25 進路と進歩
【ニーニャの守護者よ、迷える彼の者に道をお示しください】
流音は呪文を唱えて目を開け、緊張で固くなっているスピカにカードを選ぶように促す。
「これにするの」
オープンすると、〈力〉のカードが現れた。
ライオンに抱きついて寝そべる少女が描かれている。
「ど、どういう意味なの?」
「このカードには『勇気』『不屈』『長期的なチャレンジ』『穏やかに寄り添う』っていう意味があるよ」
スピカにニーニャカードの話をしたら興味を持ったようなので、図書館の学習室に持ってきていた。何を占いたいのかぼんやりと察していた流音はそっと告げる。
「すぐに望みは叶わないかもしれないけど、気持ちを強く持って勇気を出せばきっと上手くいくよ」
「そ、そっかぁ……でもウチに勇気なんて……うぅ、時間をかければ何とか――」
はにかみながら俯くスピカ。乙女心は複雑のようだ。
可愛いなぁ、と流音の頬は自然と緩む。
「よう、何やってんだ?」
「わぁ!」
学習室にアッシュが入ってきて、流音とスピカは飛び上がる。
「図書館って静かにするもんじゃねぇの?」
「そ、そうだけど……びっくりした。巡業から戻ってきてたんだね」
凪の市での出会いから一か月以上経つ。アッシュのいる一座は農村を巡ったり、町の劇場で公演を行ったり、毎日忙しそうだった。しかし休業日になるとアッシュは雑用の仕事を早く片付け、こうして図書館に勉強しにやってくる。三人揃った日はスピカを先生にして、読み書き教室が行われていた。
モノリス王国の子どもたちのほとんどは、十二歳までに読み書きや計算、社会の仕組みなどの基本教育を受け、その後は早めに将来を見越した進路選択を行う。
魔術関係の仕事につきたい者は魔術学院。
家業を継ぐつもりの商人の子どもは商業学校。
騎士や兵隊を目指す者は戦士養成所。
深い教養を身に着けたい者は高等学塾。
もちろん進学せずに、職人に弟子入りする者や就職する者もいる。
スピカは基本教育を既に修了しており、進路を迷っているらしい。何かに対する才能も興味もあまりなく、将来やりたいことも見つからない。進学するとなるとメテルを出て知らない町で寮暮らしをすることになる。それを考えると親の仕事を手伝ったほうがマシに思えて決められないという。
未来から目を逸らしているのは流音も同じだ。
今まで大人になれるかどうかの心配ばかりしていて、将来の夢などは具体的に考えたことがなかった。
体が治りそうだと分かった今でも、元の世界に戻ってからどうするかはあまり想像できない。
それどころか元の世界に帰るつもりであることを、スピカたちに打ち明けられずにいた。
せっかく仲良くなれたのに、帰ることを告げたら途端に気まずくなって楽しい時間が終わってしまう気がした。
卑怯だという自覚はある。でも、帰る段取りがつくまでは秘密にするつもりだ。どうしても言えない。
「で、何してたんだ?」
アッシュにニーニャカードのことを話すと、「どこの女も占い好きだよなぁ」と生温かい目を向けられた。
「でもすげー綺麗な絵。これは? どういう意味があるんだ?」
アッシュは精悍な女性の騎士が描かれた〈剣〉と、女神に洗礼を受ける王の姿が描かれた〈王冠〉を指差した。
「〈剣〉は『進化』『試練』『正義に基づく公平な裁き』『諸刃の剣』……だったかな。〈王冠〉は『リーダーシップ』『責任』『気高い心』『万人の希望』」
「へぇ……なんかかっこいい言葉が多いな。良い結果しか出ないんじゃねぇの?」
流音は苦笑して頷く。子ども用のおもちゃだから基本的に悪い意味はない。
「ウチは〈薔薇〉のカードの絵、好きなの。キュリス様もこんな感じなの?」
「うーん……キュリスの方が美人だよ」
〈薔薇〉は赤い薔薇の花冠をした女性の絵だ。意味は『愛情』『美しいもの』『不滅』『秘密』だ。ちなみに〈青薔薇〉というレアカードもあるが、流音は持っていない。
「お、ちょっと危なそうなカードもあるじゃん」
「ああ、〈死神〉だね」
「死神!? よ、良かったの。そのカードが出なくて」
鎌を持った不気味なドクロの足元で妖精が眠っているカードだ。このカードは流音がクラスメイトに「怖いから交換して」と頼まれて手に入れた。
「でも悪い意味ばかりじゃないんだよ。このカードが表わすのは『停止』『突然の転機』『改革』『生まれ変わり』だから」
「何でも気の持ちようってことだな。そういう前向きさは嫌いじゃねぇ」
三人は深く頷きあう。
ひとしきり楽しみ、流音は七枚のカードを鞄にしまった。
【閃光の想、叶え】
流音が小さく杖を振ると、白い粒子がぴかっと弾けた。その場にいた者は眩しさに目をしばしばさせる。
「どう? 光属性になってる?」
流音は期待を込めてユラを仰ぐ。
「……変換効率が悪いですね。十のうち三くらいしか変わってないです」
「むぅ」
「ですが、この短期間で身につけたにしては上出来ではないでしょうか」
下げてから上げられると喜びもひとしおだ。流音は小さくガッツポーズをする。
魔術の修業は着々と進み、水属性の魔力を詠唱により他の属性へ変質させるところまできた。とはいえ流音はまだ光属性にしか変えられない。全属性を扱うのはプロの魔術師でも難しいらしいので落ち込みはしない。全部使えるユラがすごすぎるのだ。
「ルゥ、すごい! 偉い!」
「えへへ、ありがとう、ヴィーたん」
ヴィヴィタに頬ずりをすると、ユラがわずかに眉間にしわを寄せた。
「どうしたの?」
「……いえ、何でもありません」
「そう? あ、ねぇ、ユラ。わたしそろそろ他の魔術も覚えたいな」
水薔薇石鹸を合成して以来、流音は石鹸作りにハマっていた。キュリス以外の精霊も花の蜜や果実のエキスをおすそ分けしてくれるので、香り高い自然由来の石鹸をたくさん生み出している。おかげで髪も肌もつやつやだ。
しかし他の魔術にも興味がある。例えばそう、アニメやゲームみたいな攻撃魔術を使えたらかっこいいと思うのだ。
「必要ないと思います。元の世界に帰ったら使えないんですよ。覚えても仕方ないです」
「う。そ、そうかもしれないけど、でも……」
言葉にできない憧れを込めて、じっとユラを見上げる。
数秒後、気だるげな息が漏れた。
「……もう少し光属性を使いこなせるようになったら教えてもいいですけど」
流音は勝利の笑みを浮かべて頷いた。
最近気づいた。ユラは意外と押しに弱い。どうしても、という場合以外は言い争うのを苦手にしているようなのだ。
ある日、ユラが遠い目をして呟いた。
「そうだ、王都に行きましょう」
「急にどうしたの? 大丈夫? 最近寝てる?」
研究に行き詰って現実逃避しているのかと流音は慌てた。
「俺は正常です。王都に行く用事ができただけです」
取り寄せ注文していた本を載せた荷車が盗賊に襲われ、手に入らなくなってしまったらしい。そこでいっそのこと王都の国立図書館に読みに行こうというのだ。それならお金も浮くし、他の調べものも片付く。
「わたしも行きたい! 絶対行く!」
王都といえば、モノリス王国の首都で一番大きな町だ。メテルの町しか知らない流音は好奇心を抑えられなかった。
「別にいいですけど、遊びに行くんじゃありません。退屈すると思いますよ」
「平気。あ、そうだ。スピカちゃんも誘っていい?」
「……俺の話を聞いていましたか? 遊びじゃありません」
「分かってるもん。でも大きな図書館に行くんでしょ? スピカちゃんなら喜ぶと思う」
スピカは町の図書館の蔵書を全て読破しており、お小遣いのほとんどを書店で使っている無類の本好きなのだ。他の図書館に行ってみたいと常々嘆いていた。
ユラにしつこく訴えたところ、「必ず保護者の許可を取ってください」と渋々了承させることに成功した。
こうして数日後の王都行きが決定した。




