表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/98

47 騎士との密談

【我が剣に冷厳なる光の祝福を】


 流れるように淡々と、それでいて冴え冴えとした戦いの舞に流音は息を飲む。

 鋭利な刃を翻し、洗練された動作で獲物を刈り取っていく。

 ケテル一座の剣舞とは違う、命がけの剣戟。


「これで最後!」


 シークが振り向きざまに薙ぎ払った。

 剣が白い光の刃を放ち、襲い掛かってきた魔物たちを一気に両断する。剣に魔力を凝縮して放出するのは“魔術剣士”ならではの戦い方だという。

 地面には大小様々な魔物の死体が折り重なって山になっていたが、最後の一体が倒れ伏した瞬間、それらは煙のように消えた。

 シークvs魔術で作られた疑似魔物百体の模擬戦は、シークの圧勝で終わった。十分もかかっていない上にほぼ無傷。乱れていた呼吸も一息で整えて微笑んで見せた。


「……仕方がありません。彼の同行を認めます」


 忌々しげにユラがため息を吐いた。



 事の発端は、旅の護衛兼見張り役に騎士団からシークが選ばれたことだった。ちなみに立候補らしい。本人曰く、「封印や臆病な王族の警護より好き勝手できそうだから」とのこと。

 ユラは猛反発した。


「人選の見直しを要求します。俺より弱い人に護衛が務まるとは思えません」


「はぁ? 何言ってるのかな、この闇巣食いは。僕より強いつもりなんだ?」


「学生時代、決闘自体は引き分けましたが、怪我はきみの方がひどかったです」


「そっちはあとちょっとでご自慢の脳みそが使い物にならなくなるところだったでしょ?」


 目元の傷を指差され、ユラは不機嫌そうにそっぽを向いた。

 レイア曰く、シークは騎士団の中でも相当の手練れらしい。切り込み隊長的役割をこなし、戦闘においては一人で十人分の仕事はする。

 流音としては、十人の騎士に護衛されるくらいならシーク一人の方が良かった。それに「これを機にユラと仲直りできるかも」という打算もあって賛成したのだが、それが良くなかった。 


「ほら、お嬢さんは僕が良いって。やっぱり陰気でケチな闇巣食いより、爽やかで気前のいいお兄さんが好きだよねぇ?」


「お兄さん……ぬけぬけと。きみのような男がそばにいるとルノンの教育に悪いです。エセ貴族の色欲魔」


「はは、お前が言うなって。ノンデリカシーのサイコパスが」


 冷たく淡々とした口調のユラと、にこやかに毒を吐くシークの耳を塞ぎたくなるような口論が始まり、レイアの鉄拳制裁による痛み分けで終わった。

 最終的にシークが模擬戦でユラを納得させる実力を示したため、一緒に旅立つことが決まった。


 ユラのように臨機応変に術式を構築できる魔術師は希少だが、その分、魔術の発動までにタイムラグが発生する。戦闘にはあまり向かないという。

 一方シークは戦闘用の術式を練り上げており、瞬時に発動できるように訓練している。模擬戦により俊敏な魔物の群れに囲まれても対応できることを証明した。

 自分の苦手を補えるのだから、ユラはシークを認めざるを得ないようだ。


「騎士団に入ってだいぶ腕を上げていますね。今決闘したら、開始と同時に首をはねられそうです」


 面白くなさそうな声。ユラの機嫌がどんどん悪くなる。

 闇巣食いは悪感情で症状が進む。シークの同行はユラの精神に良くない。流音は今更それに気づいたが、やっぱりやめようとは言い出せなくなってしまった。






 季節は秋になり、暦は十の月に突入した。

 流音の体力と魔力が回復し、ついに旅立ちの日を迎えた。

 まずはサイカ王国内にある毒花グラビュリアの封印遺跡へ向かい、現在の封印の状態を確認する。

 数週間お世話になったモノリス支部の面々に別れを告げ、流音たちは建物の入り口に集まった。

 ヴィヴィタが元の大きさに戻ろうとするのをシークが止めた。


「んあ? おいらに乗ってかないの?」


「時間は節約しなきゃ。ドラゴンで国境越えるのって手続き面倒だし。ここは手っ取り早く、騎士団の秘密道具を使おう」


 シークが取り出したのは意匠を凝らしたコンパクト――手鏡だった。よく見ると蓋の部分の飾りが魔術円になっている。

 ユラが術式を読んで息を飲んだ。


「それは……まさか転移の鏡ですか? 使用許可が下りたんですか?」


「まぁね。じゃあ行くよ。はい寄ってー」


 わけが分からないまま、シークのそばに集まる。


【大いなる英知よ、現身を虚ろに映し、欠片へ移したまえ】


 鏡から眩しい光が溢れ、思わずぎゅっと目を閉じた。恐る恐る目を開けると、景色が一変していた。

 古びた塀に囲まれた場所――砦の中に佇んでいた。気温も湿度も空気の味も違う。


「ど、どういうこと? 何が起こったの?」

 

「鏡を媒介にした転移魔術の一種です。一枚の鏡を割り、その欠片を設置した場所へ一瞬で移動できます」


 足元の石畳の一部が小さな鏡になっていた。周囲を見渡すと、モノリス語ではない言語の看板がちらほら見られた。

 本当に一瞬でモノリスからサイカへ移動したのだ。


「この転移の鏡の作成は魔術レベルα……最上級魔術の一つです」

 

 ユラの声がわずかに高揚していた。よほど珍しい魔術なのだろう。

 シークの補足によると、国境を簡単に越えられるため、騎士団の任務と各国の王族緊急時のみ使用が許されているらしい。


「この魔術の素晴らしいところはある程度の魔力があれば、誰でもお手軽に移動できることかな。いざというときのために、お嬢さんに渡しておくよ。僕やユラが勝てないような敵……古の魔物に襲われたら、僕たちが時間を稼いでいる間に逃げな。一回行った場所なら、魔力を注いでさっきの呪文を唱えれば移動できるから」


 ユラも賛成したので、流音は恐々と手鏡を受け取る。

 

「一人で逃げるなんて無理だけど……助けを呼びに行くときに使うね。こんな便利なものがあるなんて、この世界ってやっぱりすごい」


「感心するのはいいけど、壊さないでね。これ、めちゃくちゃ高いから」

 

「え、どれくらい?」


 シークに教えられた金額は、ひと月の食費の二百倍近い値段だった。良かれと思って渡してくれたのだろうが、流音は爆弾を押し付けられたような気分になった。

 華奢な鎖を首からかけ、服の中に隠す。転んで割る予感がしたが、失くしたり盗まれたりするのも怖いので肌身離さず持ち歩くことにした。

 




 封印遺跡を守る砦は強固なものへと改築工事されている。〈魔性の喚き〉の襲撃に備えているのだ。また、同盟国内の封印魔術の専門家も集結しており、今頃ユラは彼らと情報をやり取りしているだろう。ヴィヴィタもユラについていった。

 工事現場で子どもがうろちょろしているのは邪魔でしかなく、流音は転移魔術の練習をした後、砦の一室でシークと留守番することにした。話したいことがあったのでちょうどいい。

 シークがどこからか調達してきた紅茶とパウンドケーキをいただいた後、流音はおもむろに切り出した。

 

「シーク、お願い……学院時代のこと、ユラに謝って仲直りして」


「絶対嫌だ」


 きらきらした微笑みが返ってきて、流音はがっくりと項垂れる。


「てか、なんで僕の方から謝らなきゃいけないの?」


「だって……シークがユラの実験ノートを燃やしたんでしょ? 首席で卒業するために。悪いことしたなら謝らないと」


「卑怯なことをしたっていうのは百歩譲って認めるよ。あの頃は何もかもにいらいらしてた。若気の至りってやつだねぇ」


「じゃあ――」


「でも僕は仲直りしたいなんて欠片も思ってない。だから謝らない。あいつにどう思われようが、正直どうでもいいし。向こうが歩み寄りの姿勢を見せるなら、考えなくもないけど?」


「むぅ……大人げない。こういう時は年上の人が折れるべきだと思う。恥ずかしくないの?」


「ぜーんぜん。今の僕のどこに恥じる要素があるのか教えてほしいよ」


 優雅に紅茶を口にする姿は、童話の王子様のように様になっており、眩しくて目がチカチカした。

 どうすればこんな風に自分に自信を持つことができるのだろう。流音は羨ましくなってきた。


「お嬢さんのラブレターの意図は分かったよ。自分が帰った後のことを心配してるんだよね? 僕にユラのことを気にかけてほしいと」


「うん……闇巣食いが治るかどうかにもよるけど、このままじゃユラ、ずっとヴィーたんと二人きりで生きていくんじゃないかって……」


 流音は心配だった。

 この先友人を作る機会が巡ってきても、シークの裏切りがトラウマになり、深く踏み込めないのではないか。人間と関わらず生きていくのではないか。

 そんなの寂しすぎる。悲しすぎる。


「友達じゃなくてもいい。せめて、たまに元気かどうか確認してあげて」


 年に一度手紙のやり取りをするだけでいい。それだけで孤独が随分と和らぐのではないだろうか。

 シークにそう提案すると、爽やかな顔面が「めんどくさ」と崩れた。

 

「そんなに心配なら、お嬢さんがそばにいてあげればいいじゃん。こっちに残れば?」


「……それはダメ。わたしは元の世界に帰る」


「ユラよりもそっちが大切なんだ。ふぅん。きみくらいの女の子だと熱に浮かされて暴走するかなと思ってたけど、意外と冷静だなぁ」


 からかうような視線に流音は焦る。


 ――わたしのユラへの気持ち、バレてる……?


 シークはやれやれとため息を吐いた。


「お嬢さん、良いことを教えてあげる。きみのしていることは大きなお世話。自分にできないことを他人に押し付けないでくれる? 正直ウザい」


 心臓がきゅっと悲鳴を上げた。

 シークの発言は道徳から外れるものが多いのに、いつも正論に聞こえる。釈然としない。


「……じゃあ旅の間だけは仲良くして。ユラとシークが険悪になると、闇巣食いが進むんじゃって心配になるもん」


「それは心配いらないよ。僕のことでは多分闇巣食いは進まない。その証拠に僕と仲違いした三年前から症状は進んでなかった。ユラにとって僕との喧嘩なんて取るに足らないものだってことさ。むしろ気をつけるべきなのはお嬢さんの方だと思うよ」


「ん? どういうこと?」


 シークはくすくすと笑った。


「ユラの症状が進んだのって、お嬢さんのせいだと思うよ。盗賊に攫われ、黒竜に襲われ、おまけに五日も寝込んだ。その三連コンボが致命的。きみが傷つくのがものすごいストレスなんだろうねぇ」


 予期せぬ言葉に流音は青ざめ、声も出せなくなった。


「んー、お嬢さんのせいっていうのは言葉が悪かったかなぁ。ごめんね。ユラが唯一きみに執着してるってことなんだけど……なんにせよ、僕と多少喧嘩したところで、ユラが何とも思わないのは確かさ。お嬢さんが関わると話は別かもしれないけど」


「ど、どうしよう……わたし……」


 自分のせいでユラが闇に近づく。それは大きな焦りを生んだが、同時に喜びもあった。大切に思われていることが嬉しい。だけど、そんなことを思ってしまう自分がたまらなく嫌だった。


「お嬢さんは子どもらしく呑気に笑ってればいいよ。こっちにいる間はユラをおだててやればいい。まぁ、古の魔物の問題を片づけて闇巣食いを治すのが一番だと思うけど。お嬢さんの不思議な力が役に立つといいねぇ」


「う、うん……」


 額の汗をぬぐいながら、流音はじっとシークを見た。


 ――シークって……実は友達思いなんじゃ……。


 分かりにくいけど、ユラのことを本当にどうでもいいと思っているなら、こんな風にアドバイスしてはくれないだろう。

 いや、勘違いかもしれない。本当に友達思いなら三年間もユラを放っておいたりしないはずだ。シークが何を考えているのか流音にはさっぱり分からなかった。もしかしたら何も考えていない可能性もある。

 ぐるぐると言葉で翻弄され、混乱してきた。


「長く険しい道のりになりそうだねぇ。刺激的な旅になるなら大歓迎だよ。僕とも適度に仲良くしてね、お嬢さん」


 腹の中が読めない気まぐれな微笑みに、おずおずと頷きを返した。

 結局何一つお願いを聞いてもらえなかったと後で気づく流音だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ