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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第二章 

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23 凪の市のその後

「わぁ! すごい!」


 流音は思わず歓声を上げる。

 凪の市二日目、予期せず時間ができたので、流音たちは中央広場でケテル一座の舞台を観覧した。

 アッシュは大人たちに混じり、ナイフ投げとジャグリングを見事に成功させていた。

 跳ねて、投げて、宙返りして、笑って。

 彼の笑顔は客向けに作られたものではなく、心の底から舞台を楽しんでいるようで観客の目を強く惹きつけた。


 ――こういうの、華があるっていうのかな?


 身近な同居人の顔を思い出し、流音はそっとため息を吐いた。ユラは美貌と言っていい顔立ちだが無味乾燥とした印象しかない。

 その点アッシュの表情は鮮やかで魅力的だ。元の世界で同じクラスだったら、女子の視線を独り占めしそうである。


「はう……」


 スピカがうっとりしているのを横目に、流音はしみじみと頷いた。



「おう、お前ら本当に観に来てくれたんだな」


 興行の後、撤収準備中のアッシュが流音たちを見つけて駆け寄ってきた。一座の大人たちが流音たちをちらりと見たが、何かを言ってくる雰囲気はない。


「アッシュ、今お話ししても大丈夫?」


「少しなら。ガキでも客だからな、お前ら」


「ガキって……」


 アッシュとは一つしか違わないことが判明している。あからさまな子ども扱いは不満だ。


「まぁ、いっか。あのね、昨日は石鹸の宣伝ありがとう。おかげですごく売れたよ」


「そっか! 良かったな。……ん? こいつドラゴン?」


「おいらヴィヴィタ! ユラの使い魔でルゥたちの友達!」

 

「おお、すげー人懐っこいな。可愛いじゃねぇか」


 初対面のアッシュとヴィヴィタが戯れている間、流音は背中に隠れているスピカを振り返り、耳元で囁く。


「スピカちゃん、頑張って」


「うぅ……」


 スピカの顔は真っ赤で、額には汗の玉が浮かんでいる。今にも目を回して倒れてしまいそうで流音までどきどきした。

 スピカは震えながら一歩踏み出す。


「あ、あの……これっ」


「ん?」


 スピカが差し出したのは、屋台で売っていたパイ菓子だ。中にイモの餡が入っていて甘くて美味しい。昨日の売り上げで袋一杯分購入した。


「もしかして差し入れか?」


 沈黙。

 

「えっと……うん。あと宣伝のお礼も兼ねて。みんなで食べてね」


 答えない、というか答えられないスピカを見かねて、流音がそっと答えた。大人たちは芸人たちにおひねりを投げていたけれど、流音たちにはどうしても真似できなかった。なので食べ物を差し入れることにしたのだ。もちろん提案したのはスピカだ。


「律儀だな。ありがとう。甘いものなんてめったに食えねぇから嬉しいぜ」


 快く受け取るアッシュ。スピカは袋が手を離れた瞬間、弾けるように駆け出した。


「あ、スピカちゃん……っ」


「どうしたんだ? あいつ」


 曖昧に首を傾げておく。乙女心の説明が上手くできない流音だった。


「アッシュ。サボるな」


 大柄の老人が流音とアッシュに鋭い目を向けた。舞台で挨拶をしていた一座の長だ。彼の剣を使った舞踏は見事だった。芸人というよりも屈強な戦士を思わせる。


「あ、すまねぇ。でもさ、親父。見てくれよ! ついに俺も女に差し入れもらえるようになったぜ!」


「ふん、生意気な。次の舞台までに道具の手入れをしとけよ」


 座長はアッシュの頭を軽く叩き、背を向けて去って行った。彼がアッシュの主人なのだろう。乱暴で怖そうだけど、不思議と愛情なようなものを感じた。普通の主従関係よりもずっと気安そうだ。


「だ、大丈夫?」


「ああ、これくらい全然。親父に本気で殴られたら気失うぜ。じゃあオレ仕事に戻るわ」


「うん。ごめんね、邪魔して」


「いいや……オレたちしばらくはこの町を拠点にして近くの農村を巡る予定なんだ。だからまた今度な。スピカにもよろしく」


 流音とヴィヴィタはアッシュに手を振って別れた。


 




「それでね、その後はスピカちゃんといろいろ観て回ったの。すごく面白かった。ねぇ、ヴィーたん」


「うん! ルゥに海豆鳥の串焼き買ってもらった! 美味!」


 帰宅した流音とヴィヴィタはユラに凪の市での出来事を語った。ユラは魔術球の模型を組み立てながら、適当な相槌を打つだけで反応は薄い。お土産のお菓子は喜んでくれたようだけど。

 流音は頬を膨らませ、ユラの袖を引っ張る。


「今度はユラも一緒に行く?」


「行きません」


「なんで? お祭りだよ? すっごく楽しいのに」


 ユラは手を止め、きょとんと首を傾げた。底知れない深緑の瞳が冷ややかに光る。


「楽しい?」


 言葉の意味が本気で分からないとでも言いたげで、流音はぞっとした。

 

「俺がいても盛り下がるだけです」

 

 ぽつりと漏れた呟きに流音の胸が軋む。

 ユラの言いたいことが分かった。闇巣食いが祭りの場にいたら、人々の活気に水を差す。

 もしかしたらユラは祭りに参加したことがないのかもしれない。偶然通りがかかっても、人込みを避けて脇目もふらずに歩く彼の姿が浮かんで、流音は何とも言えない気持ちになった。


 ――ううん、怯んじゃダメ。絶対今度は一緒に行くもん。

 

 意地みたいなものだった。自分だけ凪の市を楽しんでしまった負い目もある。

 三か月後の凪の市に向け、流音は固く決意した。






 後日、石鹸を売って得たお金で、流音はキュリスに服を買った。


「どうじゃ?」


 キュリスがポーズをとると、流音と泉に集まった精霊たちが拍手喝さいを送る。

 キュリスが今着こなしているのは青いワンピースだ。体のラインがはっきりと露わになり、同性の流音ですら赤面するほどの色香を漂わせている。と、同時に自分の体つきを見下ろしてがっかりする。

 

「ふふ。楽しいのう」


 キュリスは終始ご機嫌だった。水辺の水薔薇も心なしか美しさを増している。


「ありがとう、ルノンや。わらわは満足じゃ。苦労をかけたのう」


「ううん、わたしも楽しかった。あのね、まだまだお金は残ってるから、他にも着たい服があったら言ってね。キュリスにはパンツスタイルも似合うと思うの」


 流音がファッション雑誌を掲げると、キュリスは首を振った。


「残りはルノンの好きにお使い。元々お金は人の子のもの。精霊には過ぎたものじゃ」


「えー、でも、キュリスのオイルで稼いだお金なのにもらえないよ……」


「ふふ。頑張ったのはルノンじゃ。わらわの恵みを受け取っておくれ」


 流音が渋々頷くと、キュリスはそっと流音の手を引き、泉の上に立った。


「え? え?」


 水面の上に立っても体が沈まない。キュリスの魔力が支えてくれているのが分かる。


「ほれ、ルノン。また笛を奏でておくれ。ともに踊ろうぞ」


 ワンピースの裾を翻し、波を起こしながらキュリスが舞う。周りの精霊たちが囃し立て、水音がリズムを刻み出した。

 水の雫が木漏れ日を浴び、スパンコールのようにきらめく。


 ――素敵……!


 光の粒の中で流音はリコーダーに唇を当てて、優しい音色を奏でた。




初めてのお商売編・完


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