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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第四章 

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38 目覚めた怪物

前半シーク視点、後半ユラ視点です

 シークは久しぶりに会った元友人の変化を思い出し、忍び笑いを浮かべた。


 ユラが十歳の頃から知っているが、使い魔のドラゴン以外に話し相手もいない一人ぼっちの少年だった。

 闇巣食いの孤児。魔力総合値が馬鹿みたいに高く、一度覚えた術式は決して忘れない。その魔術の才能がまた周囲を恐れさせた。

 悲惨としか言いようがない境遇に身を置きながら、ユラは己を少しも嘆かない。「人形のような見た目通り、心も魂も持たないのだ」と同輩たちはユラを憐れむふりをして見下していた。


 シークは知っている。ユラが決して感情を持たない人形ではないことを。

 己の未来を少しでも明るいものにしようと、魔術の研究に邁進していたことを。


 その真っ直ぐさが、あるいは自由な心のありようが、シークの神経をひどく逆撫でた。


 しかしそんな元友人のユラだが、今は孤独ではなかった。無表情でもない。

 それがシークはおかしくてたまらなかった。


 ――まさかあのユラが女の子と一緒に暮らしているなんてねぇ。


 王都の図書館であの少女に出会ってから、シークは騎士の権限でユラの現状を調べた。

 あの少女――流音は研究のために召喚した転空者らしい。色気どころか情の欠片もない。ユラらしい動機である。


 ――でももうただの研究材料じゃないみたいだったね。ユラもようやく知ったんだ。


 大切なものを傷つけられる痛みや、一度知ったぬくもりを失う恐怖。

 子どもから大人になるにつれて当たり前のように手に入れていく感情の数々を、ユラは孤独ゆえに一つも持っていなかった。

 その反動があの闇の殲滅魔術だ。


 ――もしもあの子が死んだら、どうなるかな?


 シークは首筋の火傷を撫でた。

 学生時代にユラを怒らせ、決闘をした。この傷はユラの本気を引き出した代償だ。

 騎士団に入って様々な任務をこなしたが、あのときよりぎりぎりの命のやり取りをシークは知らない。


 ――とっても興味深いけど、残念。女の子はあんまり斬りたくないんだよねぇ。


 流音は年の割にしっかり躾けられた子どもだった。生意気だが、斬り捨てるほどでもない。あの朴念仁のユラがどうやって彼女を手懐けたのか考えると笑えてくる。


「何をさぼっている。尋問はどうした?」


 思案に耽っていたシークが顔を上げると、上司のレイアが怖い顔をして立っていた。張り付けた爽やかな笑みで誤魔化すことにする。


「休憩ですよ、休憩。もっさい男ばかり見ていたら、息がつまる」


 モノリス王国内にあるレジェンディア騎士団の屯所では、ここ一か月で一斉検挙した犯罪者への尋問が行われている。特に先日捕えた盗賊団は高度な魔術を駆使して、悪質な犯罪を繰り返していた。そうとう厳しく追及されているだろう。

 シークは同僚に仕事を押し付けているので、詳しいことはまだ知らない。徐々にではなく、まとめて情報を頭に入れたい。まどろっこしいのは嫌いだ。


「貴様……いい気なものだな。これから忙しくなるぞ」


「へぇ、やっぱり裏に大きな組織がありましたか。もしかしてロッカ帝国が絡んでます? だとしたら腕が鳴りますね」


 ここ数年、政権が安定しないモノリス王国だけではなく、七つの同盟国全土で不穏な動きがある。

 奴隷が一斉蜂起したり、転空者が大量に行方不明になったり、闇巣食いが組織だって犯罪に走ったり、枚挙にいとまがない。明らかに不自然だ。レジェンディア騎士団結成以来、ここまで秩序が乱れたことはない。

 ロッカ帝国がさらなる領地拡大のため何か工作しているのではないか、という噂はシークも知っている。

 神子の力によって世界は闇より深い暗黒に包まれる。そんなふざけた予言も聞いた。


 シークとしてはありがたいことだ。騎士団の仕事が増えて人手不足になれば、それだけ手柄を上げる機会も増える。多少不真面目にしていても、有能さを示せば粛清されることもない。

 何より命のやり取りによって得られる爽快感をたくさん味わえる。

 騎士とは遠く離れた精神の下、シークは戦場を楽しんでいた。


「いや、帝国も一枚噛んでいるかもしれんが、もっと厄介なことになっている。我々の力で対応できればいいが……でなければ世界滅亡の危機だ」


 シークは顔には出さなかったものの、内心驚いていた。レイアの真面目さはよく知っている。彼女は不謹慎な軽口や冗談は言わない。

 

「敵は北から来るだろう。戦いは近いぞ」


              ************


 どくん、どくん。

 鼓動が始まる。呼吸が始まる。

 鬱陶しい呼び声により、怪物は眠りから覚めた。自分を拘束していた光の糸はたゆんでおり、引きちぎって地上に出るのは容易かった。

 久しぶりに太陽の下に出たが、すぐに青空を黒で潰した。光などいらない。歪んでしまえばいい。

 怪物は羽を広げ、飛び立つ。

 羽ばたきで清浄な空気を濁らせ、その巨体で大地に深い闇を落とした。向かう先は決まっている。

『欲しい、欲しい、欲しい……』

 その呼び声に怪物は抗えなかった。悲痛な願いにかつての自分を重ねたからだ。

 欲しい、欲しい、欲しい。

 世界が欲しい。居場所が欲しい。仲間、希望、未来、愛、夢。

 全てをこの手に。






 はっと顔を上げた瞬間、近くにいたものを弾いた。


「わっ」


 ユラは反射的に少女の腕を掴んで引き寄せる。なんとか吹き飛ばさずに済んだ。

 現状を一瞬で把握する。どうやら研究中に机に突っ伏して眠ってしまい、起こしに来た流音の気配で目覚めたらしい。

 

「びっくりしました」


「こっちのセリフだよ……あの、離して」


 至近距離にある流音の顔が真っ赤になっていた。瞳もうるうると揺れている。


「すみません。ルノン、もしかして熱があるんじゃありません? ちょっと熱いです」


「だ、大丈夫っ。もう大丈夫だもん!」


 そう言いつつも流音は手で顔を覆い、冷やそうと頑張っている。

 流音が盗賊に攫われた事件から三日が経った。

 二人とも怪我自体は治っている。しかし流音はまだ本調子ではないようだ。


「ユラの方こそ大丈夫? なんだかうなされてたよ。どんな夢を観てたの?」


「そうですか? 確かに夢見が悪かったような気はしますが、忘れてしまいました。多分どうでもいいことだったんでしょう」


「疲れてるんじゃない? あ、あんまり無茶しないで。ちゃんとお布団で寝た方がいいよ……」


 今にも消え入りそうな声だった。

 以前から流音はユラの体調をよく案じていたが、盗賊事件の後は輪をかけて心配するようになった。他にも色々と変化がみられる。

 常に見られている気がするし、ため息が多くなったし、それに反比例して笑顔が少なくなった。盗賊事件がトラウマになっているのだろう。


 ――でも、不思議と俺のことを避けたりはしませんね。


 盗賊の隠れ家で流音の怪我を見たとき、頭が真っ白になり、目の前が真っ赤に染まった。昔シークに裏切られたときよりもずっと激しい怒りに苛まれ、心も魔力も制御できなくなり、結果、ユラは盗賊たちを力任せに闇に葬ってしまった。


 怖かっただろうに流音は震えながらユラを止め、それどころかシークや村民の罵倒から庇ってくれた。

 助けに行ったつもりなのに、逆に助けられてしまったのだ。

 それでユラは早く償わなければと焦っていた。


「俺は大丈夫です。今日は予定通り王都の図書館へ行かねばなりません」


「そんな状態で? 一日くらい休んでもいいと思う」


「そういうわけにはいきません。本当にルノンはお留守番でいいですか?」


「う、うん」


 朝食を済ませ、身支度を整えると、ユラはヴィヴィタとともに王都に向かうことにした。


「では行ってきます。くれぐれも結界の外には出ないでください。夜までには帰ります」


「うん。いってらっしゃい。気をつけてね」


 無理矢理作ったような流音の笑顔に見送られ、一人と一匹は空に飛び立った。

 紫の空と風の中で、ヴィヴィタが盛大なため息を漏らす。羽ばたきにも力がない。

 

「きみも元気がないですね」


「やっぱりルゥが帰っちゃうの寂しい。おいらもっと遊びたかった」


 流音を一日も早く帰すと伝えたとき、ヴィヴィタは噴水のような涙を流し、一日彼女から離れなかったらしい。流音に出会ってから、ヴィヴィタは甘えん坊の泣き虫になった気がする。


「明日からゆっくり遊んでもらってください。まだ時間はあります」


「どれくらいでルゥ帰っちゃうの?」


「あと二週間くらいでしょうか」


「短い! そんなのあっという間! 何もできない!」


 ヴィヴィタは体を揺らして宙返りをした。ユラは肝を冷やしつつ、背を撫でる。


「きみが悲しむとルノンも気持ちよく帰れません。早くルノンに元気になってほしいでしょう? それには元の世界に帰るのが一番だと思います」


「おいら違うと思う! 帰るって決まってからの方がずっと元気ない! ルゥも本当は帰りたくないのかも!」


 確かに少し気になっていた。

 元の世界に帰れることが決まったのに、流音はずっと浮かない表情をしている。

 この世界でできた友達と別れるのが寂しいのだろう。それに、もしかしたら魔術球の研究が頓挫することを気にしている可能性もある。

 

「本当は嬉しいのに、喜びを見せないように我慢しているのかもしれません。あの子はとても優しいです。あり得ます」

 

 ユラの答えが気に入らなかったのか、ヴィヴィタは駄々をこねるようにきりもみ降下した。

 それから王都までの間、ヴィヴィタが何を喚いてもユラは舌を噛まないように口を閉じているしかなかった。


 


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