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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第五章

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45 紛糾する会議室

 彼が何に似ているかと問われたら、大抵の人は蛇と答えると思う。

 目の前の男性に睨まれ、流音は動けなくなった。ぞっとするほど狡猾な瞳だ。

 四十歳前後の長髪の男性は、グライ・ストラウスと名乗った。

 レジェンディア騎士団団長――騎士団の一番偉い人だよ、とシークが囁く。

 小さな会議室で流音たちは机を挟み、グライと向き合う椅子に腰かけた。グライの後ろには眼鏡をかけた男性が直立不動で控えているのに対し、シークは流音の後ろの扉にだらりともたれている。上司の前でこの態度をして注意されないのが不思議だった。


「久しいな、ユランザ」


 グライの重低音の響きに親しみの色はなかった。

 ユラは顔をしかめ、ヴィヴィタは威嚇の構えをみせた。


「ユラの知り合いなの?」


「……魔境の森で俺を捕えて知り合いの研究者に引き渡した男です。あの時は小隊長でしたが、随分出世したようですね。世も末です」


 ああ、と流音は納得した。ヴィヴィタでも敵わない「化け物みたいな強さ」の騎士だ。ユラ達からすれば因縁の相手だろう。


「貴様も今やβ級魔術師か。中身はあの頃のまま成長していないようだが」


「もういいです。不毛です。本題をどうぞ」


 グライは鼻で笑い、シークは流音の背後でくすくす笑った。やっぱり感じの悪い組織だな、と流音はうんざりした。この場にレイアがいないことが悔やまれる。


「我々レジェンディア騎士団はテロ組織〈魔性の喚き(マガロア)〉を正式に敵とみなす。サイカ王国にある古の封印を死守し、これを狙うものを殲滅するよう七王から命を受けた」


 グライの言葉を引き継ぐように後ろにいた眼鏡の男性が説明を始めた。


〈魔性の喚き〉というのが、神子率いる組織の名称らしい。

 神子の名前はマジュルナ・ペルル。

 北の大陸ノーディック全域を支配するトゥルムル帝国の悪名高き魔女である。トゥルムル帝国は三年前から他国との国交を閉じた鎖国状態だった。その頃から〈魔性の喚き〉の手に落ちていたものと思われる。

 密偵による調査によると、北の大陸にあった二つの封印はすでに解かれていた。

 その一つが黒竜デューアンサラト。もう一つが堕天使フェルン。

 つまり敵は既に二体の古の魔物を有している。


「組織の最終目標の詳細は不明ですが、捕えた末端の構成員曰く“革命戦争”とのことです」


 マジュルナ達は奴隷に武器を与え、闇巣食いに高度な魔術を授け、転空者を攫っている。そして先日の薫の発言から、残り五つの古の封印を全て解くつもりだということが分かっている。

 すなわち西の大陸に二つ、東の大陸に二つ、南の大陸に一つ。

 レジェンディア同盟国内にはサイカ王国に一つある。騎士団はこれを死守する。


 流音にも分かるように噛み砕かれた説明が終わった。グライの視線は「理解しただろうな?」と半ば脅すような冷たさを持っている。


 ――う、さっきからこの人怖い。


 こういう重要そうな話を教えてもらえるのはありがたいが、「子どもが嫌い」という本音が全く隠れていない。


「古の魔物のことは正直舐めていた。何せ二千年以上昔の伝承だからな。当時と比べて魔術は飛躍的に発展し、人の数も兵器も増えた。怪物ごときに世界を滅ぼせるとは思えん。……だが、実際に目の当たりにしたユランザの話を聞く限り、相当に厄介なものらしいな」


 グライの言葉にユラは頷く。


「俺は闇巣食い……古の魔物に呪われているような状態です。ゆえに俺の魔力由来の攻撃は何一つ効きませんでした。しかし、たとえ俺が闇巣食いでなくとも、あれには傷一つつけられないでしょう。魔力の量、質、純度ともにこの世界に現存する生物とは格が違います。神子がどうやってあれを使役しているのか、非常に興味深いです」


 かつて古の魔物は十三体いた。

 そのうち六体を倒せたのは、神話の伝承通り魔物たちが異世界から渡ったばかりで消耗していたからだろう。しかし封印の中で闇巣食いから魔力を吸い取り、魔物たちは元の力を取り戻している。


「え、闇巣食いから魔力を吸ってるの? じゃあユラからも?」


「厳密に言えば、完全に闇の魔力のみになった闇巣食いからです。そうなると、組織が闇巣食いに犯罪を助長させているのも頷けます。闇巣食いは悪感情を刺激されると症状が進行するそうですから」


「そうなの? 知らなかった……」


 流音は唇に手を当てて考える。


 ――じゃあユラの感情が乏しいのは、もしかして……わざと?


 必要に駆られて感情を抑えるようになったのかもしれない。その事実はなぜか流音を大いに動揺させた。


「貴様も気をつけることだ。ついに光属性が使えなくなったのだろう? このまま症状が進めば良くて幽閉……世情を考えると最悪の場合処刑もあり得る」


 流音は驚きのあまり思わず立ち上がった。


「何を驚いている? 昨今の犯罪の増加と古の魔物の解放を考えれば、闇巣食いの社会的立場は窮地と言っていい。民衆による虐殺があってもおかしくないレベルだ」


 グライの容赦のない言葉に流音が震えていると、ユラが宥めるように着席させた。


「俺は平気です」


「な、なんで? だってこのままじゃ……それに光属性使えなくなっちゃったの?」


「はい。でも今の状況はチャンスです。これを機に各国の政府は古の封印を強化するでしょう。解放されている二体も討伐するか封印し直せば、闇巣食いを治すこともできるかもしれません」


「そうかもしれないけど……でも」


 先ほど甦った古の魔物の凄まじさを語った口で、ユラは前向きな言葉を吐く。流音はそわそわと落ち着かなくなった。処刑の可能性がある状況はこれ以上ないピンチにしか思えない。


「確かに封印の強化は急務だ。そこでだ。ユランザ、貴様の研究している魔術球を毒花グラビュリアの封印に試してみたい。予算と人員はいくらでも出す。これは騎士団からの正式な依頼だ」


 ユラは少したじろいだ。


「それは非常に魅力的な依頼ですが……難しいと言わざるを得ません。今の段階ではそこまで巨大な封印に使えないんです。術式も魔力も足りません」


「何とかしろ。分かっているだろう? 敵組織には二千年守られてきた古の封印を解くほどの専門家がいる。二体の怪物もいる。現存する封印魔術を少し工夫した程度ではすぐに破られる。新しい、それも画期的な術式でなければ、時間稼ぎにもならん」


 ユラは考え込むように目を閉じた。

 どうしてすぐに承諾しないのだろうと流音は考え、すぐに答えを察した。


「ユラ、もし違ったらごめんなさい。わたしのことなら気にしないで。今まで通りに、ううん! 今まで以上に研究のお手伝いするから――」


「それでは帰れなくなります。戦いがいつまで続くか分からないです」


 ユラは目を開き、グライを真っ直ぐと見据えた。


「ルノンの他に俺と同じ波形の魔力を持つ者を探すので、協力するように騎士団から交渉してもらえますか」

 

「ユラ……」


「封印強化への協力は惜しみません。しかしまずルノンの魔力機関を破壊し、元の世界に帰させてください。彼女は異世界の住人です。俺が言うのもおかしいですが、これ以上この世界のいざこざに巻き込むわけにはいきません」


 流音は我慢できずに口を開いた。


「忘れちゃったの? 薫くん言ってたよ。わたしが勝手に帰ったらユラ達を……こ、殺すって」


「俺を殺しにきてくれるならありがたいことです。狙い撃ちできます」


「何言ってるの? そんなのダメっ」


「少し黙れ。耳障りだ」


 重低音の声とともに発せられた殺気。流音は首をすぼめて険しい表情のグライを見る。


「全ての戦いが終わるまでその娘を元の世界に帰すことは許さん。囮というのならその娘の方がよほど適任だ。奴らは転空者を欲しているからな」


「なっ!?」


 ユラが身を乗り出した瞬間、白刃が走った。シークが音もなくユラの首筋に剣を添えている。


「閣下への狼藉は見過ごせないなぁ。諦めなよ、ユラ。お嬢さんとあの不思議なカードは、文字通りこの戦争の切り札になる。デューアンサラトの炎を浄化できる魔術師がこの世界に何人いる? みすみす手放せないでしょ。利用しなきゃ」


「シーク!」


「きみは自分の命やこの世界の命運よりも、お嬢さんが大切なわけ? ただ巻き込んだ罪悪感からさっさと帰そうって言っているのなら、そんな下らない感情は今すぐ捨てなよ。また闇巣食いの症状が進むよ? ユラらしくない。合理的に考えれば結論はすぐ出るだろ」


「俺は……」


 ユラの呟きを最後に重たい沈黙が会議室に横たわった。

 流音はもやもやする心とどうすべきか相談する。グライやシークの言っていることはもっともだが、本人を前にしてよくぬけぬけと「囮」や「利用」と口にできたものだ。思わず反発したくなるのをこらえ、流音はこの世界に残るべきか考えてみた。

 確かに合理的に考えれば、結論が出るのは早い。


「わたしはこの世界に残って、戦いが終わるまでユラの研究に協力する。よく分かんないけど、ニーニャカードのこととか他にも役に立てることがあるならやる」


「乗せられてはダメです。それがどんなに危険なことか分かっていますか?」


 慌てるユラに頷きを返し、流音は勇気を最大限振り絞って机を叩いた。

 好き放題言われて、やっぱり我慢の限界だった。


「ただし! その古の魔物関連の戦いが終わったら絶対に帰る! それを邪魔しないと約束してくれないなら何もしないんだから!」


 グライが眉間にしわを寄せた。彼が口を開こうとするのを遮り、さらに追撃する。


「それと! もし戦いが終わって闇巣食いが治らなくても、ユラを幽閉したり……ましてや処刑なんて絶対にしないで! 最大限の自由と人権の尊重を求めます!」


「ルノン……」


「あっ、あと、薫くんのことも殺さないで! 一発殴ってちゃんとお話ししなきゃ気が済まない! だから生きたまま捕まえてね!」


 流音はもう一度威嚇するように机を叩いた。強さを誤って手が痺れたが、涙をこらえて言い放つ。


「以上のことを正式に書面で約束してくれなきゃ協力しない! 騎士団に脅されたって訴えてやる! 次に会うのは法廷なんだから!」




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