればいいんですが。騎士団の脅迫……いえ、力添えに期待します」


「いやぁ、ユラや博士の弁舌次第でしょ」


 というわけで国王に直談判するため、モノリス王国への帰還が決まった。



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