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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第三章 

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29/98

29 お祝いしなきゃ

 ユラの話は続く。


「あときみが知りたいのはどうして封印魔術の研究をしているか、でしたね。これにはいろいろな理由があります。古の魔物の封印が緩んできているという話はしましたよね。それを再封印すれば、もしかしたら闇巣食いが治るかもしれないからです」


「本当?」


「やってみなければわかりませんが、闇巣食いの原因が古の魔物にある以上、全く影響がないとは思えません。年々闇巣食いが増えている、という研究データもあります。それが封印の緩みに起因するのなら、封印をきつく施せば改善する可能性は大いにあります」


 流音はユラの説明を噛み砕き、何とか飲み干して頷く。


「そっか。じゃあユラは闇巣食いのために封印魔術を研究しているんだ。……他にも理由があるの?」


「はい。完全に闇巣食いに堕ちてしまうとまた隔離されてしまうので、そうなるくらいなら自分を封印しようと思います」


「…………え?」


 今さらっととんでもないことを言ったような気がする。

 流音は慌てた。


「えっと……魔力を封印するとか、そういう意味だよね?」


「いえ。この世界で魔力を封印してしまうと〈不適合者〉になり、また周囲に変な影響を与えてしまいます。自分を封印する、とはそのままの意味です。古の魔物たちと同じく、肉体も精神も魔力も全て外界から切断し、封じてしまうということです」


 ユラは何の憂いも感じさせない無表情で言う。


「囚われて一生不自由に暮らすくらいなら、俺は封印の中で眠りたいです。いつか、闇巣食いを治す方法を誰かが見つける日まで、あるいは古の魔物そのものが討伐される日まで、何百年でも何千年でも待ちたいんです」


 ユラは言う。

 軟禁中に読んだ昔の闇巣食いに関する資料には、「いつか未来の同士が救われますように」という想いが記されていた。

 その一文を初めて読んだときは滑稽に思ったが、未来を信じて希望を託す行為を次第に悪くないと感じるようになったらしい。

 知識は蓄積され、技術は発展し、人間は学習する。


「未来がどうなっているのかと考えるのは愉快です」


 できれば今の時代で片を付けたいとは思いますが、とユラは付け足した。


 流音はユラのことがようやく少し分かった。

 彼は悲惨な生い立ちにも周囲からの拒絶にも負けず、好きに生きるために自分にできる最善を探している。未来に夢を見ている。

 なんて前向きなんだろう、と胸が震えた。


「ユラはすごいと思う……でも」


 流音はとても悲しい気分になった。

 今の時代で解決できないなら自分を封印して時を稼ごうなんて、普通は考えない。

 ユラは今のこの世界に何も未練も執着もないのだ。

 誰も自分を必要としていないし、自分も名前のある誰かを必要としない。

 自分がいなくなっても誰も悲しまないし、誰かに会えなくなっても特に悲しくない。

 そう思っている。


「ねぇ、ユラ。その自分を封印するっていう話は、他の人にしたことある?」


「はい。……例の友人だった彼にはしました」


「どんな反応してた?」


 ユラは考えるように宙を仰いだが、首を横に振った。


「よく覚えていませんが、無反応だったような気がします。この話については一度きりしかしていません」


 流音は思った。

 ユラの友達はその話を聞いて腹を立てたのではないか。

 上手く言葉で説明できないけど、そんな気がしてならない。

 最初に友情を無下に扱ったのはユラの方かもしれない。

  

「……もしユラが自分を封印しちゃったら、ヴィーたんはどうなるの?」


「ドラゴンの一生に比べたら、俺と過ごした日々なんてないに等しいです。ヴィヴィタが生きている間に封印が解ければ、また会えるかもしれません。できればしばらく封印を守ってもらおうと思っていますけど」


 どうせ生き続けても百年と一緒にはいられないのだとユラは平然と言う。

 ヴィヴィタは目をきゅるるんと輝かせた。


「うん。難しいことよく分かんないけど、おいらはずっとユラを守るよ。……ルゥ? どこか痛い?」


 流音はヴィヴィタの背を撫でながら言葉を探した。


 ――わたしは元の世界に帰る。ママのいるおうちに帰る。


 だから言えない。「その考えは良くない」とか「大切な人ができたらどうするの」とか、「ユラが本当に一人ぼっちになったら、わたしは悲しい」とか。

 ユラが幸せになる未来をちっとも想像できなくて、流音の胸はきゅうっと締め付けられた。


「もう質問はありませんか?」


 黙りこくって動かなくなった流音にユラが淡泊に問う。


「あ、あのね……うんと……ユラの誕生日っていつ?」


 どうしてそんなことを尋ねてしまったのか、自分でも分からない。

 幸せイコール誕生日という連想を脳が勝手にしたようだった。その日だけは母が仕事を無理矢理にでも調整して一緒に祝ってくれた。流音にとっては一年で最も楽しみな日だ。


「誕生日ですか? 記憶の通りなら八の月の一日ですが」


「え、ほんと? ……わたしと同じだ」


 この世界の暦は流音の世界のものとは違う。

 ただ非常に似通っていた。

 一週間は七日でひと月は三十日。一年は基本的に十二か月である。何年かに一度、星の運行を観測して年末に零の月を作って調整するという。

 これは過去に召喚された転空者によってもたらされた暦が広まったかららしい。


 流音の元の世界での誕生日は八月一日。

 正確に勘定すれば、この世界の八の月の一日ではないことは分かっている。しかしすんなりとその日を誕生日だと思うことに決めた。


「すごい偶然。じゃあその日、一緒に誕生日をお祝しなきゃ」


 奇妙な一致が流音は不思議と嬉しかった。


「誕生日を祝う?」


 何ですかその発想、とユラは戸惑いを見せた。


「わたしが十二歳、ユラは十七歳になる誕生日だもん。お誕生日会をして、おめでとうって言う。お部屋を飾り付けて、ごちそうとケーキを食べて、プレゼントをもらうの。わたしの世界ではそうするんだよ。この世界は違うの?」


「さぁ、どうでしょう。まぁ、誕生日がめでたいという意識はあると思いますけど」


「じゃあやろう! お誕生日会」


「楽しそう! おいら二人のことたくさんお祝いする! とっておきの果物探す!」


 ヴィヴィタは飛び上がって喜び、ユラはやや顔をしかめた。

 流音の中ではもう誕生日会の開催は決定事項となった。


「ありがとう、ヴィーたん。……えっとね、わたし達はプレゼント交換をするから……50モニカまでで用意してね。当日まで中身は内緒」


「俺はきみに買ってほしいものなんてないですけど。何をもらっても別に嬉しくは……」


「なんてこと言うの。こういうのは気持ちだもん」


 押し売りレベルの強引さで流音はユラを納得させた。


 ――すっごく楽しみ!


 ユラに楽しい思いをしてもらおう。心からお祝いして素敵な思い出を作りたい。

 それは悪いことではないはずだ。

 

 八月一日は三週間後に迫っていた。




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