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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第六章

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49/98

49 夢の中なら

※やや残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。

 レジェンディア同盟領土の最北に位置するグークー王国は、国土の八割を山地で占められている。

 グークーの民は軽々しく自然を開拓しない。ただでさえ少ない食料を奪い合っている魔物を刺激しないためと、手つかずの大自然から純度の高い魔沃石を生成するためだ。グークーは自然由来の魔沃石の原産国として有名だった。


 流音はセミレイ山の麓で白い息を吐いた。

 冬景色は白く寂しいものだと思っていたが、視界は随分と鮮やかだった。


 薄紫の空の下ではオーロラの羽衣を纏った鶴の群れが旋回している。あの魔物のせいでヴィヴィタに乗って捜索することができなかった。

 少し目線を下げると、魔沃石が木の枝に鈴なりにぶらさがり、魔力を帯びてカラフルに点滅している。まるでクリスマスツリーのようだ。


 ――トナカイもいるし……本当にクリスマスみたい。


 流音は現実逃避しそうになる心を叱咤激励して駆け出した。

 鈍色の角を振り回すトナカイ、電撃を放つ白い狼、浮遊する凍った魚の群れなど、バラエティ豊かな魔物たちに追い立てられているのだ。

 

 飛びかかってくる魔物たちはシークの剣に引き裂かれ、あるいはユラの操る闇の蠢きに飲み込まれていった。雪が赤く染まり、鉄錆の匂いが辺りに広がっていく。

 口と鼻を覆い、流音は二人に守られながら先に進む。一応杖を構え、覚えたての攻撃魔術の準備はしていたが、出番はなさそうだった。ヴィヴィタが流音の肩に止まり、周囲を威嚇してくれている。いざとなればキュリスも出てきてくれるだろう。


 チェシャナ・マーチ博士を探す道中、行商人から彼らしき人物に干し肉を売ったと聞いた。それから数日の間は目撃現場付近の村々を回り、懸命な聞き込みの結果、チェシャナは魔物の巣窟となっているセミレイ山にいるらしいことが分かった。

 その山は地元の人間でもめったに足を踏み入れない危険な場所だった。


「魔物も危険だが、それだけじゃない。あの山には特別な力があるんだ。昔っから遭難者が後を絶たない。一度遭難して救出された者でさえ、数日後にはまた山に登って行方知れずになる。気をつけろよ」


 地図をくれた村人の忠告である。

 流音を連れて行くかユラは迷っていたが、離れていても結局心配だという結論に至ったらしい。絶対に勝手に動かないことを約束し、万が一はぐれた場合のときのことを散々確認して、一緒に入山することとなった。


「うーん、思った以上にきつくない? 数が多すぎて面倒になってきた」


「こういう刺激を求めていたんじゃないんですか?」


「弱い魔物を狩り尽くしてもねぇ。現実問題、僕らの魔力だって無限じゃないんだ。このままじゃジリ貧だよ」


「……そうですね。何とかします」


 ユラが術式の構築のために動きを止めた途端、シークの剣が鋭さを増し、魔物たちの相手を一気に引き受ける。一言の相談もない連携は、何年も一緒に戦ってきたかのようだった。


 ――よし! わたしだって!


 流音は杖を構え、術式に魔力を注ぎ込む。少しでも力になりたい。


【せせらぐ光彩、跳ねよ】


 光と水の合成魔術が発動し、杖の先から熱湯がシャワーのように噴き出した。飛びかかってきた巨大な白いクラゲが慌てて飛び退く。この土地の魔物は熱に弱いのだ。

「どう?」と目線で尋ねると、ユラが小さく頷いた。よくできました、と言われたような気がして流音は嬉しくなった。


【親愛なる闇よ、応えよ。飢えた獣に甘き血の恵みを】


 ユラが呪文を唱えると、後方にどさりと何かが落ち、追いかけていた魔物たちが一斉に進行方向を変えた。気になって振り返ろうとした流音をユラが止める。


「見ない方がいいですよ。とってもグロテスクです」


「……え、何したの?」


「闇に捕えた魔物に俺の魔力で濃厚な味付けをして放ちました。共食いを誘ったのです。これでしばらく俺たちには見向きもしないでしょう」


 生々しい音が背後から聞こえてきて、流音は心の底から震え上がった。


「いやぁ、やることがエグイよね。さすが元野生児」


「生き残るための知恵です」


 魔物の足音が遠いうちに、三人と一匹は先に進んだ。






 朝から山を歩き回って人の痕跡を探したが、手がかりは得られなかった。

流音はモコモコマフラーに顔を埋める。昼を過ぎ、風が強くなってきた。

 元の世界にいた頃、冬場はほとんど外出しなかったので最初の内は新鮮だったが、数時間経つと好奇心よりも寒さの方が勝ってくる。

 今にも雪が降り出しそうな空に流音は不安になる。すぐに見つかるとは思っていなかったが、この山が最後の手がかりということでプレッシャーがあった。

 封印魔術の開発を進めるよりも、ユラはチェシャナを探すことに時間を割いた。博士の知識を借りることが最も近道らしいのだ。


「ユラの魔力感知でも見つからないの? チェシャナさんとは会ったことあるんでしょ?」


「魔力感知で特定の人を探すには、その人の魔力が宿ったものが必要です。ルノンを探すときは、俺の魔力の波長を元にすればいいから楽ですけど……ルノンも他人の匂いや声なんかをいちいち覚えていないでしょう?」


「う、うん……身近な人じゃないと自信ないかも」


 この世界では人間も魔物も精霊も自然物質も、全て魔力を持っている。やみくもに魔力感知して、どれがチェシャナのものか判別できない。魔力の不自然な流れを辿ることはできるが、それも今は感じ取れないという。


「博士が闇巣食いなら、騎士団秘伝の魔力感知で探せるんだけどねぇ。まぁ、最近は魔力をかき消すような術具も開発されてるようだから無駄かな。いっそ向こうが大規模な魔術を使ってくれれば探しやすくなるのに。てか、博士はこんなところで何してるんだよ」


 微笑みこそ絶やさないものの、シークは苛立っているようだった。雪景色に飽きたのかもしれない。

 細かい雪がさらさらと空から降ってきた。一度村に戻るか、ここまで来たのだからビバークして天候の回復を待つか、ユラとシークが相談を始める。


「ユラー、向こうに洞窟あった!」


 上空から周囲を探っていたヴィヴィタの案内で、一行は洞窟に足を踏み入れた。人の気配はない。

 外の吹雪が遮られる分、中は少し温かく感じた。魔術で火の玉を浮かべて奥を調べたが、五十歩ほどで行き止まりだった。

 奥には濁ったピンク色の結晶がたけのこのように生えていた。ほのかに発光し、幻想的な光景だった。


「これも魔沃石なの?」


「広義の意味ではそうですけど、純度が低くて実用向きではありませんね。魔力が淀んでいます」


 魔沃石は魔力の結晶で、この世界では電池のような役割をしている。自然界で凝縮して生まれる天然のものと、魔力純度の高い魔沃石職人が生成する人工のものがある。

 ここにあるのは魔力が薄く、属性も入り混じったクズ石だとユラは言う。


「でも、綺麗。少しもらってもいいかな」


 地面に転がっていた飴玉くらいの欠片を拾う。旅の記念に持っていきたかった。


「そんな石ころなんかより、ちゃんとした宝石買ってもらいなよ、お嬢さん。恋人のおねだりを叶えられるくらい良い男を捕まえてさ」


「何を言ってるんですか。ルノンに恋人なんてまだ早いです」


 ユラのむっとした表情を見て、流音は複雑な気分になった。シークの言葉に同意されるよりはマシだが、あからさまに子ども扱いされるのも不満だ。


「はは、陰気なお子様だったユラには分からないだろうけどねぇ、十二歳なら彼氏の一人や二人いたっておかしくないんだよ。お嬢さんくらい大人びてるならなおさら」


「……そうなんですか?」


「わ、わたしはいないよ。いたこともない……」


 流音は「余計なことを言うな」と暗に睨み付けるが、シークは面白がって続けた。


「そりゃ残念だねぇ。もしも僕とお嬢さんの歳が近ければ、絶対口説き落としてるのに……ユラだって同い年くらいだったらお嬢さんと付き合いたいと思わない?」


 心の中で悲鳴を上げる。なんてことを聞くのだろう。信じられない。

 ユラは小さく息を吐いた。

 

「俺はそういう仮定の話は嫌いです」


 今度はシークが大げさにため息を吐いた。


「つまんない奴。……相変わらず、夢を見るのを怖がってるんだ?」


「怖いわけではありません。もしも孤児じゃなかったら、闇巣食いでなかったら、と想像してみても後で虚しくなるだけです。過去に想いをはせるよりも、俺は未来を見ます。俺とルノンの歳の差は永遠に変わりませんから、考えても無駄です」


 それきりその話は打ち切りになり、洞窟で天候の回復を待つことになった。

 流音は拾った石を弄び、たき火に当たりながら、ユラが無駄と断じた想像に耽っていた。


 ――もしも同い年だったら、どうなってたんだろう。


 ユラに好きになってもらえただろうか。分からない。だけどもし両想いになれば、元の世界に帰りたくなくなるかもしれない。そうしたらこの世界でずっと一緒に暮らしていくことになる。

 それはとても魅力的な未来だった。


 ――考えちゃダメ……。


 元の世界での生活を捨てれば、深く後悔するだろう。その状態でユラと一緒にいても、お互い辛くなるに違いない。

 ユラはずっと流音の身を案じて、元の世界に帰そうと考えてくれている。

 その気持ちだけもらって、大切にして、元の世界に持っていく。

 そして流音もユラへの恋心を封じ込めたまま、彼の役に立って自己満足して帰る。それがもっとも綺麗な形だと思う。

 告白しても仕方がないし、どうせ断られると分かっているから言わない。ユラを困らせるようなことはしたくない。


 ――ユラの言ったとおりだね。考えると虚しい……。


 結局吹雪は止まず、洞窟内で一夜を明かすことになった。数日分の食料や野宿の準備もしてあったので問題はない。

 実は野宿は生まれて初めてだったが、魔術を駆使して植物のベッドを作ってもらったし、一日の疲れもあって流音はすぐに眠ってしまった。

 

 その夜、素敵な夢を見た。

 十二歳のユラと仲良く一緒に魔術学院に通うのだ。

 目覚めたら泣いてしまうかもしれないと思いつつも、幼いユラと楽しく過ごした。

 夢の中なら素直になれた。

 言いたいことを言ってもいいと、思っていた。



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