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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第五章

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46 微笑みと旅立ち

 ぴきり、とグライの額に青筋が立ち、室内の空気が死んだ。濃密な魔力と殺気に流音の全身に悪寒が走った。


 ――調子に乗って言いすぎちゃった……。


 軽々しく訴訟に持ち込むなと母がいつも依頼人の愚痴を言っていたのに、つい頭に血が上って好き勝手口にしてしまった。

 謝った方がいいだろうか。しかしここで退くのは女がすたる。大体民間人に協力させるなら相応の報奨を約束すべきだと思う。にもかかわらず上から偉そうにいろいろ命令され、ユラのなけなしの優しさを踏みにじられ、黙ってはいられなかった。

 様々な感情の波に揉まれながら、流音はおろおろと返事を待つ。


「生意気な娘だ……」


 流音が息を飲んだ瞬間、ぴかっと体が光り、目の前に七枚のカードが現れた。一瞬でテレポートしてきたようだ。室内の動揺が走る。

 七枚のうち、〈薔薇〉のカードから、瑞々しい香りとともに小さな精霊が姿を現した。それは手乗りサイズに縮み、見た目も若返り、子どものようなあどけない顔立ちのキュリスだった。


「キュリス……どうしてこんな姿に?」


「その話はまた追い追いしようぞ。少々危うい空気を感じてのう。……そこのヘビ似の男、釘を刺させてもらおう。もしもルノンを傷つけたり閉じ込めたりするつもりなら、黙っておらぬ。元精霊姫の影響力を侮うてくれるなよ」


 キュリスはグライと流音の間に浮かび、びしっと指差した。するとユラの肩にいたヴィヴィタもシークの剣を蹴とばす。


「おいらもユラとルゥに何かしたら許さない! 父ちゃんと母ちゃんと兄ちゃんたち呼ぶ! 森の友達も全員呼んで大暴れしてやる!」


 頬を膨らませてにらみを利かせるヴィヴィタ。


「キュリス、ヴィーたん……ありがとう。すっごく頼もしい」


 シークが噴き出し、やれやれと剣を鞘に仕舞った。


「お嬢さん、威勢の良いこと言って最終的にちびっこのコネに頼って脅すなんてすごいねぇ」

 

「こ、コネは有効に使うべきなんだよ。悪いことに使わなければいいって友達が教えてくれた。そ、それに、先に脅してきたのはそっちだもんっ」


 キュリスとヴィヴィタに勇気をもらい、流音は騎士団の面々を睨み付けた。

 グライは舌打ちで応えた。


「……書記官を呼んで文書を起こしてやれ」


「閣下!」


「こんなことに時間を割いてられん。馬鹿らしい。大した要求でもないしな」


 眼鏡の男性は渋々といった様子で下がった。


「小娘……大口を叩いたからには存分に役に立ってもらうぞ。子どもだからと途中で逃げ出すことは許さん」


 望むところ、と流音は背中に冷や汗をかきながらも毅然と答えた。






「グライ・ストラウス相手によく啖呵を切れましたね」


 個室に戻ると一際大きなため息を吐き、ユラがベッドに倒れ込んだ。なんだか落ち込んでいるようで流音は急に申し訳なくなった。控えめにベッドに腰かける。


「う、ごめんね、余計なこと言った? 大丈夫?」


「大丈夫じゃないです。困りました。きっとこれから見張りをつけられます。これでしばらくルノンを元の世界に帰せません」


「またそんなこと言って……もう決まったんだから諦めて。こんな状態のまま帰れないもん」


 ユラは両手で顔を覆った。


「俺の手で帰したいんです。でも、もうあまり時間がありません……」


 ユラ曰く、送還魔術には全属性の魔力を使う。光属性が使えなくなったものの、その分くらいならば魔沃石を代用すれば魔術の行使は可能らしい。しかしこれからどんどん他の属性も使えなくなっていく。


「それに、俺はきみを守るはずだったのにいつも逆に守られて……情けないです」


「そ、そんなことないよ。ユラはいつもわたしのこと助けてくれてる。本当にごめんね、なんかわたしのせいで敵ばかり増やしてるような……」


「それは気にしなくていいです。俺の周りにはどうせ敵しかいません」


 拗ねたように口を閉ざすユラ。


 ――わたしは味方だよって言えればいいんだけど……。


 いずれ元の世界に帰る人間が言っても、気休めにしかならない。

 流音が気の利いた言葉を探していると、キュリスが淡く発光した。


「ルノン、すまぬ。わらわはそろそろ戻る。これ以上表に出ていると、そなたの体に障る」


「え? どういうこと?」


「わらわは今、ルノンの魔力で生きておるのじゃ。まだ本調子じゃなかろう? わらわもまだこの体に慣れぬゆえ、お互い体を休めようぞ」


「う、うん。ごめんね……森が燃えたのも、キュリスをこんな体にしたのも、わたしが――」


 流音の鼻先をキュリスが小さな手で突いた。


「浮かぬ顔をするでない。乙女は笑顔が一番じゃ」


 キュリスは微笑んで消失し、手元にニーニャカードが残る。


 ――不思議……。


 正式に返してもらったカードを撫でたり透かしたりして確認するが、別段変わったところはない。騎士団の魔術部門の調査でもおかしなところはなかったらしい。

 ユラがむくりと体を起こした。何かを閃いたようだ。


「良いことを聞きました。なるほどです」


「どうしたの?」


「ルノン、お願いがあります。この先辛いことも多いでしょうが、できれば日々を楽しんで笑っていて下さい。無理して笑えという意味ではありません。したいこと、欲しいものがあったら遠慮せずに言ってほしいです。俺はそれを極力叶えます。きみを幸せにしたいんです」

 

 かぁっと全身が火照り始めた。

 おかしい。目の前にいるのは本当にあのユラだろうかと思わず疑ってしまう。


「急にどうしたの? そんな甘やかすようなこと言うなんてユラじゃないみたい……」


「ただのわがままです。……俺の名前を呼びながらルノンが怖い夢にうなされるところはもう見たくないです。挽回したいだけです」


 目を伏せるユラに、流音は焦った。先ほどの夢の話を気にしていたらしい。


「え!? ち、違うよ。うなされてたのはユラが、えっと、みんな! みんながいなくなっちゃう夢だったからだよ」


「? そうなんですか? 少し安心しました。……でも、俺の望みは変わらないです。笑っていて下さい、ルノン。それだけで俺は救われます。元気が出ます。何があってもへこたれずにいられます」


 ユラが今までにないくらい優しく微笑んだ。


 ――あれ、なんか、すごく幸せ……。

 

 心にぽっと明かりが灯ったような気がした。何もしていないのに妙な達成感を覚える。

 おそらくユラは流音を元の世界に戻せないことに罪悪感を抱いている。だからこんな優しい言葉をかけてくれるのだろう。

 恋心からユラの幸せを願う自分とは違う。それでも流音は嬉しくて仕方がなかった。


「ユラも……今みたいに笑ってほしいな。一人で笑ってるなんておかしいもん。わたし、みんなで楽しくしていたいから」


 不思議そうにユラはまばたきをする。 


「……ああ、例の美味しいものを分け合う理論の応用ですか。分かりました。善処します」


 ユラは生真面目に頷き、立ち上がった。もう負の感情を断ち切ったらしい。切り替えが早い。


「封印の研究のことですが、会って意見を聞きたい人物がいます。彼は好き勝手移動しているので探すのは骨が折れるでしょう。魔力の補助に必要な珍品も集めなければなりません。なので、しばらく旅をすることになります。身の安全のためにも騎士団の干渉は避けられないので、窮屈な思いをするかもしれませんが……一緒に来てくれますか?」


「旅? そっか、分かった」


 あの森の家にいるのは危険だろう。またいつ薫が襲撃してくるとも限らない。下手したらメテルの町にも迷惑がかかる。

 スピカに会えなくなるのは寂しいが、彼女を守るためでもある。

 それにユラと離れ離れには絶対になりたくない。


「旅行するの? おいら楽しみ!」


 自分の尻尾にじゃれて遊んでいたヴィヴィタが首を持ち上げる。


「そうだね、ヴィーたん。わたしも楽しみ。王都しか行ったことないもん。この世界のこと、もっと知りたいと思っていたから」


 古の魔物の復活、薫が属する〈魔性の喚き〉の脅威、ユラの闇巣食いの進行、騎士団の動き、ニーニャカードの謎、封印魔術の研究が上手くいくか、そして無事に家に帰れるかどうか。

 悩みや心配事はたくさんある。


 ――わたしにできること、一つずつ頑張ろう。それに……。


 ユラと一緒にいられる時間を大切にしたい。笑い合って過ごしたい。 

 流音は希望を胸に、旅立ちを決めた。

 


次の話からやっと冒険編が始まります。

気長にお付き合いくださると幸いです。

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