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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第二章 

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20 意地悪な優しさ

 魔力操作よりも合成魔術の方がずっと疲れる。

 適度な休憩を挟みながら、流音は毎日練習した。


「できた……っ」


 形は歪ながら初めて石鹸の合成に成功したのは、凪の市の五日前のことだった。

 それからコツを掴み、日に日に成功率が五回に一度、三回に一度と上がっていく。

 成功率が二回に一度を超えた頃、流音は水薔薇オイルを混ぜた石鹸の合成に挑戦した。


 ――オイル一滴で金の粒と同じ価値があるんだよね……。


 背中に冷や汗が伝う。

 しかしそろそろ商品作りに取りかからなければ、凪の市に間に合わない。市は明後日に迫っていた。

 流音は材料に水薔薇オイルを加え、深呼吸した。上品な香りに心が落ち着いていく。


 ――大丈夫、できる。


 慎重に魔力を注入する。術式が満たされたとき、材料が青い光を放った。

 金型の中に、水色の石鹸が出来上がっていた。


「やったぁ……っ」


 やはりユラが作ったものに比べると形は悪いが、ちゃんとした石鹸だ。

 さっそく水場に行って使ってみた。香りも泡立ちもよい。洗った後の手もすべすべしている。


「この出来なら市に出しても大丈夫でしょう」


 ユラからの合格判定に流音は歓喜した。

 勢いのまま、どんどん水薔薇石鹸を合成していく。たまに魔力と集中力が切れて失敗作を出す。そういうときは焦る気持ちを押さえて休んだ。

 そして凪の市の前日の夜、何とかスピカと決めた数だけ水薔薇石鹸の合成に成功した。


「ルゥ、大丈夫?」


 流音は強がって笑った。

 体の中の魔力が枯渇したのが分かる。体が鈍りになってしまったかのように重く、腕を動かすのもつらい。眠い。


「うん。平気……それより手伝ってくれてありがとうね、ヴィーたん」


 流音はハサミ、ヴィヴィタは鋭い爪で包装紙を切っていた。石鹸を包む作業がまだ残っている。


「あ、そうだ!」


 研究室で計算をしていたユラに流音は紙を差し出す。

 

「ユラ、この世界の言葉で『食べられません』ってどうやって書くの? 注意書きしておかないと、食べちゃう人いるかもしれないから」


「確かに美味しそう!」


 出来上がった石鹸は一口サイズで、見た目だけならソーダ味のラムネかマカロンのようだ。睡魔と戦う流音には余計そう見えた。


「きみは……また余計な作業を増やして……」


 ユラは若干呆れたが、紙を一枚とって書いてくれた。


「ありがとう」


 赤いマジックでユラの文字を真似して包装紙に注意書きをしていく。

 一つずつ丁寧に石鹸を包む。

 だいぶ遅い時間になっていた。ヴィヴィタは机の上で寝てしまった。

 舟をこぎながら作業を続ける流音に、珍しくユラの方から話しかけてきた。


「子どもはもう寝る時間ですよ」


「まだやることがあるもん……」


「本番は明日……いや、もう今日ですね。睡眠をとらないと失敗します」


「大丈夫」


 気合を入れて頬を叩く流音。

 キュリスの願いを叶えたい。スピカとペルネの協力に応えたい。

 今まで生きてきてこんなに無理して頑張ったことはなかった。

 だからこそ、絶対に成功させたい。


「仕方ないですね」


「ユラ、手伝ってくれ……る、の……」


 期待を込めて顔を上げた瞬間、強烈な眠気に見舞われた。ユラが魔力を使っているのが分かる。


「限界が来たら止めると言ったはずです」


 無情な声が頭に響く。

 ユラの意地悪、と呟くと同時に、流音は夢の世界に旅立っていた。






「ルゥ起きて! 遅刻しちゃう! 凪の市!」


「う、ヴィーたん……?」


 ぺちぺち、と頬を叩かれて流音ははっと目を覚ます。

 勢いよく起き上がってから、いつもと風景が違うことに気づく。ユラのベッドで眠っていたのだ。恥ずかしくて顔が熱くなる。


「な、何で? あれ、わたし……」


 研究室にユラの姿はない。窓から差し込む朝日を見て、昨日の夜の記憶が甦ってくる。

 今度は全身から血の気が引いた。


「ユラのバカ! どうして――」


 起き上がってダイニングに行くと、ユラが調理台にもたれてお茶を飲んでいた。

 その横には大きな布袋に入れられた石鹸の山。全て包装されている。


「おはようございます。よく眠れましたか」


「おはよう……じゃなくて! これ、ユラがやってくれたの?」


「研究の合間の息抜きに。俺は手先が器用ではないので、きみほど上手くは包めませんでしたが」


 流音は思わずユラの腰に抱きついていた。熱くなってきた目頭を隠すように、ぎゅうっと額をくっつける。


「きゅ、急になんですか。びっくりします」


 ユラのこれほど焦った声は初めてかもしれない。体も強張っている。


「あ、ありが、とう……っ」

 

「……どういたしまして。貸したお金に内職代を上乗せして返してくれればいいですから。たくさん稼いできてください」


 ユラの突き放したような言い方も気にならなかった。流音は声の震えを誤魔化すため、頷くだけにした。


「早く顔を洗って着替えた方がいいですよ。もうすぐ八の刻です」


「え、大変!」


 スピカとの待ち合わせの時間は八の刻半――八時半くらい――である。

 流音はユラから離れ、慌てて準備を始めた。


 熟睡したおかげで体力は戻っている。頭の中もすっきりしていた。


 ――参加証は持った。つり銭も大丈夫。あとは……。


 忘れ物がないか三回確認して、流音は石鹸の入った袋をサンタクロースのように背負う。

 

「ユラ、朝ご飯作れなくてごめんね」


「いいです。それより」


 ユラが手を差し出したので、流音は首を傾げながらそれを受け取った。

 180モニカ分の硬貨だった。


「町での食事代です。ヴィヴィタとお友達と出店で食べてください。珍しいものも売っているはずです。これは返さなくてもいいですから」


 今朝はびっくりすることばかりだが、これが一番かもしれない。流音は呆然とお金を見つめる。


「ぜ、ぜいたくは敵なんじゃ……どうしてそんなに優しいの? 何か変なものでも食べた? 本当にユラ? 大丈夫?」


 本気で心配する流音。

 ユラは面白くなさそうに息を吐いた。


「ただの気まぐれです。俺の気が変わらないうちに行ってください」


 追い払うように手を振られ、流音は何度もお礼を言った。


「本当にありがとう、ユラ! いってきます」


「いってきます!」


 流音とヴィヴィタは元気よく家を飛び出した。

 お祭りはまだ始まってもいないのに、心が浮き立って仕方なかった。




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