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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第四章 

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33 追いかけたい、見つけてほしい

 ユラは恐慌状態の村を見て息を吐く。

 母親が娘の名前を叫び、男たちが駆け回っている。


 ――最悪です。

 

 村人たちが口々に状況を説明してきた。

 つい先ほど盗賊による強襲を受け、人々は睡眠魔術をかけられた。その間に家を荒らされ、金品を奪われ、女性が数名連れ去られたという。

 

「アッシュ、しっかりしろ! どうしたんだ」


「う……ルノンが」


 ユラは耳ざとく反応し、その少年のもとへ駆け寄る。旅一座の奴隷の少年で流音の友人だ。アッシュは仲間の介抱を振り切り、ユラにすがりついた。

 

「ルノンの奴、攫われちまった!」


 アッシュは顔にひどいけがを負っていた。睡眠魔術に抵抗するために口の中を噛んで意識を繋いだが、結局何もできなかったと嘆く。アッシュが悔しそうに体を震わせると、唇から血の雫がこぼれていった。

 ユラは彼の手から流音が落としていったリボンを受け取る。


「きみのせいではありません。仕方のないことです」


 アッシュの話では、盗賊たちは流音が転空者であることを知っていたようだ。ユラを単身呼び出して罠にかけたことを考えると、二人のことを事前に知り、計画的に攫ったことは明らかだ。村人たちもアッシュたちも巻き込まれたに過ぎない。

 だから気にするなと声をかけたのだが、アッシュはカッと目を見開いた。


「オレはガキで奴隷だけど男だ! 言い訳も慰めもいらねぇ! そんなこと言ってる暇あったらルノンを助けに行けよ!」


 全身から立ち上る熱気が目に見えるようだった。


 ――なんて、気位の高い……。


 ユラは恐れ入った。年下の少年の覇気に圧倒されるのは初めてだ。


「落ち着け。そんな生意気な口を利ける立場か」


 興奮するアッシュの肩を一座の座長が強く叩いた。屈強な肉体を持つ老人だ。こちらは明らかにカタギではない空気を纏っている。

 痛みで悶絶するアッシュを無視し、座長がユラに問う。


「魔術師殿、村の周りの様子は見ただろう。賊を追跡できるのか?」


「何とでもなります。それよりも通信は生きていますよね。メテルの警備隊に伝えてほしいことがあります。……レジェンディア騎士団に俺の名前で救援要請を出してください」


 β級魔術師からの緊急依頼なら、彼らが迅速に動いてくれる可能性が上がる。

 ユラは自分の心のわだかまりを封じ込めた。彼らの手を借りたくないなどと言っている場合ではない。


「行きますよ、ヴィヴィタ」


「うん! 絶対ルゥ助ける! 悪い奴許さない!」


 ヴィヴィタの銀色の瞳には、本来ドラゴンが持つ凶暴な光が宿っていた。非常に心強かった。

 

 

 

 ユラは村の入り口でぼやく。村人たちが右往左往していた。


「全く……厄介な盗賊団です。かなり高度な魔術を駆使しています」


 地表近くに闇属性の黒い霧が漂い、村を取り囲んでいた。

 触れると体力を吸収する厄介な性質を持ち、魔力感知の精度を下げる効果もあるらしい。おまけに霧はぬかるんだ大地で蠢き、足跡や車輪の後を消している。

 追跡を防ぐための魔術だ。そこらの盗賊と比べ格段に手口が巧妙である。

 

  


「さ、ユラ。早くおいらに乗って!」


 ヴィヴィタが本来の姿に戻り、背中に乗れと急かす。峠から戻ってきたときと同じように上空からなら霧の影響を受けずに移動できる。


「いえ、まずはこの霧を解除しないといけません。救援部隊が町に入れませんし、村人も外に出られません」


「えー!」


 ユラは心の中で舌打ちをした。

 他の者のことなど考えず、今すぐヴィヴィタに乗って流音を探しに行きたかった。焦りばかりが募る。


 ――ルノン、泣いていないでしょうか。


 今まで見た彼女の笑顔と涙が思い出され、ユラは思わず拳を握りしめた。

 不思議だった。

 彼女はただの所有物。研究のための都合の良い同居人。

 少し前まで流音のことをそんな風に思っていた。彼女が転んでも泣き出しても、ユラは少し困るだけで心自体はほとんど動かなかった。


 でも今は、自分の半身を傷つけられているような苛立ちを覚えている。

 もうずっと忘れていた感覚が胸の奥で燻っていた。


 ユラは風属性と光属性の合成魔術を即席で組み、黒い霧を散らしていった。範囲はかなり広く、魔力がじりじりと消費されていく。

 黒が視界から消えると、村人たちが口々に礼を述べてきたが、構っている暇はない。

 

 続けて、魔力感知を行う。

 異世界から流音を見つけて召喚したくらいである。大陸のどこにいても見つける自信はあった。


「ユラ? どした?」


「……ルノンの気配がありません」


 再度魔力感知を試みるが、結果は同じ。

 盗賊たちがどちらの方向に逃げたのかも分からない。

 ユラは途方に暮れた。


                ************



 盗賊たちの手により、流音は魔動四輪車の荷台に転がされた。

 村の若い女性も三人ほど一緒だったが、彼女たちは魔術で眠らされていた。流音も以前ユラに眠らされたことがある。あのときはころんと眠ってしまったが、盗賊たちの催眠魔術はユラのものほど強力ではないのか、流音には効かなかった。代わりに手足を縛られ、首に変な輪をつけられる。

 

「う、何これ……」


 首輪が触れている部分がちりちりと痛んだ。吐き気もする。この世界に来てここまで体調が悪くなるのは初めてだった。

 異変はそれだけではない。体の魔力の流れがぴたりと止まり、外に放出できなくなった。首輪から出る圧で相殺されているようだった。

 

 車が猛烈なスピードで発進した。ぬかるんだ大地に黒いヘドロを撒きながら、二輪車も数台ついてきている。ユラに峠道の土砂崩れを除去してほしいと依頼した旅人の姿もあった。

 最初から騙されていたんだ、と流音は絶望する。


「ひどい……ユラにも何かしたの?」


 流音が睨み付けると、にやにやと盗賊の男たちが笑い合う。


「助けは来ないぜ」


 嫌な想像が脳裏によぎり、全身から血の気が引いた。


 ――ううん! ユラがこんな人たちに負けるわけないもん!


 ユラは賢くて強い。ヴィヴィタも一緒だ。目の前の犯罪者の言葉なんて信じるものかと流音は歯を食いしばる。


 ――ユラが絶対に助けに来てくれる。


 研究に流音が必要なことを差し引いても、不思議と見捨てられるとは思わなかった。この世界に来たばかりの頃とは比べ物にならないほど、流音はユラを信じていた。


 ――居場所さえ伝えられれば……。


 ユラは流音の魔力を感知することができる。だが、魔力が体の外に出ていかない。

 吐き気を堪えながら流音は意識を集中させる。首輪の力に抗うために力を溜めた。

 ほんの少しでも魔力を放出できれば、きっと。

 そのとき首輪から青い光が漏れ出し、盗賊が目を剥いた。


「何してやがる!」


 一人の盗賊が胸倉を強引に掴み上げた。頬に冷たいナイフを添えられる。


「これ以上変な真似してみろ。お前だけじゃない。他の女もボロボロにしてやるからな!」


 盗賊は流音の体を激しく振り、荷台の床に叩きつけた。痛みと恐怖で身が固くなり、吐き気と涙がこみ上げてくる。

 ナイフの刃がかすり、黒髪が一房切り落とされていた。ユラにもらったリボンも一つ失くしてしまっている。それがとても悲しくて、流音は床に額を寄せた。


「おーい、あんまり傷つけるなよ。女のガキは高く売れるんだ。転空者ならなおさらだろうよ」

「分かってる」


 大人しくなった流音に冷たい一瞥をくれ、盗賊たちは村から盗んだ金品や女性たちの品定めを始めた。下卑た笑い声が響く。


 ――怖い……でも泣きたくない。


 鼻をすんすん鳴らしながらも、流音は唇を噛みしめて涙をこらえた。

 

 これからどうなるかを考えると恐怖しかない。流音は必死でこの状況から逃れる方法を模索した。

 無理矢理体内の魔力を使おうとすれば、輪から光が漏れだす仕組みのようだ。

 どうすればいい。どうすれば。


 車が窪地で跳ね上がる。その拍子に床に落ちていた黒髪が指先に触れた。反射的に流音は体の下に髪の毛を隠す。


 髪には魔力がたまりやすい。そんな話を思い出す。


 ――お願い!


 流音は祈る。切り離された髪に、唯一覚えている術式を重ねた。




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