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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第二章 

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22 自由を求める旅人

 流音は現れた少年を見た。


 日に焼けた肌、強い光を宿した金色の目。頭の赤いバンダナからは黒と白の髪がはみ出していた。背は流音よりもやや高く、華美な舞台衣装に身を包んでいる。鈍色の古びた腕輪だけが衣装に合わずに妙に浮いていた。ファッションだろうかと流音は安易に考える。

 旅芸人、という言葉が頭をよぎった。確か中央広場ではいろいろな団体が興行をしている。


 少年は流音たちをガキと呼んだ。


 ――同い年くらいなのに。


 いや、そんな揚げ足を取っている場合ではない。流音は頭を振る。手の平に握らされた銀貨を慌てて確認する。


「この銀貨、偽物なの?」


「ああ。ローシャナム公国の地下カジノのチップだ。こんなもん使うなんざ、随分手口がいい加減だな。ガキ相手なら簡単に騙せると思ったのかね。オレはそういう卑怯者が一番嫌いなんだよ!」


 少年が吼える。

 男は先ほどまでの態度が嘘のように動揺していた。顔中に汗をかいている。分かりやすい。


「おじさん、わたし達のこと騙そうとしたの?」


 流音が悲しい気持ちで問うと男はさっと身を翻し、駆け出した。


「奴隷風情が邪魔しやがって!」


 捨て台詞にいち早く反応したのは少年だった。バネのような瞬発力で飛び出したかと思ったら、あっという間に追いついて男の背中に飛び蹴りを入れた。凄まじい身体能力だ。

 奴隷という単語に驚いて流音はまじまじと少年を見てしまう。この世界に召喚された初日に散々ユラから奴隷の処遇を聞かされたのでなおさらだ。


「罪人に見下されたくないね」


「ぐっ、離せ!」


 大きな騒ぎになり、町の警備隊が駆けつけてきた。すると詐欺を働こうとした男が真っ先に訴える。


「この奴隷がいちゃもんつけて暴力を振るってきたんだ! あの店の子どもと共謀して俺を嵌めようと!」


 警備兵が流音たちを見て、ため息を吐いた。


「余所者が……町長のお嬢さんと救済されたばかりの転空者がそんな下らない真似するか」


 引きずられるように連行されていく詐欺師。警備の人に詳しい事情を話し終え、解放された流音は安堵の息を吐く。


「あの、助けてくれてありがとう」


 バンダナの少年は溌剌とした笑みを見せ、片手をあげた。腕輪がちゃりっと音を立てる。そこにうっすらと数字が刻印されているのを見て、流音はようやく察した。あの腕輪が奴隷の証なのだろう。


「おう、気にすんな。隣の店のよしみだ。じじい、店番替わってやるから飯食って来いよ」


 隣の露店の老人がにかっと笑って腰を上げた。仲間らしい。


「なぁ、どっちが転空者?」


 三人になってから少年が問いかけてきた。


「あ、わたし」


「へぇ。初めて見た。元の世界とこっちの世界比べてみてどうだ? てか、どんな世界から来たんだ?」


 好奇心で目がらんらんと輝いている。不躾な質問ではあったが、少年の声色に悪意は感じられず、流音は怒る気になれなかった。


「んとね、わたしがいたのは――」


「ルノンちゃんっ」


 スピカが袖を引く。


「あ、あんまり、口を利かない方がいいの……」


「え? どうして?」


「どうしてって、それは……」


 スピカは小声で説明した。

 昔、彼女も町に来た奴隷の子と仲良くお喋りをした。それだけで父親には叱られ、相手の奴隷の子も主人から暴力によるしつけを受けた。スピカはそれがトラウマなのだという。


「奴隷は喋るなってか? ケチくさいこと言うんじゃねぇよ」


「ひっ」


 いつの間にか少年が近くで聞き耳を立てていた。油断も隙もない。


「オレは奴隷だからって悲愴感に暮れて過ごす気はないね。いつか絶対平民になって好き勝手に生きてやる。今もわりと好き勝手やってるけどな!」


 流音もスピカも目を丸くする。

 奴隷の存在は話の中でしか知らなかったが、少年の言動は想像とまるで違う。


「怒られない?」


「怒られて殴られることもあるが、もう慣れた。それに今の親父は仕事さえこなせば文句は言わねぇ。前の主のところで死にそうだったオレを買って芸を仕込んでくれたくらいだしな。オレは運もいいんだ。諦めなけりゃ何だってできるだろうよ」


 あっけらかんとした態度に流音は素直に好感を持った。

 彼の言葉には不思議な魅力がある。絶対に叶うだろうと確信させる響きがあった。


 流音とスピカは顔を見合わせ、そっと頷きあう。


「わたし、流音。あなたは?」


「う、ウチは……スピカ」


 少年は太陽のように眩しい笑顔を見せた。


「アッシュ。ケテル一座のアッシュだ」



 アッシュは同盟国内を巡る旅芸人一座の下働き兼、曲芸師の卵らしい。先ほどの飛び蹴りの威力にも納得できた。

 シビアな社会に身を置き、世界中を旅して見聞を広めているため、アッシュはスピカとは別の意味で物知りだった。知識に貪欲で、金儲けの術を学ぶのが好きだという。


 奴隷という身分は両親から受け継ぐか、捨て子や攫われた子が奴隷商に引き取られてなるものだ。

 解放されるには多額の金が必要である。が、原則主人から奴隷への賃金の支払いはない。だからなかなか平民にはなれないのだ。


「オレに魔術の才能がありゃ良かったんだけどな。そうすりゃ国に買われて魔術師になれる」


 流音は魔力鑑定のことを思い出した。

 モノリス王国では身分に関係なく定期的に鑑定が実施される。魔力で才能を示せば、奴隷という身分から脱却できるらしい。

アッシュはあまり魔力値が高くなく、そちらの方面は期待できないという。


「ま、ないもんはしょうがねぇ。ルノンは大丈夫なのか? 確か転空者って、魔術の才能関係なく召喚者のものになるんだろ? どっかの国じゃ、偉い魔術師様が転空者を召喚して奴隷商に売りまくって問題になったらしいぜ」


「えっ、本当?」


 スピカも気まずそうに頷く。

 そういう危険もあったのか、と今更ながらぞっとした。


「わたしは……大丈夫。ユラの研究を手伝えるのは今のところわたしだけみたいだし」

 

 流音がユラのことを話すと、アッシュは興奮気味に声を上げた。


「すげー! 十六歳でβ級魔術師? しかも闇巣食いで? 俺も見習わねぇとな!」


 自分が褒められたわけでもないのに、流音は嬉しくなる。


 老人が店番に戻ると、アッシュは若干名残惜しそうに二人に「じゃあな」と手を振った。流音たちも残念に思った。


「あ、そうだ。助けてくれたお礼。今はこれしかないけど」

 

 流音が水薔薇石鹸をこっそり渡すと、アッシュは礼を言って苦笑した。そして「時間あったら中央広場の催し、見に来いよな」と言い残して去って行った。


「すごい子だったね」


「うん……目がキラキラしてて、とっても綺麗だったの……」


 スピカはアッシュの消えた先をいつまでもぼうっと見つめていた。その頬は薄紅色に染まっている。

 流音はもしかしてと口を開きかけ、やめた。まだそういうお話をするのは早いと思ったのだ。

 それに昼時を過ぎてから急に客足が増え、喋っている暇がなくなってしまった。


「すっごく良かった! 友達の分も買うわ!」

「三つ下さい!」

「私も!」


 午前に配った試供品の効果がさっそく表れ始めた。


「中央広場で宣伝してたから来てみたわ。本当にこの町で水薔薇の石鹸が売ってるなんてねぇ」

 

「え? 宣伝?」


「芸人の男の子が舞台の前座でナイフ投げしながら言ってたのよ。隣の魔沃石屋さんのついでみたいだったけど、こっちの方が印象強いわ」


 アッシュだ。流音とスピカはくすりと笑い合う。


 瞬く間に列ができた。前の世界でもそうだったけど行列はさらに人を呼ぶ。

 流音が接客、スピカが在庫補充、配達から戻ってきたヴィヴィタが列の整理、と役割分担して必死に対応した。


「あう……在庫が五十を切ったの」


「ごめんなさい。お一人様一つまでにさせて下さい。一人でも多くの人に使ってほしいので!」


 日が傾き、市の終了を告げる鐘とともに、二人と一匹は萎れた植物のように項垂れた。


「す、すごいの……」


「信じられない」


「おいらもさすがにびっくり!」


 たった一日で目標数を大きく超え、何と完売してしまった。

 流音とスピカは抱き合って喜びを分かち合う。努力と苦労が報われ、涙が溢れて止まらなかった。



 後に購入者たちは語る。


「ボロボロだった肌がマイナス五歳若返りました」

「気になっていた彼に告白されました」

「倦怠期の妻と反抗期の娘に見直されて幸せです」


 この日の水薔薇石鹸は凪の市の隠れた伝説となり、長く語り継がれるのであった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 引き込まれるように、今読んでいます。素敵な作品をありがとうございます。3人目のコメントのお父さんにほっこりしました(笑)
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