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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第三章 

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30 流音十二歳、ユラ十七歳

 八の月の一日。

 流音はごちそうの買い出しを済ませ、町の洋菓子店で予約していた小さなホールケーキを受け取り、たくさんの荷物をヴィヴィタと分け合って運んでいた。張り切って食材を買いすぎて、真っ直ぐ歩くのにも苦労する。ユラに見つかったら「食費の無駄遣いです」と冷ややかに言われそうだ。


「わわっ」


「ルノン? 大丈夫か?」


 今にも落としそうだった紙袋を日に焼けた腕が攫った。


「はぁ……ありがと、アッシュ」


「すげー買い込んだな。もう帰るところなら町の外まで運ぶの手伝ってやるよ」


 アッシュも箱を肩に載せていた。今夜の舞台で使う小道具を劇場まで運ぶ途中らしい。


「嬉しいけど、いいの? お仕事の途中なんじゃ」


「ちょっとくらい大丈夫だって。危なっかしくて見過ごせねぇ」


 嫌な顔一つせず、アッシュは荷物を引き受けた。流音はかなり無理して運んでいたが、アッシュは軽々と抱えている。


「おいらこういうの知ってる! 紳士!」


 ヴィヴィタの言葉に流音は激しく同意し、礼を言った。

 

「大げさな奴らだな。で、こんなにどうしたんだ? 家にこもるのか?」


「う、うん。あのね……今日は誕生日だから、ごちそう作ろうと思って」


 流音が偶然にもユラと誕生日が同じ日だと告げると、アッシュは「へぇ」と目を細めた。自分の誕生日を自分で盛大に祝おうとしているのがバレて少し恥ずかしかった。


「おめでとう。十二歳か。もう一人前って言っていい歳だよな」


「えへへ、ありがとう」


 町の外、ヴィヴィタが変身して飛び立てる場所まで来ると、流音はアッシュから荷物を受け取る。

 彼は自分が運んでいた荷物を漁り始めた。


「あったあった。良かったらもらってくれ。プレゼント。ルノンのために作ったもんじゃねぇけど、一応オレの手作りだぜ……て、こんなもんもらっても困るか」


 アッシュは紙の花を差し出す。牡丹の花ように大きく、色も淡いピンクで可憐だった。一つくらい大丈夫だから、とアッシュは苦笑した。


「素敵なプレゼントありがとう。アッシュの誕生日はいつ? お返しする」


「そんなこと気にすんな。今日が楽しい誕生日になるといいな。じゃあ!」


 流音が引き止める間もなくアッシュは箱を抱えて去って行った。

 手元に残る紙の花に少しだけ胸がときめいたものの、スピカの顔を思い出して罪悪感も覚えた。ちなみにスピカには可愛いノートとペンをプレゼントしてもらっている。


「ヴィーたん、アッシュのプレゼントのことは誰にも言わないでね」


「んー? よく分かんないけど分かった!」


 紙の花を大切に鞄にしまって、流音はヴィヴィタとともに帰路についた。



 夜。

 キュリスローザや森の精霊たちにプレゼントされた花々を飾り、見違えるほど華やかになった部屋に二人と一匹は集まる。


 流音はこの世界にやってきてから高めた調理技術をいかんなく発揮し、テーブルに乗り切らないほどのごちそうを拵えた。集大成と言ってもいい。

 ポテトサラダ、魚介のパスタ、野菜たっぷりのカラフルなスープ、ミートボール、フライドチキン……。

異世界の食材でも元の世界と遜色ない料理が作れた。流音は自己満足してはしゃぐ。


「……作りすぎです」


 ユラの視線にはわずかに非難の色が混じっていたが、流音は気づかないふりをした。大丈夫。ヴィヴィタは食いしん坊だし、余るなら明日も食べればいい。


「美味しそう! 早く食べよう! 冷めちゃう!」


「うん。じゃあまずは乾杯だね。あのね、ユラ。これはヴィーたんのプレゼントの果物で作った特製ジュースだよ」


「そうですか。ありがとう、ヴィヴィタ」


 えっへんと胸を張るヴィヴィタの前に小さな杯を置き、流音とユラはグラスを手に取る。


「えっと……ユラ、お誕生日おめでとう」


 流音は控えめにグラスを掲げる。

 ユラは相変わらずの無表情だったが、乾杯には素直に応じてくれた。

 

「ありがとうございます。ルノンもおめでとうございます」


 グラスが澄んだ音を立て、誕生日会は始まった。


「めでたーい! いただきます!」


 ヴィヴィタが夢中でミートボールを頬張る。ユラも黙々と料理を食べていく。みんな食べるのに集中しすぎて、談笑することもなく会は進んだ。それでも流音は楽しかった。


「ケーキを食べる前にプレゼント交換ね。……はい」


 流音はどきどきしながらユラに小さな包みを渡した。


「どうも。こういうときは、すぐに開けるものですか?」


「う、うん」


 ユラが包みをほどく。包装紙の中から封筒と布の袋が現れる。


「お手紙は恥ずかしいから後で読んで。一人のときに黙読で」


「分かりました。こちらは……なんだかいい匂いがします」


「匂い袋だよ。碧天樹の香りでね、リラックス作用があるんだって」


 手の平に収まるほど小さなミントグリーンの袋だ。中には綿と砕いた香木が入っている。部屋に吊るしておくだけで一年ほどは香るらしい。

 ユラは珍しそうに袋を眺めた。


「これは……ヴィヴィタですか?」


「! そう! ちゃんとヴィーたんに見えて良かった」


 袋にはオレンジ色のドラゴンと花の刺繍がしてある。三週間かけてデザインから全て流音が手がけた。初めてにしては上手にできたと思う。

 気に入ってもらえただろうか。流音は恐る恐る反応を待つ。

 次の瞬間、ユラが口元を押さえてくすくすと笑った。


 ――笑った……。


 彼のこんなに柔らかい微笑みは初めてだった。流音は言葉にできないほどの達成感を覚え、久しぶりにめまいがした。


「おいら可愛い? 似てる?」


「はい……このお腹のラインとかそっくりですね。傑作です。ルノン、面白いものをありがとうございます」


 心臓を鎮めるのが大変で、流音は頷くことしかできなかった。


「すみません。俺の用意したプレゼントは、流音のものと比べると格段に落ちます」


 ユラが差し出した包みを流音は両手で受け取る。


「あ、ありがとう。ちゃんと用意してくれただけでちょっと驚いた……開けます」


 流音は中身を見てさらに驚いた。

 赤いリボンだった。両端に白いレースがあしらわれていてとても可愛い。


「こ、これ、ユラが買ったの?」


「はい。ちょうど50モニカでした」


 値段を言ってしまう辺りはユラだが、彼が選んだとは思えないほど流音好みのプレゼントだった。


「ちょっと待ってて!」

 

 流音はリボンを持って屋根裏部屋に上がり、鏡の前で長い黒髪をリボンで二つにくくってから戻った。


「どうかな?」


「ルゥ可愛い!」


「黒髪には赤が映えますね」


 予想を大幅に上回る素敵なプレゼントに流音は満面の笑みを返した。


「ありがとう、ユラ。大切にするね!」


              **************



 深夜。

 ユラは一人でベッドに腰かけ、流音にもらった匂い袋を撫でた。

 刺繍のデザインは子どもっぽいが、自分のために作られたこの世に二つとない一点ものだと思うと感慨深い。良いものをもらったと素直に思える。


 用意したプレゼントも思いのほか喜ばれた。雑貨店に入って三分で決めたと知ったら怒られそうだ。だが、一目見てこれだと直感したのだから仕方ない。

 人に笑顔を向けられる機会が少ないからだろうか。流音の無邪気な笑顔がまぶたに焼き付いて離れない。

 よくよく考えてみれば、誕生日を誰かと祝いあったこともなかった。


 ――そう言えば、手紙ももらいましたね。


 私信を送られるのも初めてだった。ユラは女の子らしい花柄の封筒を慎重に開ける。

 拙い文字だが、ちゃんとモノリス語で綴られていた。いつの間に勉強したのだろう。ユラは文字を指でなぞる。


『ユラへ。

 十七歳のお誕生日おめでとう。文章が変だったらごめんなさい。

 面と向かって話すのは恥ずかしすぎてムリなので、お手紙にしました』


 そんな書き出しから始まった手紙には、様々なことが取り留めも脈絡もなく書かれていた。


 最初は勝手に異世界に連れて来られてとても腹が立ったこと。

 体を治してもらえることになっても信用できなかったこと。

 だけどユラに必要だと言ってもらえて嬉しいと思ったこと。

 この世界に来て悪いことばかりじゃなくて、お友達のおかげで毎日楽しくて、ユラのことも嫌いじゃなくなった。もう怒ってもいない。

 ユラの生い立ちや研究の目的を聞いて、すごいと思うと同時に少し悲しくなった。


 流音がたくさん時間をかけ、一生懸命迷いながら書いたことが伝わってきた。


『よく町のみんなからユラとはどういう関係か聞かれます。わたしはみんなを安心させたくて“家族みたいなもの”と答えるようにしていました。でも今度からはちゃんと“家族”だっていいます。一緒のお家で誕生日をお祝いしたからです。いいよね?』


 どういう論理でしょう、と内心突っ込みながらもユラは無意識に呟いた。


「家族……」


 世間では最も身近な集団の単位だが、ユラにとっては縁遠い言葉だった。無関係の言葉と言い換えてもいいくらいである。

 それが瞬く間に手の届く範囲に現れた。


『わたしは元の世界の家族にはたくさん遠慮していました。でもこちらの世界の家族には遠慮しないようにします。短い間しか一緒にいられないからです。

 体に気をつけて研究を頑張ってください。気をつけてくれないと協力しません』


 最後に慌てて付け足したような一文が記されていた。


『追伸 このお手紙は読み終わったら燃やしてください。絶対です』


 読み返して恥ずかしくなったのだろう。その様子が容易に想像できてユラは笑いが堪えられなくなった。

 

 ――やっぱりルノンはすごいです。


 

 翌朝、流音が頬を染めて伺うような視線を向けてきたので、ユラは黙ってゴミ箱を指差す。そこには紙の燃えかすが残っていた。原型は留めていない。


「ルノン、昨日はありがとうございました。思いのほか楽しかったです」


「わたしも」


 流音はにこにことご機嫌に笑い、朝食の準備に取りかかった。

 

 ユラはこっそりと古代文字の辞書に触れる。今後も絶対手放さないと断言できる本である。

 カバーのポケットに隠した花柄の便箋を確認して、ユラは目を細めた。

 

 


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