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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第六章

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51 夢から覚めた後

 セミレイ山の地中にその秘密基地はあった。

 流音はぽかんと口を開けて、室内を見渡す。天井が流線型で、インテリアも見たことのない曲線を描いている。まるでUFOの内部に入り込んだような気分になった。近未来SFの映画に出てきそうな家だ。

 リビングの低い椅子に腰かけ、全員で軽く自己紹介した後、チェシャナ博士がしみじみと言った。


「いやぁ、ヤバかったんだぜ? ヒルダちゃんが見つけなかったらみんな凍えて死んでた。だから感謝な!」


 チェシャナは四十歳には見えない若々しい男性だった。二十代くらいの童顔である。白衣と丸い眼鏡はいかにも博士という出で立ちだったが、身振りが大きく、口調も軽い。偉い研究者というより、張り切りすぎて空回りする助手のよう。


 ヒルダちゃん、というのは彼の妻だ。こちらは妙齢の落ち着いた女性で、温かい飲み物を淹れてくれた。ユラとも初対面どころか、チェシャナが結婚していたことも知らなかったらしい。流音が転空者だと知ると、「あたしも転空者よ。十五年前にチェシャナのお師匠さんに召喚されたの」と目を細めた。

 魔術師と転空者の夫婦に流音は複雑な気持ちになった。時空を超えて結ばれるカップルもいるのだと知り、無性に落ち着かなくなった。


「えっと、助けてくれてありがとうございました。わたし達、どうなったんですか?」

 

 ユラもシークも寝起きで機嫌が悪いのか、どんよりとした空気を纏っていた。口を開きたがらない二人に代わって、流音がチェシャナに質問する。


「洞窟の奥に結晶があっただろ? あれ、ただの魔沃石じゃないんだよ。『面白い夢』を見せてくれる魔法の宝石なんだ。この山の精霊はめちゃくちゃ悪戯好きらしいぜ。ああいう罠が他にもいろいろあってさ、見つけ次第片っ端から壊してるんだけど、いつの間にか復活してるんだ。困ったもんだよなー」


 心が躍るような夢を見せられているものだから、人も魔物もなかなか目を覚まさない。流音たちも眠りについた夜から丸一日ずっと眠り続けていた。チェシャナ達に洞窟から運んでもらわなければ、凍死していただろう。

セミレイ山で遭難者が続出する謎が解けた。


 流音も素敵な夢を見た。言いたいことは言えたし、聞きたかった言葉も聞けた。

 涙が出るほど嬉しくて切ない夢だった。


「二人はどんな夢を見たの?」


 シークは疲れた様子で答えた。


「悪い夢じゃなかったんだけどね……詳しい内容はお嬢さんには話せないなぁ。刺激が強すぎると思うよ?」

 

「うん。じゃあいい。聞きたくない。わたしも人には言えない夢だった。ユラは……ううん、ユラもいい。大丈夫?」


 元からあまり血色の良くないユラの顔が今は真っ青に近かった。

 

「大丈夫です」


 ユラにじぃっと顔を見つめられ、流音は思わず顔を背ける。いつもの無味乾燥な視線とは違い、何らかの感情が宿っているような気がした。


 ――わたし、もしかしたらユラの夢の中で何かしちゃったのかな?


 自意識過剰だったら恥ずかしいので聞けない。流音は膝の上のヴィヴィタに助けを求めた。

 

「えっと、ヴィーたんは? どんな夢だったか聞いてもいい?」


「ルゥとユラと一緒に遊ぶ夢だった! 焼きイモ食べたり、かくれんぼしたり、雲の上でお昼寝した!」


「そっかぁ。今度現実でも一緒に遊ぼうね」


「わぁい!」


 流音の顔にほっぺをすりすりするヴィヴィタを、ユラが無言で捕まえて自分の肩に引き取った。謎の行動だ。ヴィヴィタも首を傾げている。


「んで? ユランザがお友達を連れて遊びに来てくれるなんてただ事じゃないよな。私に何か用?」


「……まさか知らないんですか? 古の魔物が復活したこと」


 チェシャナは弾けるように飛び上がり、奇声を上げた。シークが小声で「ウザ」と言ったのが聞こえた。


 あの日――薫が黒竜デューアンサラトとともに襲撃してきた日、流音たちの他にもその姿を目撃した人々はたくさんおり、神話の姿絵と酷似していることにも気づいた。

 古の魔物の復活は世界中に衝撃を与えた。

 しかし、各国の王たちが古の魔物の討伐もしくは封印を高らかに表明し、騎士団や魔術学会も二千年前の怪物に遅れは取らないと断言した。

 そのおかげで民衆は落ち着きを取り戻している。それでも新聞や雑誌には古の魔物の特集が組まれており、この話題を知らない者の方が圧倒的に少ない。

 ユラが丁寧に、シークが少々嫌味っぽく、現状について話した。


「なるほどなー。〈魔性の喚き〉……何をしたいのかは知らんが、古の魔物や転空者に目をつける辺り、侮れないぜ。危なかった。やっぱりヒルダちゃんの直感はあてになる」


「何を言っているんです?」


 チェシャナ曰く、妻のヒルダはときどき天啓を受信するらしい。

 流音たちが洞窟に倒れていることに気づいたのもその力のおかげだ。ヒルダは数年前から世界中で不穏な動きがあると不気味がった。チェシャナはその言葉を信じ、災厄に巻き込まれないように辺境の地を転々としていたという。

 結果的に、彼らの選択は正しかった。もしも町中に定住していたら、転空者のヒルダは〈魔性の喚き〉に攫われていたかもしれない。


「転空者は生まれた世界に魔力が薄いせいで、魔力機関が異常な発達をする。だから転空者は魔力総合値が高いってのは知ってるよな? 実は彼女たちの魔力は向こうの世界で“超能力”“霊感”“第六感”というものとして発揮されている。それがこちらの世界に渡ってくるときにさらに変質することがあるんだ。ヒルダちゃんは単純に力が強くなっちまったようだ」


 その言葉に流音とユラは顔を見合わせる。


「お? 身に覚えがあるのか?」


 ユラが詳しい経緯を説明し、流音がニーニャカードからキュリスを呼び出してみせると、チェシャナは感嘆の息を吐き、両手を広げて天井を仰いだ。


「素晴らしい! なんだこれは! 見たことのない事例だ!」


 好奇心でギラギラ輝く瞳は危うく、流音はすぐにキュリスをカードに戻した。解剖したいと言い出しそうで怖かったのだ。


「俺は騎士団からの要請で古の封印を強化することになりました。他にも聞きたいことは山ほどあります。あなたの知恵と知識を貸してください」


「あ、僕には古の魔物に対する博士の見解を教えてもらえます? 襲撃への対策を練らないといけないんで。グライ・ストラウス閣下からの命令です。てことで用が済むまでここに置いて下さい」


 ユラとシークの申し出に対し、チェシャナはノリノリで歓迎した。


「本来研究資料を無償で差し出したりしないんだけど、世界平和のためなら仕方ないよな! それに――」


 ちらりとチェシャナが流音を見た。嫌な予感がしたが、すかさずユラが庇ってくれた。


「ルノンをあなたのおもちゃにはさせません。彼女の同意なく危険な実験を強要したら……闇に葬ります」


「えー世界平和のためなのにー」


 こうして、雪山の秘密基地で過ごす日々が始まった。


 

 チェシャナの秘密基地は狭かったが、近くの洞窟と繋げて空間魔術で客室を二つ作り、ベッドなども魔術でちょいちょいと拵えていた。「これが普通だと思っちゃだめだよ」とシークに釘を刺された。ユラやチェシャナの魔術のレベルが高すぎるだけで、一般の魔術師にはこんな芸当はできない。

 部屋割りはシークが一人、流音とユラが共同で使うことになった。


「俺は昼にベッドだけ借りて寝ます。後はルノンの好きに使って下さい」


 その言葉には大いに安心したが、少し寂しくもあった。昼夜が逆転するということは、一緒に過ごす時間も減るということだ。一日の大半をチェシャナと研究室に籠って魔術に関する議論をしているのでなおらさらだ。 

 それに、この基地に来てからユラの様子がどこかおかしい。


「この顔が……面影は確かに……美化? ……神秘です」


 ユラは屈みこんで流音の顔を覗き、ぶつぶつとよく分からないことを呟く。

 いきなり手を流音の頭に伸ばしてきて、寸止めするということも何度かあった。本人曰く、髪に付いた糸くずや雪を取ろうとし、直前で躊躇ったらしい。


 ――殴られるのかと思った……ちょっと怖い。


 いつになく挙動不審なユラのことが流音は心配だった。水属性の魔術も使えなくなってしまったらしい。着々と闇巣食いが進行している。おかしな夢をみて調子を崩してしまったようだ。


 せめて美味しい料理を作って研究を応援しようと、流音はヒルダとともにキッチンに立つ。

 ヒルダは聞けば嫌な顔一つせずに何でも教えてくれた。だいぶ仲良くなってきたある日のお茶の時間、思い切って彼女の境遇について尋ねてみた。


「あたしたち、同じ世界から召喚されたようね。あなたはジャパニーズよね? あたしはアメリカ人。スクールカウンセラーをしていたの」


 小さな頃から人の感情に敏感で人付き合いに苦労した彼女は、同じく学校で居場所を見つけられない子どもたちの役に立ちたかったらしい。

 ヒルダは懐かしそうに目を細めた後、自嘲した。

 

「この世界で転空者のことを聞いたときはびっくりしたわ。生まれる世界を間違えて害をなす者……たしかにあたしの周りでは不幸な事件が異様に多かった。州の中でも極端に治安が悪い町だったし、心を病んだ子どもたちともたくさん話したわ」


 ヒルダは言う。

 もしかしたら、自分の魔力が彼らの精神に影響を与えていたのかもしれない。そう思ったら、もう元の世界には帰ろうとは思えなくなった。自分が召喚されていなくなった途端、みんなの心の病が治っていれば、変な疑いを持たれているかもしれない。それを知るのがたまらなく怖い。


「そんな……」

 

「まぁ、この世界でもチェシャナみたいな頭のおかしな変人と出会って、結婚までしてしまったから、これがあたしの宿命なのかもしれないけれど」


 ヒルダはくすりと笑う。 

 夫のことを悪く言いながらも、愛おしそうな口ぶりだった。


 ヒルダを召喚したのは老齢の女性魔術師だったという。初めて会ったとき、ヒルダは彼女が春を待たず命を落とすことを直感した。本人もそれを悟っており、最後の善行として転空者を救済したようだった。

 数か月後、やはり老女は病でこの世を去り、ヒルダは彼女の遺産を相続した。しかし知らない世界に一人残されて途方に暮れ、優しくしてくれた老女をこのときばかりは恨んだという。

 やがて師匠の弔いにやってきたチェシャナと出会い、研究に協力することと引き換えにこれからの生活を頼ることにした。


「変な人だってことは分かってたけど、悪い人じゃないってこともあたしには分かったもの。彼の研究のやり方はフェアじゃないし、モラルも欠如している。でもあたしは救われたわ。この災いめいた力を価値あるものとして見てくれた。ポジティブに捉えてくれた。だから離れがたくて……気づいたらプロポーズを受け入れていたわ。幸せな未来のビジョンが視えたもの」


 チェシャナはヒルダの「普通じゃない力を持っているのに、普通であろうとする姿」に惹かれたという。流音には難しくてよく分からない感情だった。


「チェシャナを愛して、陳腐な言い方かもしれないけど、世界が変わったわ。あたしの力もより強く、役に立つものになってきたような気がする。意識して使えば、その人の未来が手に取るように分かる……はずだったんだけど、ここ一年ほどはダメね。様々な要素が複雑に絡み合って、いくつもの未来が重なって視える。はっきりしたことは何も分からない……でも、あなたは」


 ヒルダの何もかもを見透かすような瞳に見つめられ、流音は背筋を伸ばした


「わたしに何か良くないことが……?」


「そうね。大きな波乱の中心にはあなたもいる。とても大きな悪意と、悲しい想いが渦巻いている」


 流音は息をのむ。


「でも大丈夫よ。ルノンは決して一人じゃない。誰かは分からないけど、あなたを支える人がいるわ」


 ユラの顔を思い浮かべてしまい、流音は赤面した。「そうだったらいいな」という希望と、「迷惑をかけちゃうのかな」という不安があった。

 ヒルダは柔和な笑みを見せ、何かを託すように流音の肩に触れた。


「力がなくたって分かるわ。あなたは仲間に恵まれている。みんなを惹きつけるものをあなたが持っているからよ。胸を張っていい。あなたなら、選び抜いた結末を後悔しないでしょう」


 


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