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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第五章

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42 夜を燃やす来訪者

※残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。

 

「小さかったのによく覚えてたな」


 疲れたように微笑む薫に流音は違和感を覚える。五年前はこんな風に笑わなかった。思い出の中の薫はもっと無邪気で人懐っこい笑顔の少年だった。


 ――そうか、シークと似てると思ったの、昔の薫くんだ……。


 しかしいざ目の当たりにすると似ているとはとても思えない。シークは図太くどれだけ叩いてもびくともしない性質だろうが、薫はガラスのように繊細だ。吹けば消えてしまいそうな光が瞳の中で揺れている。

 彼は今、中学二年生くらいのはずだ。成長したと言ってしまえばそれまでだが、なんだか知らない人になってしまったようで寂しかった。


「ルノンの知り合いですか?」


 ユラの声は珍しく上ずっていた。流音は元の世界で小さい頃に遊んだお友達だと答える。

 頷きながらもユラの視線は薫ではなく、ドラゴンの方に惹きつけられていた。


 以前スピカに聞いたことがあった。

 本来ドラゴンは孤高の魔物。人に懐くことは絶対にあり得ない。ヴィヴィタの種族は唯一人間に友好的ゆえに希少な竜――レアドラゴンと呼ばれているらしい。

 ヴィヴィタは流音の肩の上で小さくなっていた。黒竜の威圧感に怯え、いつもの陽気さは見る影もない。

 

 流音もいっぱいいっぱいになっていた。薫に聞きたいことは山ほどあるが、言葉にならない。

 いつからこの世界にいるのか、このドラゴンは何なのか、何か用があってきたのか。

 こちらの混乱をよそに薫は気だるげに息を吐き、訝しむようにユラを見た。


「さっさと用事を済ませようか。なぁ、そこのあんたが流音を召喚したんだろ? 変なことしてない?」


「? 変なことと言われても分かりません」


「察しが悪いな。ようするに暴力振るったり、禁忌魔術を使って服従させたり……わいせつ行為とか」


「にゃー!?」


 驚いて奇声を上げたのは流音だった。恥ずかしくて嫌な汗が滲んでくる。


「してません」


 ユラは眉一つ動かさず答える。本当かと目で問うてくる薫に、流音は力強く何度も頷いた。

 

「へぇ、マジなんだ。そりゃ不幸中の幸いだ。痛めつけてやろうと思ったけど、やめておく」


「い、痛めつける? 薫くんがユラを?」


 過激な発言に驚いていると、薫が優しく手を差し伸べてきた。


「おいで、流音。知らない世界に連れて来られて心細かっただろ? 俺の仲間のところに連れて行ってやる。他の転空者もいっぱいいるから安全だ。俺は流音を迎えに来たんだ」


 流音はその言葉で納得した。

 転空者は召喚した魔術師のもの。こちらの世界の人間は「救済だ」と気にしなくとも、いきなり連れて来られた転空者からすれば誘拐犯の奴隷にされるようなものだ。実際ひどい目に遭っている転空者もいるのだろうし、薫もそうだったのかもしれない。

 だからどこかで転空者の情報を手に入れて、心配して救いに来てくれたらしい。


「薫くん、あのね、わたしはユラと一緒にいる」


 彼の厚意を無下にしないよう、言葉を選びながら流音は話した。

 研究の手伝いのために召喚され、最初は戸惑っていたが、今は自主的にユラに協力している。ここでの暮らしも慣れてきた。だからこのままでいい。


「せっかく来てくれたのにごめんなさい。でも、わたしは大丈夫だから」


「ダメだ、流音。お前は連れて行く。ここにいるのは危険だ」


「そんなことない。ユラはそんなに悪い人じゃないよ。わたしのこと助けてくれるもん。体を治して元の世界に帰してくれる」


「元の世界に帰る?」


 流音はあることを閃いた。


「そうだ。ユラ、送還魔術って二人同時は無理? できるなら、薫くんも一緒に――」


 流音の続く言葉を手で制し、薫は首を横に振った。


「ごめん。俺の言い方が悪かったかな。俺たちと一緒にいないと危険だ。これからこの世界は荒れるからこちら側にいた方がいい。そう言いたかったんだ」


「どういうこと?」


「ルノン。俺の後ろにいて下さい」


 ユラが流音を庇って前に出た。


「きみ達の関係はよく分かりませんが、ルノンは渡しません。きみに渡すくらいなら、今すぐにでも元の世界に帰します」


 流音の不安を掻き立てるように夜風がざわざわと木々を揺らす。

 

「世界を荒らすのはきみ達でしょう? あれは黒竜デューアンサラト……古の魔物の一体ですね。あれの封印を解いたということは、闇の時代の再来を目論んでいる組織はきみ達ですか」


 とんでもないことをさらっと口にするユラ。


「……えっと、古の魔物って神話の? 闇巣食いの原因になってる?」


「はい。北の大陸ノーディックに封印されていたはずですが、今は彼の支配下にあるようですね。信じがたいことですが、闇巣食いの俺には本能的に分かります。あれは“本物”です」

 

「え、でも、薫くんが……どうして」


 薫は面倒くさそうに頭を掻いた。


「いや、俺が封印を解いたわけでも直接使役してるわけでもない。神子様の力だ。俺はデュアを貸し与えられているだけ」


「神子様って……」


 盗賊たちに犯罪に適した魔術を授けた人だ。もしもユラが助けに来てくれなければ、流音はその人に売られていた。


「ああ、知ってるんだっけ。上手く丸め込もうと思ったのに喋りすぎたか。失敗」


 薫の全身から力が抜け、代わりに濃い闇の気配が辺りに漂い始めた。


「もういいや。知ってる子だから優しくしようと思ったけど面倒だ。話しても分かってもらえそうもない。だから、もういい……」


 独り言のような呟きが漏れる。薫の様子は明らかにおかしかった。息をするのも辛そうに肩を上下させ、瞳にも声にも生気がない。


「それに、元の世界に帰るって……なんで? 理解不能。あんな存在するだけで苦しい世界に帰ってどうするんだ。居場所なんかないはずだろ?」


 腹ではなく頭を抱え、薫は笑い出した。その顔は紙のように白くなっていた。


「ああ、そっか。流音は可愛がられて大切に育ったんだ? いいな。こっちの世界でも守られて一人の人間として扱われて、役目が終われば元の世界にも帰してもらえる……やっぱり日頃の行いの差か。はは、羨ましいな。俺とは全然違う。もう後戻りなんてできない。やっぱり神子様だけだ、俺の気持ちを分かってくれるのは……」


「か、薫くん……?」


「デュア、燃やせ」


 その瞬間、頭上のドラゴンが赤黒い火球を吐いた。肌が高温と恐怖を感じ取り、身がすくんで動けない。


【ふぁいあっ!】


 ヴィヴィタが飛び出して炎の咆哮を発する。明るい赤と暗い赤がぶつかり、激しい熱の対流に流音は吹き飛ばされた。ユラに咄嗟に捕まえられ、二人はもつれながら地面を滑った。


「ヴィーたん!」


 炎が途切れたとき、ヴィヴィタが倒れ伏した。オレンジの体に赤黒い炎がまとわりつき、ヴィヴィタが呻き苦しんでいる。


【激流の業、ここに】


 ユラの詠唱により、ヴィヴィタに大量の水が降り注ぐ。しかし炎は消えない。


「そんな……っ」


 流音は家の脇にある水瓶にすがりつき、桶いっぱいに水をくんでヴィヴィタに浴びせた。しかしそれでも炎はごうごうと燃え上がる。


「ルノン、触れてはいけません! 闇の炎です。魔力の元を絶たなければ……」


 ユラが短く詠唱し、光線を放った。光属性に変換された魔力の矢が上空の黒竜に向かって飛ぶ。


「無駄だ。闇巣食いがデュアに勝てるわけないだろ」


「ぐっ」


 眩い矢は一瞬で黒く染まり、ユラに跳ね返った。闇の矢が肩を貫き、それが炎となってユラの体にも燃え広がろうとしていた。


「ユラ!」


 苦しむヴィヴィタとユラを前に、流音は涙を流すことしかできない。


「デュア、もういい。少し気が晴れた」


 その瞬間、赤黒い炎は消失した。黒こげのヴィヴィタはきゅうきゅうと弱々しく呼吸していた。ユラの傷口は焼けただれ、血が蒸発して煙を上げている。


「デュアの炎は水なんかじゃ消せない。デュアの意志で消すか魔力が尽きるまで、全てを燃やし尽くす。すごいだろ? この力を七つ全て手中に収めれば、もう誰も逆らえない」


 薫は両手を広げて笑い声を上げた。


「流音も思い知ればいい。もっと泣いて傷ついて。そうすれば俺の気持ちも分かるようになる。一人ぼっちになったら俺を呼んで。そうしたら改めて助けに来てやる。俺に黙って帰るなら、そいつら殺すから」


 腹の底から怒りと悲しみが湧き上がってくる。流音は震えながら薫を睨み付けた。


 ――どうして?

 

 薫は瞳から涙を流していた。笑い声を上げながら、人を陥れる言葉を吐きながら、その目は悲しみで濡れていた。ちぐはぐな光景に流音の思考は停止する。

 降下してきた黒竜の腕により、薫は竜の背に乗った。嘲笑混じり声だけが降ってくる。


「まだ足りない。もっと俺を、この世界を憎め。流音がこちら側に来やすいようにしてやる」


 その瞬間、黒竜が先ほどとは比べ物にならない火炎を噴き出した。それは流音たちではなく、背後の森を赤く一閃した。

 鳥や動物、魔物の絶叫があちこちから上がり、森が一気に騒がしくなる。赤黒い炎と煙が立ち昇っていく。


「何が燃え残るか楽しみだ。じゃあまたな、流音」


 その言葉を最後に、星の瞬きを塗りつぶす巨躯が空の向こうに遠ざかって行った。

 流音は呆然とその場に立ち尽くす。


「ルノン、しっかりしてください。ここは危険です。逃げましょう」


 ユラの声に我に返った。

 黒竜がいなくなっても森の炎は消えない。それどころかどんどん勢いを増し、夜空を血と同じ色で染めている。

 ユラが苦痛に顔を歪めながらヴィヴィタを抱え、空いている方の手を流音に差し出した。


 その手を取ろうとしたとき、声が聞こえた。

 泣き叫ぶ水の精霊たちの声に、流音は森を振り返る。


「みんなが、キュリスが……!」


 炎の燃え広がっている場所には水薔薇の泉がある。

 流音は完全に頭に血が上っていた。

 このままでは何もかもを奪われてしまう。それが嫌で、悔しくて、恐ろしくて、流音は無我夢中で森に向かって駆け出した。




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