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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第六章

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48 買い物と誉め言葉

 とある町の宿屋の一室で流音はニーニャカードを取り出した。


【ニーニャの守護者よ、お出ましください】


 流音が恐る恐る呪文を唱えると、〈薔薇〉のカードから小さなキュリスが姿を現した。上手くいって安堵の息を吐く。


「キュリス、体はどう? 変な感じしない?」


「うむ。だいぶ慣れてきた。今使える力は精霊姫だった頃より格段に落ちるが、なかなか悪くない。自由に移動できるのが嬉しいのう」


 ふわりと浮かび、流音の肩にちょこんと腰かけた。キュリスからほのかに水薔薇の良い香りがして心が和む。


 キュリスはニーニャカードの守護者になった、らしい。

 流音の魔力が全快したときに再び姿を現し、そう教えてくれた。


「命絶えるときに流音の魔法に呼応し、吸収されて組み込まれたのじゃ。その辺りの仕組みはわらわにも分からぬ」


「魔法? えっと……魔力や魔術じゃなくて?」


「左様。この力は、魔物や精霊が使う固有の能力に近いものじゃからな」


 流音は考え込む。

 ヴィヴィタのブレスや、精霊姫のキュリスが水を操る力は魔法に分類される。生まれつき持っている能力で、術式などを意識せずに使用できる。自属性の魔力操作もそれに近い。命の危機に自分の意志とは関係なく発動することがあるからだ。


「どうしてそんなことが起こったのかな? ニーニャカード自体に何か不思議な力があるの?」


「さぁ、どうじゃろう。流音が異世界の子というのが関係あるかもしれんのう。この世界の理とは少し勝手が違うような気がする」


「んー?」

 

 今のキュリスは流音の魔力をエネルギーに動いている。頑張れば元のサイズの大きさにもなれるらしいが、その代わり流音の魔力が足りなくて倒れてしまう。よって省エネモードで姿を現しているという。

 本当に不思議だった。

 元は赤い薔薇がモチーフのカードだったのが、キュリスを吸収して水色の薔薇のカードになってしまった。それも謎だ。


 ユラにも相談したが、やはり答えは出なかった。

 流音と同じ波形の魔力を持つユラでも、キュリスに魔力を与えることはできない。

 それくらいしか分からなかった。


「他の六枚にも変化があれば法則が分かるかもしれませんね。気になりますが、今は様子を見ましょう。悪い感じはしないのでしょう?」


 流音は深く頷いた。キュリスがそばにいてくれると心強いし、いざというとき、例えばまた黒竜デューアンサラトに襲われたとき、今度は反撃できるかもしれない。森や水薔薇を燃やされた恨みがあるからか、キュリス本人がやる気満々なのだ。

 流音は協力に礼を言いつつも少しだけひっかかっていた。


「ねぇ、元の精霊に戻る方法ってないのかな? だって、わたしが元の世界に帰るときは魔力機関を封印するか壊しちゃうんでしょ? そうなったら、キュリスは」


 流音の懸念はユラとキュリスに一蹴された。


「ルノンが帰るせいでキュリスローザが死ぬわけではありません。これ以上元の世界に帰りにくくなるような問題を抱えないで下さい」


「そうじゃな。そもそもわらわは既に死んでおる。天地に還るべきところを、ルノンが心配でほんの少し留まっておるだけなのじゃ。気にするのはおよし」


 すんなりと受け入れることはできないものの、流音はとりあえず頷いておいた。ニーニャカードについて分かれば、何とかする方法も見つかるかもしれない。




 

 古の封印の確認を終え、次は古の神話や闇巣食いの専門家を探しに行くことになった。

 マテリアル魔術高等学会の名誉顧問チェシャナ・マーチ。

 かつてユラを含む数多くの闇巣食いを軟禁したものの、その症状についての革新的な論文を発表した研究者である。

 相当な変人で各地を転々としており、こちらから連絡を取ることはできない。


『奴は人の多いところには住まない。魔物の群れをかき分けて探すんだな。最後に連絡があったのは三か月ほど前だ。運が良ければまだその辺りにいるだろう』

  

 古い友人だというグライの証言を参考に、目指すは大陸の北の端、レジェンディア同盟国の一つ、グークー王国の辺境。


 ……に行く前に、サイカの繁華街で買い物をすることになった。

 この世界で初めて迎える冬に備えなければならない。流音は防寒具を一つも持っていなかった。


「おお、なんとかわゆい。なんじゃこれは」


「シュシュだ。髪を縛ってもいいし、手首に付けても可愛いよね。でも……今はいいや」


 髪にはお気に入りのリボン、手首には友情の証のミサンガ、おまけに首からダイヤモンドよりも高価なコンパクトを下げている。アクセサリーをする余地はない。しかし雑貨屋の中を見て回るだけで楽しかった。キュリスが一緒ならなおさらだ。

 初めての人間の世界にキュリスは興奮気味に動き回っていたが、周囲からの視線は特に気にならなかった。本来人前に姿を現さない精霊ではなく、使い魔として契約した魔物だと思われるようだ。


「あ、見て、カメさんのポーチ。甲羅が取れるよ!」


「なんと……カメモリに目つきがそっくりじゃ。懐かしいのう」


「えっと、誰?」


「……ルノン。マフラーと手袋を買うんじゃなかったんですか」


 ユラの冷たい視線で当初の目的を思い出し、慌ててベージュのマフラーを手に取る。目についた一番可愛いものだ。


「わ、何これ。モコモコですっごく温かい」


 触れただけでマフラー自体がじんわりと熱を持ち始めた。


「ボムヒートウール……自然界の魔力を食べる羊の魔物の毛を使っているようです。体温を一定に保つ効果があります。多少値段は張りますが」


「そうなの? うーん、じゃあ普通のでも」


「いえ、すみません。ルノンの好きなものを買ってください。旅立つ前に本を何冊か売ってきたので大丈夫です」


 ユラの声はわずかに震えていた。


「わらわもこれが一番かわゆいと思う。下手な遠慮は男の顔を潰すことになるぞ」


「おいらもこれがいい! モコモコ好き!」


 キュリスとヴィヴィタに後押しされ、流音は困ってしまった。来年の冬には元の世界に帰っているかもしれないし、あまり高いものを買うのは無駄になる。マフラー一つでユラの懐を寂しくしてしまうのも悪い。


「……これにしときな。グークーに行ったらこの値段でこんな良いもの買えないよ。お嬢さんによく似合ってるしね。手袋も同じメーカーでいい?」


 シークが有無を言わさぬ微笑みを浮かべ、あっという間にマフラーと手袋を購入してしまった。

 彼の心中を邪推するに、買い物に付き合うのが面倒で、さっさと終わらせようとしているだけだろう。お金よりも時間を惜しむタイプに違いない。


「ありがとう、シーク……」


「お礼はいらないよ。経費として落とすから」

 

 流音は青ざめた。騎士団の資金のほとんどが国民の税金で賄われている。いいのだろうか。多分良くないが、もう店を出てしまった。いっそう世界平和のために頑張ろうと誓う流音だった。





 

「わぁ……」


 冬服を買い揃える中、流音はあるショーウィンドウの前で足を止めた。

 プリンセスラインの黒いワンピースだ。全体的に落ち着いたデザインだが、裾に花の刺繍がしてあり、一枚に可愛らしさと大人っぽさが同居している。

 ものすごく好みだった。元の世界なら母にねだるだろう。お小遣い三か月分くらいなら我慢する。


 立ち止まった流音をユラが振り返った。前にもこんなことがあったな、とぼんやり思い出す。


「わ、分かってる。見てるだけ。こんな余所行きのお洋服、もう着る機会ないだろうし」


「気に入ったなら試着してみたらどうですか」


「え!?」


「一着くらい町を歩く服も必要でしょう」


 キュリスやヴィヴィタに背中を押され、あれよあれよと言う間に店に入った。

 試着室の中でワンピースに着替え、鏡の前に立つ。悪くない、と自分では思う。

 ドキドキしながら流音はカーテンを開けた。


「ど、どうかな? 変じゃない?」


 期待を込めてユラをじっと見つめる。

 買ってほしいからではない。言ってほしい言葉があるからだ。


「どこも変なところはありません。サイズもぴったりのようです」


 いつもの無表情、いつもの抑揚のない声が返ってきた。

 流音は曖昧に笑いつつも、がっくりと項垂れる。問いかける言葉を間違えた。


「……そこであくびを堪えている優男よ。このどうしようもない闇の坊やに手本を見せてくれんかのう」


「仕方ないなぁ。確かに目に余る」


 キュリスが盛大なため息を吐くと、シークがやれやれと流音の前に躍り出た。

 そしてその場に跪き、流音の手を取って甘い笑顔を浮かべる。


「とっても似合っているよ、お嬢さん。いつも可愛いけどさらに大人っぽくて素敵に見える。どうかその服を着て初めて出かける日、一緒に過ごす栄誉を僕に」


 遠くで女性店員たちが黄色い悲鳴を上げた。ここでうっとりシークを見つめ返すのが正しい反応なのだろう。しかし流音の背筋にはぞわっと悪寒が走り、思わず手を振り払っていた。


「うわ、傷つくなぁ」


「心にもないことを言われた気がして、なんか嫌だったんだもん」


「ふむ。最後の誘い文句はいらんが、娘子への褒め言葉としては上々じゃ。……分かったかえ? 闇の坊や」


 一連のやり取りの中、ユラの顔にはずっと「不可解」と書いてあった。


「主観的な感想を言えということでしょうか。しかし俺には女性の服の良し悪しは分かりません」

 

 予想通りで期待外れの答えだった。

 キュリスは憤慨し、シークは呆れる。これ以上この手のやり取りをしているとさすがにユラへの気持ちがばれてしまうかもしれない。


「も、もういいから。ユラ、この服本当に買っていいの? すごく気に入ったんだけど……」


 ユラは目を細め、優しく笑った。


「はい。ルノンが好きな服を着て、幸せそうにしていてくれたら俺も嬉しいです。そのための出費なら惜しくありません」


 思わぬ一撃に流音は心臓を押さえた。きゅんきゅんして痛い。


「そ、そう。ありがとう」


「ルゥ、顔熱い。大丈夫?」


 ヴィヴィタのひんやりとした体に頬を寄せ、熱を冷ます。防寒具なんて必要ないような気がしてきた。


 ――この旅、大丈夫かな。


 最近のユラは優しすぎる。いろんな意味で心臓が持たないかもしれない。

 流音は幸せと早まる鼓動を感じて目を閉じた。





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