表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第四章 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/98

36 騎士との再会

 

 流音は顔を強張らせる。そこに立っていたのは王都の図書館で出会った不埒な青年だった。

 レジェンディアの騎士シーク。

 彼は盗賊退治のためにモノリス王国に来たと言っていたが、こうして盗賊の隠れ家で再び会いまみえるのは確かに奇妙な縁である。


 流音は血の滴る剣に釘付けになっていた。切っ先がまっすぐユラに向けられる。


「残念だねぇ。昔の学友を手にかけないといけないなんて。何か言い残したい言葉はあるかな? ユラ」

 

「……きみへの呪言を残しましょうか。きっと強力ですよ、シーク」


 二人は冷たい視線を交わす。

 ユラとシークが知り合いだということで芋づる式に関係が分かった。ユラの研究を台無しにし、顔に傷をつけた友人はシークのことだったのだ。この青年ならやりかねないと妙に納得する流音だった。


「攫われた女性たちを保護しました!」

「建物内をくまなく探せ! 残党を取り逃がすな!」

 

 広間にレジェンディアの騎士や警備隊がなだれ込んできた。村娘たちは無事だ。だが、二十人以上いた盗賊たちは半数以下になっていた。逃げ出した者ばかりではないだろう。ユラの魔術で文字通り闇に葬られた。その光景を見ていたであろう生き残りたちは戦意を喪失し、あっけなく拘束されていく。

 現実感がなく、流音はしばし放心した。


「ルゥ無事!?」


 オレンジ色のドラゴンが泣きながら流音の胸に飛び込んできた。


「顔怪我してる!? 誰にやられた? おいらが丸焼きにしてやるー!」


「ヴィーたん、大丈夫だよ。もういいの」


 流音は倒れている男から目を逸らし、ヴィヴィタをぎゅっと抱きしめた。お頭はまだ息があるらしく、警備隊によって運ばれていった。

 人が剣で斬られる瞬間がまぶたに焼きついていて、震えが止まらない。流音は涙目でシークに異議を申し立てた。


「ユラをどうするつもりなの? ユラはわたしを助けてくれた! これは正当防衛だもん!」


「はぁ? 正当防衛? 闇巣食い同士の共食いでしょ。まぁ、実力差がありすぎて一方的な惨殺になったみたいだけど」


「ち、違うよっ」


 シークは目を細め、血の雫を払って剣を鞘に納めた。


「はは、冗談だよ、冗談。社会のゴミクズがどれだけ死のうがどうでもいいことだ。可哀想な女の子たちを救えたし、主犯格っぽいおじさんと数人の雑魚が生き残ってるから聴取もできる。何の文句もない。ご苦労様、学会の魔術師殿。おかげで僕の仕事が減ったよ」


 仰々しい仕草で礼をするシークに対し、ユラは無言だった。代わりにヴィヴィタが吼える。


「こいつやっぱりムカつく! おいらのブレスで結界破ったのに!」


「ああ、ありがとうね。おチビの竜さん。ちょっと太ったんじゃない?」


「おいらチビじゃない! 太ってもない!」


 けらけらと笑うシークに対し、ヴィヴィタが牙を剥いている。今にも炎を噴きそうで流音は慌てて宥める。


「そこ! 何をしているか!」


 鋭い声が飛んだと思ったら、シークが膝の後ろを蹴られてその場に跪く。そして茶髪の真ん中に拳骨が落ちた。


「シーク・ティヴソン! 貴様はまた……騎士団の品位を陥れるような言動は慎め!」


 美女の一喝にシークは痛みに片目を閉じつつもにやっと笑った。

 妙齢の女性だった。凛とした佇まいと高貴な顔立ちが格好良くて、流音はしげしげと見惚れてしまった。彼女の制服の胸には勲章がいくつも煌めいている。尋ねなくとも偉い人なのだと分かった。


「レイア隊長、痛いじゃないですかぁ。てか、いいかげん子ども相手みたいな叱り方しないでくれます? 僕、もうすぐ二十歳ですよ」


「精神年齢の成長が見られたら改めてやる。恥を知れ。……部下が失礼した。私はレジェンディア騎士団第十一部隊長、レイア・マルケスである。ユランザ・ファウスト殿とお見受けする。救援要請を受け取り参上した。遅くなってすまない」


 レイア隊長の礼を尽くした態度にユラは戸惑いつつも姿勢を正した。


「いえ……ありがとうございました。助かりました」


「礼を言うのは我らの方だ。貴殿のおかげで探していた一味を発見できた。かなり狡猾で残忍な一味が相手だったにもかかわらず、味方側に犠牲がなかったのは喜ばしいことだ。外の結界も使い魔殿のおかげで簡単に突破できた。感謝する。……だが」


 きょとんと首を傾げるユラの頭にも拳骨が落ちた。


「貴殿のやり方は最善でも万全でもなかった。一歩間違えれば取り返しのつかない被害が出ていたのだ。いかなる理由があろうと、無断で殲滅型の魔術を使うことも、私情で悪人を裁くことも許されぬ。分かっているだろうな?」


「は、はい……すみませんでした」


 目を回して頭を抱えるユラ。


「今回は成果と罪科を相殺するよう掛け合ってやるが、最低限の処罰は覚悟しろ。貴殿はまだ子どもであり一般市民に過ぎないということを弁え、肝に銘じよ」


 ユラが子ども扱いされている光景は新鮮だった。が、ぼうっと眺めている場合ではなかった。

 レイアの鋭い視線が今度は流音を捉える。


 ――わたしも!?


 流音は体を強張らせて衝撃に備える。

 しかし頭に添えられたのは拳骨ではなく、優しい手の平だった。


「情報は入っている。きみが攫われた転空者の娘だな。すまない。怖かっただろう。よく頑張ったな」


 レイアの柔らかい笑みに、流音は目を丸くした。


「できれば、この世界のことを嫌いにならないでくれ。今後このようなことがないよう、我々がこの地の悪を狩り尽くす。どうか安心してほしい」


「は、はい!」


 ユラとシークから扱いの違いを嘆く視線を浴びていたが、流音は気にせず快活に頷く。レイアに親愛の眼差しを向けて。


「良い子だ。きみもユランザくんも怪我の治療を受けなさい。聴取はその後で。シーク、働け!」


「はいはい。じゃあ、また後でねー」


 凛々しい女騎士と不真面目な騎士は団服を翻して去っていった。

 ユラの話を聞く限り、そしてシークを見る限り、レジェンディア騎士団は騎士とは名ばかりのろくでもない組織だと思っていた。しかしレイアの姿を見て価値観が一転した。


 ――カッコいいー……。 


 アッシュが騎士に憧れる気持ちに激しく共感する流音だった。





 

 雨が降り出していたので、村への帰り道は騎士団の魔動四輪車に乗せてもらった。ヴィヴィタは疲れて流音の膝の上で眠っている。

 車中、シークと出会った経緯をユラに説明した。王都で嘘を吐いたことがバレて気まずかったが、ユラは他のことを気にしており、怒られはしなかった。

 

「あの印もシークの仕業ですか。魔力感知を誤魔化す小細工がしてあったのでおかしいと思ったんです。知り合いの犯行なら納得です」


「知り合いの犯行って……久しぶりに会った元お友達だよね? 仲直りしないの?」


「無理です」


 流音は説得をすぐに諦めた。シークは癖が強すぎる。むしろよく友人でいられたものだ。


 ――でも……お仕事だから当たり前かもしれないけど、ユラのこと助けてくれた。あとでちゃんとお礼を言わなきゃ。


 ユラにも、と流音はちらりと右側をやる。たまたま視線がぶつかって心臓が跳ねた。


「どうしました?」


「え? えっと、助けてくれてありがとう……その……」


「礼を言われる筋合いは全くありません。……むしろ、ケガをさせてしまってすみませんでした」


 いつも通りの淡白な返事だが、流音はユラの表情に暗いものを感じ取った。今はあえて感情を殺しているかのような、おかしな違和感がある。


「ユラ?」


「いえ……後で話します。疲れているでしょう」


 ユラも相当疲れているらしく、話の切りがついた途端に目を瞑ってしまった。車が大きく揺れる度にかくかくしている。


 流音はユラに返してもらった赤いリボンを握りしめる。

 助けに来てくれたとき、本当に嬉しかった。

 それに、あれほどユラが怒ってくれるなんて思わなかった。ただ研究に必要というだけなら、流音がどんな目に遭っても取り乱したりはしないだろう。不謹慎だと思いつつも優越感を覚える。

 ユラが盗賊の半数を跡形もなく消してしまった事実は恐ろしかったが、それ凌駕するほどの安堵をもらった。


 ――ユラもわたしのこと、家族のように思ってくれてるのかな?

 

 胸が温かさで満たされていく。

 次第に体から力が抜けていった。もう目を開けているのも辛い。

 小さなあくびを噛み殺して、流音はこっそりユラにもたれかかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ