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リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第一章 
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4 ヴィヴィタ現る

「体を治す? きみは病気なのですか?」


 流音は力強く頷き、詳しい病状を必死に話した。


 生まれつき虚弱体質で体力がないこと。

 少し無理しただけですぐ熱を出すこと。

 無理をしなくても日や場所によってはすぐ目を回して倒れてしまうこと。


 ユラは興味深そうに頷き、小さく口の端を持ち上げた。


 ――笑った顔、初めて……。


 もちろん、ときめいたりはしなかった。

 他人の病気の話を聞いて笑うなんてどうかしている。


「なるほど。こちらの世界に来てからは大丈夫なんですよね」


「うん、今はすっごく元気なの。どうしてかな?」


「本来あるべき世界に戻ってきたのだから当然でしょう。きみの場合、世界との不和が自分の体に現れたんです。珍しい事例ですね」


「へ? ふ、不和?」


 思わず間抜けな声を漏らす。

 しかしユラは詳しく説明するつもりはないらしい。それどころか眠たそうに瞼をこすった。

 

「俺は医療魔術には疎いんですが、きみの症状には心当たりがあります。本格的な実験をする前に、きみの魔力や体調についても把握する必要があります。ついでに治療法も調べてみましょう」


 ついで、という言葉が余計だ。

 流音が軽蔑混じりの視線を送ると、ユラは少し首を傾げた。何も分かってない。


「治るかどうか確約はできませんが、期待してもいいですよ。最低でも原因くらいは突き止めてしかるべき医療機関を紹介しましょう。それでいいですか?」

 

 ユラには自信があるようだ。

 最後に質問させて、と流音は問う。


「あなたの研究ってどれくらいかかるの?」


「最短で半年くらいでしょうか。長くとも一年……というか締め切りが一年後なので、それまでに実験を成功させ、論文をまとめなければなりません」


 半年から一年。

 まだ十一歳の流音にとっては途方もなく先のことに感じた。

 母も心配するだろう。向こうの世界で大きな事件になってしまうかもしれない。


 それでも原因不明の病に一生苦しむよりは、わずかにマシに思える。


「……分かった。あなたの研究に協力する。だから病気のこと、絶対なんとかしてください」


「はい。よろしくお願いします」


 どちらも動かず、握手などはしなかった。

 それでも契約は成立した。


「では、俺は寝るので、きみは好きにしていて下さい」


「え?」


 ユラは背伸びをしてコートを脱ぎ始めた。


「転空者の召喚魔術はレベルβ。超高等魔術です。それに加え魔力感知と〈洗礼〉まで行って、俺はくたくたです。疲れました。なので寝ます」


「ちょ、ちょっと待って」


 流音の訴えを無視して、ユラは積み上がった本を飛び越え、隣の寝室へ行ってしまう。


 追いかけようとした流音は、床に落ちていた棒を踏んでひっくり返った。今日は転んでばかりだ。


「う、いたたた……」


 流音の様子を気にも留めず、ユラのふにゃふにゃした声が聞こえてきた。あくび混じりだ。


「ああ、もうすぐヴィヴィタが帰ってくると思います。困ったことがあれば、彼に聞いて下さい。物音は気にならない方なので、静かにしなくてもいいですよ。おやすみなさい……」


 ユラは倒れるようにベッドにもぐりこみ、数秒後には規則正しい寝息を立てた。


「信じられない……」


 これからの詳しいことを、まだ何も聞いていないのに。


 ――ヴィヴィタって誰なのかな?


 帰ってくると言っていた。ということはこの家にもう一人住んでいるのだろうか。面積的に不可能な気がする。


「あれ、わたしもこの家で暮らすんだよね……?」


 それを考えて流音はぞっとした。こんな狭い場所で、ユラとヴィヴィタなる人物と三人で過ごすなんて考えられない。


「も、もしかしたら地下室とかあるのかな」


 好きにしてもいいと言っていたので、流音は家の探索を始めた。


 キッチンの床下に扉を発見。

 ……ただの食糧の保管庫だった。しかもスカスカ。茶色い粉が少しと、干からびた果物が詰まった瓶、じゃがいもに似た物体が五つ転がっているだけだ。


 心配になってキッチン周りの戸棚を開ける。

 ひやり、とした風が吹いてきた。


「冷蔵庫、かな?」


 森の中に電気が通っているとは思えない。これは魔術で動いているのだろう、と流音は推測した。


「ここもほとんど空っぽだ……」


 流音はぱたんと戸を閉める。

 調理台の上には一応調味料らしきボトルが置いてあるものの、普段ユラが料理をしている痕跡がない。

 ますますこれからの生活への不安が募る。

 

 キッチンとダイニング側に地下室への入口は見当たらなかった。

 寝室の方も探したいが、床に散らばっている本や怪しげな器具を見て怯んだ。


「えっと……他の部屋どころか、もしかして、トイレとお風呂もないの?」

 

 それは困る。絶対嫌だ。

 流音が家を出て周りを探そうとしたところ――。


「あ! 女の子!」


 無邪気な声が上から降ってきた。舌足らずの高い声だ。

 パタパタという羽ばたき音とともに、流音の目の前に小さなシルエットが現れる。


 オレンジ色のトカゲが羽を一生懸命動かし、宙に浮いていた。


 ――ううん。トカゲに羽なんてなかったはず。ていうか、喋った……?


 よく見ればトカゲモドキには二本の角があり、口には立派な牙が生えていて、鋭い爪のついた手に自分の体と同じくらいのカゴを持っている。首は細いのに、腹は丸みを帯びていた。

 瞳は銀色。爬虫類を思わせる目つきの悪さだが、不思議と愛嬌がある。


「もしかして……ど、ドラゴン?」


「そうだよ! おいら、レアドラゴン。ユラの使い魔のヴィヴィタ」


「あなたが?」


「そう、おいらがヴィヴィタ!」


 良く言えば友好的、悪く言えば馴れ馴れしいドラゴンだった。

 持っていたカゴを押し付け、勝手に流音の肩に乗る。子猫くらいの大きさで、重さはほとんど感じない。 カゴの中には見たことのない果物が入っていた。


「えっと、使い魔って何?」


「魔術師の友達……みたいなもん!」


「じゃあユラの友達なんだ」


「うん。ユラの友達はおいらだけ」


 ドラゴンしか友達いないんだ、と流音は少しだけユラを哀れに思う。そう言えばユラ自身も嫌われ者だと認めていた。


 ――ううん。あの人の場合、多分自業自得だもん。同情なんてしない。


「お前は異世界から来た子? 今日連れてくるってユラが言ってた」


「ああ、うん。そうだよ……」


 改めて口にすると落ち込む。泣きたくなる。


 ――弱気になっちゃダメ。病気を治して絶対おうちに帰る。気持ちを強く持たなきゃ。


 ヴィヴィタを連れて流音は家の中に戻った。


「わたしは若山流音……えっとね、ルノンが名前」


「ルノン。覚えた」


 ヴィヴィタは机の上に乗り、上目づかいで流音を見上げた。目がきゅるるんとしている。


 ――爬虫類系、初めて。可愛い……。


 クラスメイトの女子は、理科の教科書でヘビやトカゲをみて悲鳴を上げていた。流音も正直苦手だったのだが、ヴィヴィタを見て価値観を覆された。好奇心がうずく。


「あの……触ってもいい?」


「いいよ!」


 ヴィヴィタのオレンジ色の体にそっと触れた。ひやりとしていて、思ったよりも肌触りは滑らかだ。小さな鱗がびっしりと体表に並んでいて、光の加減で虹色に光る。


「わぁ……」


 初めての感触に思わず笑みがこぼれる。つい夢中になって頭やあごの下を撫でる。


「ルノン、面白いね。おいらを怖がらない」


「そう? ヴィヴィタは可愛いもん」


 てっきり喜ぶかと思ったのに、ヴィヴィタは頬を膨らませた。器用なドラゴンだ。


「発音が変。おいら、ヴィヴィタ」


「ヴィヴィタ……?」


「ヴィ・ヴィ・タ。二番目のヴィが言えてない」


 流音には違いが分からなかった。「V」の発音が難しいことは、英会話の授業で知っている。下唇を意識して発音してみたのだが、どうしても二番目の「ヴィ」が違うと言われる。


 ――ていうか、ドラゴンの口で「Ⅴ」の発音なんてできないよね。

 

 根本的な何かが違う。そもそも日本語が通じるはずのない異世界で、今まで普通に会話できていたことがおかしいのだ。これも魔術の効果なのだろう。


「あの人、〈洗礼〉したから通じるみたいなこと言ってたのに……う、どうしよう」


 正しく呼んであげられないせいで、心なしかヴィヴィタが拗ねている。目つきが険しくなり、イライラとしっぽを振りまわす。


「えっと……そうだ。あだ名で呼んじゃダメ?」


「あだ名?」


「うん」


 流音はしばし考え、心を込めて「ヴィーたん」と呼んだ。

 気に入ってくれるかなとドキドキして待っていると、ヴィヴィタは瞳を輝かせ、飛び上がった。


「おいら、ヴィーたん!」


「良かった……」


 ヴィヴィタは自分も流音をあだ名で呼ぶと言い出した。


「ルゥ」


「なぁに? ヴィーたん」


「えへへ、呼んでみただけ」


 なんだかバカップルみたいだな、と頭の隅で思ったが、ヴィヴィタの笑顔に癒されて細かいことが気にならなくなる流音だった。



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