5 探検
流音は天井の凹みに鉤爪のついた棒を引っかける。ちなみに先ほど踏んづけて転んだ棒だ。
強く引っ張ると天井の一部がぱかっと外れ、縄梯子が落ちてきた。
ユラの家の屋根裏部屋へ続く入口だ。
ヴィヴィタは飛んで、先に穴の開いた天井裏に入っていった。
流音は縄の強度をしっかり確かめてから、慎重に梯子を登った。安定しない梯子を登るのは怖いものの、冒険心の方がずっと勝っていた。
「秘密基地みたい……」
ここは尖がった三角の屋根の内部だ。プリンと同じ形で、床と天井の面積が違う。流音は小柄なので、何とか立っても頭をぶつけずに済んだ。
「ここがルゥの部屋」
「良かった……お部屋があって」
狭くて殺風景だが、ないと思っていたものがあった喜びで流音は気にならなかった。
小さな窓を開けて換気をする。天井には電球らしきものがあり、触ったら中の石がぼうっと光り出した。もう一度触ると消える。
ベッド――というよりもクッションを引きつめた台に腰かける。他の家具は何もない。木の箱がいくつか積んであるだけだ。
「ルゥが小さい子で良かった。ユラも心配してた。もし呼び出した人間が大きかったら、どこで寝てもらいましょうって」
ヴィヴィタ曰く、ユラは自分と同じ魔力を探しただけで、その持ち主の年齢も性別も体格も考慮しなかったらしい。
「そう言えば、会ったとき『女の子は予想外』だって驚いてた」
「同じ波形の魔力の人は自分の鏡。ユラとルゥは全然似てない。おいらもびっくり」
ドッペルゲンガーみたいなものだろうか。
それなら確かに流音の登場には驚くだろう。
「ねぇ、ヴィーたん。あのユラって人は、どういう人なの?」
「どういう?」
流音は今までの経験上、誰かの悪口は言いたくなかった。しかしどうしても不安で、ついヴィヴィタに尋ねていた。
「悪い人なの?」
「分かんない。人間の基準、難しい」
即答だった。
「でもね、おいらはユラのこと好き!」
「どういうところが好き?」
「分かんない!」
ヴィヴィタはあっけらかんと答えた。
全く情報収集にならなかった。
――動物(?)に好かれるなら、そんなに悪い人じゃないのかな……?
流音はますます分からなくなってしまった。
ヴィヴィタに手伝ってもらい、荷物を屋根裏部屋に運び込む。見た目に似合わず彼は力持ちだった。さすがドラゴン。
「ここがトイレでゴミ捨て場!」
その後は家の周りを案内してくれた。
トイレは家の裏手にあった。簡素な小屋の中に魔法陣が書いてあり、その中央に直径三十センチほどの穴が開いている。
水洗トイレ以外知らない流音は、恐る恐る穴を覗き込む。黒い煙のようなものが蠢いていて底が見えない。臭いはなかった。
「これは闇の高等魔術。ここに落ちたものは転送されて森の肥料になる」
「え……なんかちょっとヤダ。恥ずかしい」
「大丈夫。分解されて大地の深いところに行く」
「それなら……エコなのかな」
試しに小石を落としてみた。どれだけ待っても何かにぶつかる音はしない。
流音はぞっとして、絶対に落ちないよう気をつけると誓う。
扉もしっかり閉める。森の動物が入り込んで落ちたら申し訳ない。
「ここはお風呂!」
家から一分ほど歩いた場所に、温泉が湧いていた。
これは素直に嬉しい。乳白色の湯はさらさらしており、良い匂いがした。
「でも、丸見えだよね……」
岩に囲まれた露天風呂だった。脱衣所もない。これは困った。
「ユラとおいらと、きれい好きな森の魔物しか使わないから」
「森の魔物!?」
「いっぱいいる」
「……凶暴?」
「ううん。大人しくなった」
「どうして過去形で言うの?」
ヴィヴィタは胸を張って答えた。
「おいらとユラが引っ越してきてから、悪さを控えるようになった。怖いんだって。ルゥも大丈夫。おいらの友達に手を出すなって言っとく!」
「ヴィーたん、頼もしい……」
お礼にヴィヴィタをだっこして撫でながら歩いた。手乗りサイズのドラゴンとはすっかり仲良しだ。彼がいなければ、流音はホームシックとこれからの生活への不安で泣き崩れていた。
ちなみにヴィヴィタはオスで、年齢は百歳くらいだという。見た目や口調と実年齢の差に流音は驚いたが、ドラゴンの平均寿命は二千歳くらいだと聞いて納得した。精神的にまだ子どもでもおかしくない。
他にも飲み水が汲める泉や洗濯ができる川に案内してもらった。人間でも食べられる果実の木もあって、ちょっと収穫もしてみた。
魔物には遭遇せず、流音は散策を終えて無事に家に戻る。
いつの間にか日が傾き、青紫の空にピンクの夕焼けが広がっていた。
「うぅ、お腹減った……あの人、まだ起きないの?」
「ユラはあんまり寝ない分、一度寝るとずぅっと起きない」
「無理に起こしちゃダメ?」
「やめた方が良い。寝起きに反撃するクセがたまに出る。八つ裂き」
それは怖い。どういうクセだろう。
仕方ないので流音はヴィヴィタと一緒に果物を頬張った。オレンジに似た味、桃に似た味、いろいろあった。甘い果汁が口いっぱいに広がって美味しい。
「もしかして、いつもこんな感じ?」
「うん。ユラはおいらがいないと食べるのも忘れる」
「えっと……ドラゴンにお世話してもらってるの?」
ヴィヴィタはペットではないのだろうし、この世界の常識は分からない。それでも流音の基準では、人間がご飯を用意するのが普通に思えた。
――ダメ人間の予感がする。
母が口を酸っぱくして言っていた。尽くさせる系の男には注意しなさい、絶対に紳士じゃないから、と。
その意味が少し分かった気がした。
流音はますますユラへの評価を下げた。
「ヴィーたんはそれでいいの?」
「おいら、平気。それに食べたいときに森で食べるのも好き」
何を、と聞く勇気はまだなかった。ドラゴンが草食とは思えない。
日が完全に暮れ、夜になってから「明るいうちにお風呂に入ればよかった」と後悔した。
森は暗闇に包まれ、一歩先の足元さえ見えない。
何かの遠吠えが聞こえたことで潔く入浴を諦め、流音は屋根裏部屋に上がる。ヴィヴィタもついてきた。
「そうだ。荷物の確認しよう」
「ルゥ、なに持ってる?」
流音はカバンの中を漁る。その中でもこの世界でも使えそうなものをベッドの上に並べた。
筆記用具、ポーチ、体操服、裁縫箱、リコーダー、お道具箱、そして七枚のカード。