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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第三章 

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27 不埒な騎士様

 流音は若い騎士に攫われた。

 そして今、図書館に併設されたカフェでスイーツを振る舞われている。

 目の前にそびえるのはフルーツとクリームがふんだんに盛り付けられたパフェ。

 思わず喉を鳴らす。


「さぁ、遠慮なく召し上がれ。可憐なお嬢さん」


 爽やかな笑顔が眩しい。

 ダークブラウンの髪に人懐っこい茶色い瞳。青年の優美な微笑みは王子様のようで、あの真面目そうな司書の女性がくらりとするのも納得できた。


 しかし騙されてはいけない。この青年は流音を懐柔しようとしている。


「好きなだけおごってあげるから、さっき見たことは忘れるんだよ。いいね?」


「……つまり口止め料?」


「そうそう。賢いねぇ、今どきの子どもは」


 青年の腰には剣が携えられており、その恐怖から大人しくついてきてしまったけれど、賄賂を受け取ることにも、スピカたちに内緒で美味しいものを食べることにも抵抗があった。

 流音は勇気を振り絞る。


「い、いらない。知らない人におごってもらっちゃダメってママに言われてるもん」

 

「食べ物を粗末にしちゃダメとは言われてないかな? きみが食べないならそのパフェは廃棄処分だよ。あーあ、作った人が可哀想。片付けるの辛いだろうなぁ」


 勝手に注文しておいて、なんて卑怯な。

 流音は騎士を睨み付けた。


「お兄さん、腐っても騎士なんでしょう? そんな言葉で子どもを脅していいの?」


「腐ってねぇから。……とにかくお食べよ。それとも僕に食べさせてほしい? 全く、わがままなお姫様だ」


 顔は爽やかなままなのに、声には凄みがあった。

 流音は仕方なく、本当に仕方なくスプーンを手に取り、柔らかいメレンゲをすくって口に運んだ。


「んー……!」


 至福。

 凪の市のときに食べたイモのパイと並ぶ美味しさだった。

 流音は夢中でスプーンを動かす。青年がにやにやしているのに気づくまで。


「ぱ、パフェに罪はないもん!」


「素直になりなよ、食いしん坊のお嬢さん」


 無性に腹が立つ。


 ――でもちょっと安心した。騎士にもこういう嫌な感じの人がいるんだ。


 ユラとトラブルを起こしたという人物も、清廉潔白ではないかもしれない。ユラが悪いとは限らない。そう思うと幾分か気が楽になった。


「ご、ごちそう様でした……」


「どういたしまして。それにしても良い食べっぷりだったねぇ。普段よっぽどひどいもの食べてるのかな?」


「失礼な……たまに失敗しちゃうけど、美味しい料理も作ってる。多分……」


 青年はわざとらしく目頭を押さえた。


「小さいのに苦労してるんだねぇ。お土産買ってあげようか?」


「いりません!」


 会計を済ませ、カフェの入口で青年が念を押す。


「いいかい? くれぐれもさっき見たことは口外しちゃいけないよ。僕だけじゃない。あのお姉さんにも迷惑がかかるからね」


「そんなに気にするなら、初めからしなきゃいいのに……」


「男には止まらない時があるんだ。パフェを美味しく食べたからには、きみも共犯だから」


「えー」


「それにこれから僕はお嬢さんの国のために働くんだから、少しは感謝と尊敬の念を抱いてほしいなぁ」


 青年は膝を折り、流音の耳元で恩着せがましく囁いた。

 そのとき青年の首筋が間近に迫り、ひどいやけどの痕が垣間見えた。


 ――や、やっぱり騎士のお仕事って大変なんだ。


 流音は息を飲む。


「ね、ねぇ、なんのためにこの国に来たの? 危ないお仕事?」


「ただの盗賊退治さ。この国もそろそろヤバいな。今の王権者が無能すぎて転覆しそう」


 はは、と爽快に笑う青年。

 流音はげんなりと侮蔑の念を抱いた。せっかく芽生えた敬意がみるみるうちに萎れていく。


「ああ、心配はいらないよ。この強くてかっこいいお兄さんが、悪い人を懲らしめてあげるから。もしお嬢さんが誘拐されても、颯爽と助けてお家に帰してあげましょう」


 青年の言葉が嘘くさい上に神経を逆撫でたため、流音はぷいっとそっぽを向いた。


「いい。わたしを助けてお家に帰してくれる人は決まっているから」


「はぁ? その年でもうそういう男がいるわけ? 怖ー」


「ち、違う。ユラとはそんなんじゃ――」


 その瞬間、青年の顔が凍りついた。貼り付けたような笑みが消え、神妙な表情になる。


「ユラ? ユランザ・ファウストのこと?」


「……知ってるの?」


 流音の不安な声に、青年はにやりと口の端を持ち上げた。


「ああ、うん。もちろん知ってるよ。有名な男だからねぇ。最年少でβ級魔術師になった闇巣食いの天才児。騎士団に所属していると、有力な魔術師くらいは覚えるもんさ」


「そ、そう……」


 気のせいだろうか。青年が再び笑みを浮かべた途端、周りの気温が下がったような。


「へぇ、彼、モノリス王国にいるんだ。それもこんな可愛い女の子に慕われて、本当に罪な男だねぇ……」


「だ、だから、そういうんじゃ――」


「いいんだよー、照れなくても。じゃあね、お嬢さん。悪い男と誘拐犯には気をつけるんだよ」

 

 流音の頭を乱暴に撫で、小さく何かを囁いた。なんだかちくちくしたので、流音は控えめにその手を払う。

 青年は小さく笑い声を上げ、軽い足取りで去って行った。


「変な人……」


 確か司書の女性は彼をシークと呼んでいた。今後関わらないためにも流音はしっかりとその名を記憶に刻み込んだ。






 夕方になり、流音たちはロビーでユラを待っていた。現れた彼はいつも通りの無表情だった。流音は安心して駆け寄る。


「ユラ、調べ物は終わった?」


「はい。……誰につけられたんです?」


 ユラが流音を一瞥し、頭をそっと叩いた。


【日輪の刃、ここに】


 頭上でしゅん、と風切り音が聞こえた。恐怖でお腹が冷える。


「え? え? 今何したの?」


「簡単に言えば、目印がつけられていたので切りました。誰かに触られませんでした?」


 すぐに分かった。シークの仕業だ。

 でも彼のことを話すと、なし崩しに司書の女性との密会まで説明しなければならなくなる。約束は約束だ。話すわけにはいかない。それにパフェを食べたことを内緒にしたかった流音は、迷った末に首を横に振った。


「わ、分かんない……」


「そうですか。王都には曲者がいるようですね。さっさと帰りましょう。なんだか一気に疲れました」


「う、うん」


 嘘を吐いた罪悪感で胸を詰まらせながら流音はスピカと手を繋ぎ、ユラの背中を追った。




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