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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第二章 

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19/98

19 修業と準備

 ごくり。

 ヴィヴィタが固唾を飲んで見守る中、流音は桶の水の中に杖を向ける。


 ――集中、集中、集中……。


 杖の先の葉が青い粒子を放ち始める。

 この杖には自分の魔力を視覚化してくれる効果があった。目に見えるだけで、魔力の操作がかなりしやすくなる。


「えいっ!」


 気合のかけ声とともに、魔力を思い切り水の中に注入した。

 ぱぁんっ、と水風船が弾けたような音が響く。


「ふえぇ……」


 水が飛散し、桶の中が空っぽになっていた。

 流音とヴィヴィタは頭から水浸しだ。家の外で良かった。

 ヴィヴィタを拭いてやろうと流音はハンカチを取り出す。


「ご、ごめんね、ヴィーたん。失敗しちゃった」


「ううん。おいら、大丈夫。こんなのすぐ乾く! それより今の失敗? 今までと違った!」

 

「そうですね。目覚ましい進歩です。少なくとも魔力の注入はできていました。注入しすぎて爆発してしまっただけです」


 少し離れた場所で流音の様子を見ていたユラが頷く。この失敗を予見していたようで腹が立ったが、褒められたので流音は文句を呑み込む。


「本当? できてた?」


「はい。その調子で今度はもっとゆっくり、少なめに注いでみて下さい」


「う、うん」


 水を汲み直し、何度も挑戦した。

 慎重に、まんべんなく、優しく、少しずつ。


 数時間後。

 流音は体の力を抜き、静かな水面を見つめる。

 杖を構えて念じると、青い粒子が水に溶け込んでいった。

 自分と水を一つにするイメージ。


 流音が無言で杖を動かす。すると、水がゆっくりと持ち上がり、空中で綺麗な円を描いた。


「やった!」


 喜んだ瞬間、水の輪が歪んだが、壊れることはなかった。自分の手足のように動く。


「ルゥ、すごい!」


 ヴィヴィタが水の輪を嬉しそうにくぐり、ユラを呼びに飛んでいった。


「……合格です。よく頑張りましたね」


 ユラが小さく頷いた。

 杖を使った修業を始めて三日目のことだった。






「ほう、それは良かったのう」


「えへへ」


 流音はキュリスに会いに泉に来ていた。

 修業の成果を報告すると、キュリスは自分のことのように目を細めた。


「でも、本番はこれからだもん。合成魔術のしくみを聞いたけど意味が分からないの。魔術レベルはΔで一番簡単だってユラは言うけど……」


 まずは水薔薇オイルを使わず、安い材料で練習することになっている。それでさえ上手くできなければ、人に売る商品を作るなど夢のまた夢だ。


「人間の基準はよく分からぬが、ひたむきに励むことじゃ。何事も一歩ずつ成し遂げていくものじゃろう?」


 わらわはあまり歩かぬがの、とキュリスは声をあげて笑う。


「それにしても、水薔薇オイルは娘子に大人気なのじゃな。紛い物まで出回るのは許せぬが、なかなか気分が良い。常に美しく咲きたいという気持ちはわらわも人の娘子も同じじゃ。良い石鹸を作り、たくさん売ってきておくれ」


 流音は硬い表情で頷く。プレッシャーが肩にのしかかっていた。

 あと十日ほどで魔術を成功させなければならない。一歩ずつ進んでいきたいところだが、流音には時間がないのだ。


「うん、頑張る。それでね、本物の水薔薇オイルを使っていますって証明するために、キュリスの精霊紋っていうのが必要なの。この紙につけてくれる?」


 流音はスピカに渡された紙を広げる。

 これも出店への条件の一つだ。スピカの父、つまりメテルの町長曰く、他の商人の手前、「精霊姫キュリスローザの許可を取って販売している」という証明が必要なのだという。


「ああ、この紙には見覚えがあるのう。何十年か前に森の水脈調査にきた人間どもにも頼まれたやつじゃ」


「そう。そのときの精霊紋と照らし合わせて、キュリスのものか確認してくれるんだって」


「なるほど。しかし人間というものは誠に面倒な生き物よ」


 キュリスは紙に手を当て、魔力を込めた。揺らめくような青い手形が紙に浮かび上がる。これが精霊紋だ。


「わぁ、綺麗……。ありがとう、キュリス」


「礼には及ばぬ。ルノンにあらぬ疑いを持たれるのは、わらわも望まぬことじゃ」


 また後日水薔薇オイルをもらいに来ることを約束して、二人は別れた。






 休む間もなく流音は町の図書館へ向かった。


「すごく綺麗な青なの。これが精霊のお姫様の手形……」


 スピカがキュリスの精霊紋を見て、頬に手を当てうっとりとため息を落とした。流音がその様子を見つめていると我に返って小さくなる。


「じゃ、じゃあ、お姉ちゃんに頼んで照合してもらうの。参加料とユランザさんのサインも確かにお預かりするの」


「うん。お、お願いします」


 土壇場で飛び入りするのは申し訳ないので、先に凪の市への参加申し込みをすることにした。つまり、もう後には引けない。

 もしも石鹸を作れなかったらスピカたちに迷惑をかけた上、ユラへの借金だけが残る。


 ――うう、やっぱりプレッシャー……。

 

 流音の震える手を見て、スピカがそっと肩を叩いた。


「価格の設定や露店の準備は、ウチとお姉ちゃんでやっておくの。ルノンちゃんは魔術の練習に集中してほしいの」


 願ってもない言葉に流音はすがりついた。


「本当? 甘えていい? すごく助かる」


「任せてなの。その代わり、ちょっと失敗しちゃった水薔薇石鹸があったら、ウチに安く買わせてほしいの。コネの有効利用なの」


 ふんわりと微笑むスピカに流音はぎゅっと抱きつく。


「そんなのただでいいよ。ううん、むしろ売り上げだってスピカちゃんとペルネさんと分けるからね」


「お姉ちゃんは役人だから副業はダメなの。ウチが代わりにお礼しとくから気にしなくていいの。頑張ってね、ルノンちゃん」


 流音は友達からの優しい言葉に何度も頷いた。






 ユラは金型に入れた材料に手をかざし、詠唱した。


【清き泡沫うたかた、顕現せよ】


 すると材料が淡い光を放ち、瞬きをする間に混ざり合って固まった。

 型の中に白く滑らかな塊が現れる。


「こんな感じです。やってみて下さい。これは水属性の魔術なので、きみは詠唱しなくてもでき――」


「できないよ。簡単に言わないで」


 流音はユラが合成した物体を型から取り出し、触れてみた。安いオイルを代用しているので良い匂いはしないが、乾いた固形石鹸が出来上がっている。


「うー、形も綺麗……」


「石鹸作りに関してはかなり研究しました。本職の人間にも負けません」


 流音はユラが作った変な匂いのする石鹸を思い出した。あれは森で手に入る材料でも泡立つように研究して作ったらしい。ちゃんとした材料を使えば、町で売っているものと同じものが作れるのだ。

 少しお金を出せばいいものが作れるのにどこまでもケチな人だな、と流音は呆れた。


「魔力で材料を溶かし、融合させて、形を作って、余分な水分を消す。それだけです」


 ユラは魔術円を描いた紙を広げ、文字や記号の解説をした。


 この世界の魔術円はカンニングペーパーのようなものだ。本来頭の中で構築する術式を記しておき、間違えないようにするためのもの。それ自体には効力はない。


「原理を全て理解するのが一番ですが、今はそうも言っていられません」


 この世界の文字も魔術の記号も流音には分からない。魔術円を丸暗記して頭の中で順番に描き、そこに魔力を適量注ぐ。簡単な魔術ならばそれでも可能らしい。


「さぁ、まずは失敗覚悟で挑戦してください。数をこなすしかありません」


「ルゥ、やってみて!」


 ユラとヴィヴィタに背中を押され、流音はおずおずと頷く。

 杖を材料にかざし、魔術円を目でなぞりながら頭に思い描く。材料と術式を重ね合せるようにして魔力を注いでいった。


 ――あれ、今どこまで描いたっけ?


 流音が自分の描いていた線を見失った瞬間、型の中身が破裂した。

 バラエティ番組で突然パイをぶつけられた人の気持ちが分かった。


「大丈夫ですか、ルノン」


 さほど驚いていないユラの声。

 今回被害を受けたのは自分だけだった。それには安心した。

 べっとりとした物体を顔から取り除き、流音はため息を吐く。


「難しい……」


 先は長そうだった。



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