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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第三章 

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28 ユラの過去語り

 今夜こそ、と流音は拳を握りしめる。

 ヴィヴィタを肩に乗せ、ユラがいる研究室を覗く。


「どうしました?」


 ユラは怪訝そうにわずかに眉を持ち上げた。


「あ、あのね……お話が」


「今度は何がしたいんです?」


 ユラは面倒くさそうにため息を吐いた。

 子どものわがままに手を焼く大人みたいだ。心外である。

 流音は深呼吸をして、はっきりと告げた。


「ユラの昔のお話が聞きたい」


「は?」


「だから、ユラのこと教えてほしいの。今までどうやって過ごしてきたのかとか、顔の傷はどうしたのかとか、どうして封印魔術の研究をしているのかとか」


「なぜそんなことを聞きたがるんです?」


 予想通りの問いに流音は胸を張って答える。


「ユラのことを知りたいと思ったから。それ以上の理由はないよ」


「……理解不能です」


 ユラは考え込んでしまった。しかし流音が固唾を飲んで待っていると、ペンを置いて手招きをする。


「分かりました。研究のためにもある程度の信頼は必要でしょうから」


 ユラらしいな、と流音は少し安心した。

 研究室の隅にあるベッドに二人並んで腰かける。面と向かうのは少し恥ずかしかったからだ。


 自分の生い立ちを誰かに語って聞かせるのは初めてです、という言葉でユラは切り出した。


「俺はミュコス王国というとても貧しい国で生まれました。今のモノリスと比べてもひどいところです。その日食べるものにも苦労する人ばかりでした。俺も例に漏れず、母と二人で貧しい暮らしをしていました」


 ユラも母子家庭だったんだ、と流音は妙な共通点に衝撃を受けた。


「小さい家を持っていたので奴隷ではなかったようです。一度父親らしき人物にも会いました。そちらは身なりの良い男性でした。これは邪推ですが、母は愛人のような存在だったのでしょう。もう母の顔はおぼろげにしか覚えていません。でも、子ども心にも美しく魅力的な人だったと思います」


 親を語るにしては淡々とした口調でユラは述べた。


「俺は物心ついた頃から火属性の魔力操作ができましたが、母には絶対に魔力を使うなと言われていました。ミュコス王国では魔術の才能を持つ者は親元を離れ、強制的に政府の下で働かなければならなかったのです。それを避けたかったんだと思います。

 しかし六歳くらいの頃、気づいたら魔境の森にいました。凶暴な魔物が住む深い森です。母に捨てられたのかはぐれたのかは覚えていません。自力で町に戻ることはできず、俺は森の中で迷い続けました。そこでヴィヴィタと出会いました」


「おいらよく覚えてる! ユラお腹すかせて倒れてた!」


 流音の肩に乗るヴィヴィタをユラはそっと撫でた。


「そうです。俺はヴィヴィタに助けてもらいました。食べ物や安全な寝床をくれたのでなんとか生き延びることができたのです。そのまま一年ほど森で生活しました」


「一年!?」


 流音は驚いたまま口を閉じることを忘れた。


「ある日、森にレジェンディア騎士団の小隊がやってきました。その頃には俺はもう闇巣食いになっていて、彼らの魔力感知に引っかかったようです」


 闇巣食いの特徴である赤い目は魔力をたくさん使うときにしか現れない。だからユラは自分が闇巣食いになっていることに気づかなかったらしい。というか、幼いユラは闇巣食いの知識すらなかった。


「しかもその頃はまだ、闇巣食いが簡単には感染しないという事実も判明していませんでした。大抵の闇巣食いは捕えられて隔離されるのですが、騎士の一人は俺を殺そうとしました。連行するのが面倒だ、とかなんとか言っていた気がします」


 ユラは命の危機に初めて魔法を人前で使った。術式も何もないただの魔力の行使である。それでも膨大な魔力のおかげで、何とかその危ない思想の騎士の一撃からは逃げられた。


「その小隊の隊長が俺を殺すのは待てと言い出しました。知り合いの魔術師が闇巣食いについて研究しているから、俺を実験台として提供したかったらしいです。その隊長にはあっけなく捕まり、俺はオウマ王国の砂漠の真ん中にある牢に入れられました」


「おいらも負けた。あいつ化け物みたいな強さだった。ユラ連れて行かれちゃった……」


 ひどい。ひどすぎる。

 流音はヴィヴィタをぎゅっと抱きしめ、話の続きを聞いた。


「研究の実験台と言っても、俺を罪人や奴隷と一緒に閉じ込め、どれくらいで闇巣食いが感染するのかを確かめるというものでした。そこは代々闇巣食いが隔離される場所だったので、たくさんの魔術に関する書物が残っていました。退屈はしませんでしたね。俺は文字を覚え、魔術を覚え、三年ほど過ごしました」


 食事がとても不味かったです、とユラは首を横に振った。森で魚や鳥を焼いて食べていた頃の方がずっと幸せだったらしい。


「十歳の頃、俺を軟禁していた魔術師によって、闇巣食いに関する論文が世に出ました。他にも何十人も実験台を囲っていたようです。その後、俺が他人を闇属性に染めるまではまだ猶予があることと、俺の魔術の才能が認められ、サイカ王国の魔術学院への入学を推薦されました」


 サイカ王国は七つの同盟国の中でも最も豊かな大国である。

 魔術の研究も進んでおり、魔術学院の規模も大きい。

 王族、貴族、平民、奴隷、あらゆる者に魔術師への門戸は開かれる。


「使い魔を連れて行ってもいいとのことだったので、俺はヴィヴィタに声をかけました。変な別れ方をして気になっていたので」


「おいら、ユラが心配でついてくことにした! 初めての人間の友達だったから!」


 良かったね、と流音は涙ながらにヴィヴィタに頬を寄せる。


「魔術学院には十四歳になるまで籍を置きました。まだまだ闇巣食いの論文が広まっていなかったし、俺は幼すぎて浮いていました。友人も一人しかできなかったです」


「一人いたの? ヴィーたん以外に?」


 流音の正直な反応にユラは苦笑する。


「はい。変わった男でした。有力貴族の三男坊で外面は完璧なくせに、毒舌で周囲を煙に巻いたりして。学年は同じでしたが俺より三つ年上だったので妙な先輩風を吹かして、いろいろとちょっかいをかけてきて大迷惑でした」


「それは……友達なの?」


 流音は恐る恐る尋ねる。


「少なくとも俺はそう思っていました。卒論のことがあるまでは」


「卒論?」


 よく大学生の人が苦しむやつだ、と流音はぼんやりと思い出す。


「あいつユラの研究めちゃくちゃにした!」


 ヴィヴィタが鼻息を荒くして憤慨する。


「どういうこと?」


「魔術学院で所定の単位を取り終えた者は、最後に卒業のための論文を製作します。その出来いかんで卒業後の就職先が優遇されるんです。特に首席の座は大変名誉で、みんなが狙っていました。俺は何の後ろ盾もない状態だったので、どうしても良い成績を取って魔術学会に入りたかった。だから寝る間も惜しんで実験を繰り返していたんですが……」


 ユラが少し研究室から出ている間に、苦労して作った実験の記録ノートが燃やされていた。もちろん目につく場所に置いておいたわけではない。


「ノートの保管場所を知っていたのは彼だけでした。だから俺は問い詰めた。彼はあっさりと自分がやったと認めました」


 彼は飄々と言った。


『年下の闇巣食いに負けたら、僕の立場がなくなるじゃん。少しは空気読みなよ』


 彼は将来を有望視されていた。周囲からのプレッシャーは凄まじいものだっただろう、とユラは言う。


「だからと言って許せませんから、俺たちは魔術による決闘をしました。この傷はそのときに負ったものです」


 ユラは右目の下の傷に触れる。

 少し位置が違えば眼球や脳まで傷ついていただろう。それほど本気の殺し合いを行った。


「結果は引き分けでしたが、俺の方が彼にひどい怪我をさせてしまいました。相手が貴族だったこともあり、俺は停学になって卒業が一年延びましたが、彼はそのまま首席を取って卒業していきました。それ以来会っていません」


「お友達と喧嘩したままお別れしちゃったの……?」


「もう友達ではありません。しかも彼はよりにもよってレジェンディア騎士団に入ったんです。最悪です」


 ユラは小さく息を吐いた。

 確かに騎士団を激しく嫌うのも無理もない。

 ユラの波乱万丈な人生に流音はかける言葉が見つからなかった。




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